短編集116(過去作品
「おじさま」
「おじさま」
一度に複数の人とお付き合いするなど、最初は考えられなかった皐月であったが、一度経験してしまうと、元には戻れないこともあるのだと思ってしまう。
「男性依存症だったんじゃない?」
このことを知っている友達の博美は否定的ではないが、その代わり他人事であった。今のところ、複数の男性とお付き合いすることでの悩みはないので他人事のように振舞われても差し支えないが、もし何か悩みが出てくれば相談に乗ってもらいたい相手だった。
博美とは短大の頃からの付き合いで、気心も知れている。お互いに本音を言える相手としてお互いに一目置いているところもあれば、相手を冷静に観察することで、自分を顧みることもできる相手である。
皐月が博美と付き合うようになってから、博美に一番感じたことは、
――似た者同士だ――
ということだった。
似た者同士であるくせに、行動パターンはかなり違っている。客観的に見れば、似た者同士だと思う人はいないだろう。いつも一緒にいるわけでもないし、心のどこかで意識し合っている。分かり合っているというのは、そういうことではないのだろうか。
皐月にとって男性と付き合っていても、博美との付き合いが変わることはない。博美も同じで、博美との間で、
「お互いに結婚しても、二人の関係は変わらないわよね」
と言っていたものだ。
皐月と博美、どちらも冷静なところがある。お互いに何かあった時ほど冷静になれる性格で、あまり慌てふためくこともない。それだけに、相談を持ちかける時というのは、切羽詰った時が多いだろう。その意味では相手から相談を持ちかけられる時は、それなりの覚悟をして聞かなければならなかった。
もっとも、短大時代には、そこまで大袈裟なものはなかった。ある程度のことは自分の中で判断がついていることが多い。相談を持ちかけるとしても、その時には、自分の中で結論が決まっている。話を聞いてもらいたいだけにしておくというのも、二人の間での暗黙の了解となっていた。
そんな二人が一度、同じ男性を好きになったことがあった。普通であれば、修羅場も考えられる場面である。
いや、他の二人だったら、同じ人をお互いが好きになったことすら気付かないかも知れない。男性関係に関しては、お互いに秘密主義にするのは得意だったからだ。
しかも好きになった相手も、決して余計なことを話さない男性だったので、ある意味、浮気されても、相手に悟られることのないような強かな性格の持ち主でもあった。
強かというのは言いすぎかも知れない。女性が憧れる男性とは、冷静沈着で、決して女性を不愉快にすることのないというイメージを持った人が理想だったりする。女性というのは、自分だけに優しい男性を求めるものである。中には、
「浮気をしてもいいから、私に分からないところでしてもらいたいものだわ」
と言っている人もいるが、半分は本音で、半分はウソであろう。
そんなことを口に出す女性に限って嫉妬深かったりするものだ。心の中でじっと思っている人の方が真剣に、そう考えているものである。
皐月も博美もそんなところがあった。お互いに口には出さないが、同じ考えを共有できる相手として敬意を表している中にそんな性格が潜んでいる。
博美が付き合っている男性は、博美に対して従順だった。
「初めて女性を好きになって、初めて女性を抱いた」
その相手が博美だった。
博美は一人の男性を大切にする。自分のことを好きでいてくれる人には尽くすタイプなのだが、相手も尽くしてくれる人であった。博美は自分の性格を封印するかのように、相手に尽くされることを尊重していた。
「まるで女王様気分よ」
と言っているが、これも半分本音で、半分は物足りなさを感じているかも知れないと感じた。
皐月は博美とは違った。最初こそ一人の男性を大切にしたいという思いが強かったが、次第に一人の男性だけでは我慢できなくなってきた。
それは男性というものを知ってからであろう。
初めて男性に抱かれたのは、博美に比べてかなり遅かった。怖がりだったと言ってもいいだろう。
「男性を好きになれば、相手に抱かれたいと思うはずよ」
と博美は言うが、皐月には勇気がなかった。
実際に、「抱かれる」という行為がどのようなものであるかは、週刊誌やレディコミなどを見て知っていたが、レディコミなどはかなり露骨な描写が多く、勇気を削がれる内容だったりしたものだ。
後から考えると、性欲を掻き立てられるものなのだろうが、それだけ皐月は純情だったということだろう。
「二十歳になるまで処女ってわけにはいかないわよ」
と博美にプレッシャーを掛けられていたが、皐月自身も自覚はしていた。二十歳すぎても処女というのは、自分のプライドが許さなかった。
皐月はプライドが高い女性である。それは露骨なところがあるからで、逆に言えば、いつも素直で、思ったことは口に出したり、すぐに行動に移したりしていた。
それを素直というのだろうが、露骨さが前面に出てしまって、まわりには、
「プライドの高い女」
として写っていた。
プライドの高い女を男性が好まないことくらい分かっていた。皐月にしても恋人が欲しい気持ちは他の女性と変わらなかった。他の女性がどれほどの気持ちで恋人が欲しいと思っているか分からないだけに、自分の思いがまわりよりも強いという感覚が自然と身についていた。
初めて付き合った男性は、ナンパだった。せっかくそれまで暖めていた処女を下手な男に与えることだけはしたくないと思っていたのに、焦りがあったのか、それとも魔が差したのか、相手は言葉巧みだった。
ナンパというと、二人以上の複数でいるところを相手も複数で来るものだと思い込んでいたのも皐月の浅はかな認識だった。
相手の男はパッと見、ナンパをするような男性には見えなかった。ナンパをするような男性は、ブランド物の服を着ていて、パリッとした明るい性格の男性で、軽い言葉で誘いかけてくるものだと思い込んでいた。
だが、声を掛けてきた男性は、ラフな服装に決して明るいとは言えない雰囲気で、軽い言葉というよりも、まるで知り合いに会ったような言葉遣いではあるが、緊張しているのか声が震えていた。要するに普通にどこにでもいるような男性だったのだ。
ナンパしているくせに、いざとなると声が震えていて、ちょっと間の抜けたところがあった。そこが可愛らしく、母性本能をくすぐったのかも知れない。
プライドが高い女性ほど陥りやすい雰囲気だった。まさか、それが相手の計算だったとは、皐月には知る由もなかった。
最初から主導権は皐月にあった。
皐月は、普段は倹約家で、あまりお金を使うことはなかった。友達と言っても、博美しかほとんど行動を共にすることがなく、後は一人でいることが多かった。そのために無駄なお金を使うこともなく、逆にお金の使い方を知らないとも言えるのだった。
最初こそ、
「いえいえ、ここは僕が払いますよ」
と、喫茶店や食事では男性が財布からお金を出していた。男らしいところを見せたかったのだろう。実際にそんな男を見て、
作品名:短編集116(過去作品 作家名:森本晃次