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ファイブオクロック

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 あくまでも、住宅街を中心とした地区だけなのであるが、電柱がすべて地下を通っていて、地上に出ていないのだ。だから、逆に隠れる場合に電柱の影に隠れるということができないのだ。
 そもそも大人であれば、あの細い電柱に隠れるということは無理でも、三郎のような少年であれば、隠れることも十分に可能である。そういう意味で、電柱という隠れるところがないというのも、この一帯の特徴であった。
 さらに、住宅街ということで、マンションの踊り場や玄関のような場所もなく、しかも、植え込みのような垣根があるわけでもない。場所によっては、ずっと石塀が張り巡らされているところもあり、後ろを振り向くと、自分に向かって歩いてくるのがまるわかりだった。
 午後五時のその時間、その男が坂の上を昇っていくという時、まわりに誰もいないというのも一種の魔法のようなものだった。
「そんなには、ただの偶然だよ」
 と言って、先生は嘲笑していたが、先生とすれば、理由を言わなかっただけで、その言葉の信憑性は根拠とともに実はあるのだった。しかしなぜその時先生がその根拠になるようなことを言わなかったのか、すぐには分からなかった。
 後になって考えれば、
――どうして何も教えてくれなかったおだろう?
 と思った。
 他のことは自分から聞かなくても先生が何でも教えてくれたはずなのに、どうして教えてくれないこともあるのかと考えたが、そういえば、今までにも何度か、自分に内緒にしていることがあった。それは皆、三郎のためだったと言ってもいい。そのすべてを三郎が理解しているわけではないが、そのほとんどは理解できていたので、他のことも、先生には考えがあってのことだと思うと、それ以上、必要以上な意識をしないようにしていたのだ。
 何とか、三郎少年は、その人の後をつけることに成功しているようだった。その人は一度も後ろを振り向かず、ただ前を見て歩いているだけだった。その先に何があるというわけではないのだが、坂野てっぺんを目指してあるいている。すると、徐々に真っ暗な坂のてっぺんだけが、何となくだが光っているように思えてきた。
 その理由は、地表の暗さに比べて、空はまだ若干の日の光の恩恵が残っていて、それぞれを見比べれば、坂のてっぺんを境に、明らかに層が違っているのが分かりそうなものだ。
 それは、地平線と同じであり、地平線も暗くなりかかった時に、地面と空の間を境目として映しているものであるということを、その時初めて三郎は知ったのだ。
 もちろん、そんなことまで考えるだけの気持ちに余裕があるわけではなかったのだが、なぜかその時の三郎は落ち着いていた。
 何かを考えていたような気がする。
 しかし、何を考えていたのかまでは、自分でもハッキリと分からない。ゆっくりと歩いているのだって、相手に合わせているからだ。もし、自分がいつのくらいに人に合わせて歩いていれば、とっくに追い越している。普段から、人と同じように道を歩くのが苦手だった三郎は、まわりの人がゆっくり歩いているのを見て。いつももどかしく感じているくらいだった。
 この日も、あの人を尾行していながら。最初の方では、
――何をあんなにチンタラチンタラ歩いているんだ――
 と思っていたに違いない。
 だが、それも最初だけで、相手の呼吸に合わせて歩いていると感じると、相手がどんなにゆっくり歩こうとももどかしく感じることはなくなっていた。
 相手の背中が大きくなることもなく、小さくなることもないと思っていたが、次元の違いのように急に大きくなったかと思うと、今度は小さく感じてしまうようになると、いよいよその人の正体を突き止めなければいけないという義務感のようなものに襲われてしまうのだった。

                防空壕の死体

 ゆっくりと歩いていたのだが、いつの間にかてっぺんにその人は差し掛かっていて、そこからすぐに左側に曲がった。気が付けば曲がっていたというイメージで、急に我に返った三郎少年は、急いでてっぺんまで走ろうとした。
 しかし、思ったよりも足が進んでいない。それはまるで腰あたりまで来ている水の中を歩いているかのようだった。イメージはプールなのだが、ひょっとすると、そのイメージはプールではなく、本当に川の中だったにかも知れない。
 あれは二年くらい前だったか、どこかの川に家族で釣りに出かけたことがあった、今から思い出しても、家族でどこかアウトドアに関しての遊びに出かけたという記憶はほとんどなかったので、すぐに思い出せそうなことなのだが、それ以上に、
「アウトドアに家族で出かけたことはなかった」
 という記憶の方が強く残っているようで、そのイメージがなぜか頭の中にあったようで、記憶自体がタブーになっていて、まさに記憶の扉があるとすれば、そこは、
「開かずの間」
 というべき場所であったのだろう。
 その場所は、キャンプ場から少し上流に行ったところであり、
「子供は危ないから、川の中に入っちゃいけない」
 と言われていた。
 本当であれば、二年生の三郎は、近づいてもいけないほどの場所であるにも関わらず、本当の恐怖を知らないという、怖いもの知らずな部分と、持って生まれた冒険心が手伝ってか、足を踏み入れてしまった。
 実際に危ないことになったわけではないが、川に入ってしまって、倒れなかったからよかったのだろうが、そこで倒れてしまうと、そのまま誰にも気づかれずに流されてしまい、どこにいるのか行方不明で創作が行われ、数時間後に下流の方で少年の溺死体が上がっていたに違いなかったのだ。
 一歩手前で免れたのだが、その時、三郎は自分がそんな大それたことをやらかしたという意識はなく、ただ親が泣きながら抱き着いてきたのを思い出したのだった。
――そんな光景を見たのは、後にも先にもその時だけだったな――
 と思ったが、その時のことを思い出したくないという意識があったわけではないが、思い出せなかったのは、その事実よりも、親の信じられない表情が、ウソだったのではないかと自分の中で思っているから、今では思い出さなくなったのだと三郎少年は考えるようになった。
 その時から、親が臆病になったのではないかと少年三郎の中では感じていた。だから親に対しての負い目というか、
「悪いことをしたのは、自分の方なんだ」
 という思いがあった。
 だが、それは親に対しての思いで、あの時に他の人に対して本当は悪いことをしたと思わなければいけないくせに、そう感じなかったのは、
「わんぱくで冒険心があることは悪いことではない」
 という思いがあったからである。
 だが、そのために、それ以降、親はアウトドアはおろか、それ以外にもどこにも連れていってくれなくなった。アウトドアだけなら、仕方がないと思うが、それ以外もどこにも行こうとしないことに、子供としては憤りを感じ、そんな親を毛嫌いするようになってしまった。
 それが今の三郎少年を作っていると言ってもいいだろう。
 今でも思い出すあの時の心境の中で、意識として残っていることが他にあるのを、不思議な人を追いかけているその時に感じたというのは、何かの因縁のようなものなのだろうか。
作品名:ファイブオクロック 作家名:森本晃次