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短編集116(過去作品

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 身体が少しずつ震えをともなっている。この震えは焦らされたことでの本能と、いよいよであることの神聖な気持ちとが二分してのことだった。
 大坪の体重を感じた。胸と胸が当たったかと思うと、身体全体を彼が密着させてくるのだった。最初は燃えるような熱さだったが、次第に感覚が麻痺していくのか、熱さを感じなくなった。お互いに熱さで温度差がなくなり、火照った相手の身体が一体になったような気がしてくるのだった。
――この感覚なのね――
 浴槽に長く浸かっている時の感覚であった。そんな時、自分に酔いしれる感覚があることを皐月は自覚していた。
 大坪に深く貫かれても、それほど苦痛に感じなかった。圧迫感は次第に充実感に変わり、包容力の賜物を感じる。自分が女であることを知った瞬間でもあった。人から聞いていたほどの激痛を感じずに済んだのは、皐月の身体が女性として成熟していたからなのか、それとも、大坪のテクニックの成せる業なのかはその時は分からなかった。
 大坪とはそれから半年ほど付き合ったであろうか。身体の相性はバッチリだったのだが、一度自分のものにしてしまうと、
――釣った魚には餌をやらない――
 大坪という男はそんなタイプだったのである。
 それでもよく半年も続いたものだ。最初に抱かれた次の日から態度の変化は歴然だった。言葉遣いが、
「お前はもう俺のものなんだ」
 と言っているようで、女性の中にはそんな男性に惹かれる人もいるだろうが、ほとんどは冷めてしまうだろう。皐月も半分冷めかけていたが、それでも自分が何とか彼を変えようと、柄にもなく考えたものだ。
 要するに、男として軽いのだ。冷めた目で見ていると、大坪という男の奥が見えてくるようで、しかもその奥には何もない。そんな男性を何とかしようなど、度台無理なことだった。育ってきた環境、生まれつきのもの、それぞれに限界がある。皐月はそのことを思い知った。
 大坪と別れて、しばらくは一人だった。
 ちょうど就職活動に差し掛かったこともあって、それどころではなかった。何社も受けるうちに女性の友達は増えていったが、男性と話す機会はめっきりと減っていた。
 どうしても就職活動の話ばかりになって、他の話をしている時間がないのと、不謹慎な気がして、誰もそれ以外の話を始めることはなかった。自然と張り詰めた精神状態のまま、毎日を過ごすことを余儀なくされていく。
 就職はなかなか決まらない。
 ビジネススーツに身を包み、頭の中は就職活動で一杯だった。面接がない時は、図書館に出かけては情報収集をしたり、大学の就職相談窓口で話を聞いたりと、結構多忙であった。
――何かをしていないと不安になる――
 というのもあった。それまでの学生時代とはまったく違った生活になっていた。
 ふっと精神的に疲れを感じることもあった。精神的に疲れを感じると、肉体的にも疲れを感じる。精神的な疲れを癒すことを考えようと思っていた。
 満員電車に乗った時のことだった。
 以前、よく痴漢に遭っていたことを思い出して、ついつい危険なエリアに身体を預ける。窓際など、ちょうど危ないところにわざと身体を持っていくことがあった。
 女の身でありながら、男を挑発する行為、自分が精神的に病んでいることを自覚しているからなのだろう。そんな皐月の身体からは、フェロモンが溢れ出ていたに違いない。
 すでに電車に乗る前から妄想は始まっていた。
 まわりにはサラリーマン、そして学生、サラリーマンは新聞を読んでいる人が多く、学生は数人で騒いでいるのもいれば、一人で参考書を見ているのもいる。真面目なタイプが多そうだ。
 たいていは、一人でいる学生に目をつける。身体よりも精神的に悶々としている時は、社会人よりも学生の方がいい。ぎこちない手つきではあるが、まだまだウブなので、こちらが抵抗すれば、やめてくれるだろうという気持ちが働くからだ。
 その日も、一人の学生に目を付けていた。
 試験が近いのか、一生懸命に参考書を見ている。
――ちょっとかわいそうかしら――
 とも感じたが、それよりも可愛らしさが皐月の母性本能をくすぐった。
――私って、いけないおねえさんなんだわ――
 というシチュエーションが自分の身体を熱くする。
 学生服のネクタイもキチンと絞めていて、いかにも真面目そうな男の子である。
――女性を知らないはずだわ――
 と勝手に思い込み、彼の後ろに並んだ。
 その車両は、いつも満員になることが分かっているのか、駅員が入り口のところで待ち構えている。押し込み屋とでもいうべきであろう。
 電車が到着して中を見ると、すでに通路は人でいっぱいだった。待っている人がギリギリ乗れるくらいで、それもかなりの混み合いなのは想像できた。
 降りる人も少しはいて、いざ乗り込む時には皆が騒然としている。
 もちろん、新聞など読める雰囲気ではない。新聞を読んでいたサラリーマンはすでにたたんだ新聞を手に持って、何とか乗り込もうと必死であった。
 扉までは必死で押しているが、扉を超えると、今度は押されるものに対して反発の作用が働く、無理に押そうとすると、反発があるのは当然だ。それを防ぐために駅員がいるので、何とか中に押し込まれることに成功した。中に入ってしまうと、あとは自分の体勢をなるべく楽な位置に持っていくだけであった。
 本当に満員になると、足が浮いてしまうくらいになるが、そこまではなかった。腕が抜けなかったりすることもあるが、その時はまだ少し余裕があった。
 それなのに、押し込まれる時の反発は何だったのだろう。やはり押し込む方も押されるほうも人間なので、力学の応用がそのまま生きるとは限らない。
「うぅ」
 電車が発車しても、中の方から人の呻くような声がところどころから聞こえてきた。電車が揺れるたびに掛かる圧力が移動しているからに違いない。
 皐月は目論んだとおりに、自分の後ろに初々しい学生の男の子が来ていた。彼は必死で満員電車に耐えていた。時々声にならないほどの小さな声で呻いているのを感じたが、そのたびにドキドキしてしまう自分を抑えることができなかった。
 彼の手は、偶然だろうか、皐月の腰の部分にあった。足が皐月のお尻の部分にある。
 腰を浮かせて、お尻を彼の足に押し付けてみた。
 一瞬驚いたのか腰を引こうとした彼だったが、そんなことをまわりの環境が許すはずもなく、却って押される結果になっているようだった。彼は観念したのか、まったく動こうとしない。
 次第にじれったさを感じてきた皐月は、お尻を揺らすように動いてみせると、男の子の手が次第に下がってきた。お尻のところで止まると、手の甲で押し付けてくる。
 ぎこちなくはあったが、想像していた興奮が溢れてくる。その日はビジネススーツでも、タイトスカートではなく、少しミニのフラットなスカートを履いていた。まるで高校の制服に近いものがあった。
 スカートをたくし上げるには恰好であった。最初こそモジモジしていた彼だったが、さすがに皐月が抵抗しないのを知ると、次第に大胆になってくる。いつの間にかスカートがたくし上げられていて、彼の手の平が太ももと撫でている。
作品名:短編集116(過去作品 作家名:森本晃次