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短編集116(過去作品

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 皐月は、大坪の下半身をまさぐる。彼のシンボルはすでに怒張していて、握ると熱さを感じ、脈を打っているのを感じた。
 大坪も皐月の気持ちを察してか身体を反転させ、下半身を皐月の目の前に持ってきた。しばし、シンボルをまじまじと眺めながら手で弄んでいたが、意を決して口に含んだ。
「うっ」
 一言、大坪が声を漏らした。これだけ女性の扱いに慣れているはずの大坪が、口に含んだ瞬間、声を漏らして感じてくれたことに皐月は嬉しさを感じていた。
――恥ずかしさがこれで少しは薄れるわ――
 奉仕の気持ちが表れ、健気な自分にさらに感じていた。
「気持ちいいよ」
 褒められるとその気になるのも皐月の性格だった。したことがないのでぎこちないのは仕方がないが、それだけに誠意をこめることを忘れなかった。それがよかったのだろう。
 小さい頃、
「あなたはおだてに弱いからね」
 と、よく母親に言われていた。それでいて、一番おだてがうまく、皐月を利用したのも母親だっただろう。
 お使いを頼む時もそうだった。テストが近く、勉強しなければいけない時もそうだった。決して叱りつけるのではなく、おだてあげる。それが母親の教育方針だった。
 叱られて勉強しても、身につくものではない。それどころか反発心が強く、口では、
「分かった」
 というだろう。だが実際には反発心の中に
「分かった」
 という言葉も入り、さらに気持ちが萎縮してしまう。萎縮してしまうとまわりが見えなくなってしまい、すべての面で逆効果になるのだ。
「おだてられてできるというのは、本当の実力じゃないんだ」
 これが父親の自論だったが、母親はそこまで極端な考えを持っていない。だが、おだてだけで動く人間にある程度の見切りがあることだけは間違いないだろう。
 しかし、娘には違った。小さい頃から一緒に暮らしているので、小さい頃におだてに弱くても、それが次第に実力になってくる。実力になってくると、おだてられなくても、何でもできるようになるだろう。それが母親の娘に対しての気持ちだった。
 皐月は、今でもおだてに弱い。弱いというだけではなく、
「おだてられてできるのであれば、それだって十分その人の実力だ」
 と思うようになっていた。
 おだてられてであろうが、叱責されてであろうが、要するにできたことやできないことの理由さえ自覚していればそれでいいのだ。
「どうしてできなかったんだろう?」
 できなかった時に本能的に考える。本能的な部分さえ忘れなければ。できることがおだてられたからであっても、何ら問題はないと思っている。
 男との付き合いの中で、身体を重ねる「儀式」があることは中学の頃から分かっていたことだった。中学生の男の子は成長するに際して、結構露骨にいやらしいことを口走ったり、表情に出たりする。中学の頃の皐月は、そんな男の子たちが嫌いだった。
「不潔だわ」
 とさえ思っていたのだ。
 顔にはニキビができてくる。脂ぎった顔の表面と、女性を舐めまわすように見るいやらしい眼つきに気持ち悪さしか感じなかった。ギラギラと光っている顔と視線は男の子たちに自覚を促すものではなかったはずだ。
 高校生になり、男の子たちは少しずつ落ち着いてくる。大人の雰囲気すら感じさせ、初めて男性を感じることになるのだ。
 女性は男性よりも一般的に成長が早いと言われている。
 女性ホルモンが活発化してくるのと、女性には男性と決定的な違いがあるからだ。
 女性には子供を生むことができるが、男性にはできない。もちろん、幇助はできるのだが、実際に身体に命を宿すのは女性だけである。
 小学生の頃から初潮が始まる。それに伴って小学校の頃から性教育が始まる。女の子だけを大きな教室に集めて、女性の身体のメカニズムについて教えられたものだ。
 すでに初潮を迎えていた皐月は、その時の話をずっと覚えていた。母親からも話を聞いていたので、それほど驚きはしなかったが、学校で聞いた方がむしろ突っ込んだ話になっていたようだ。教育はカリキュラムというものがあって、教え方が決まっているが、母親はどこまで教えていいのか手探りで、初潮を迎えてビックリしている娘に、とりあえずは驚く必要がないという話を応急手当的にするのがやっとだった。
 大坪の愛撫を受けながら、考えていることは、今までに感じていた自分の性への感情だった。
 大学に入ると、結構皆露骨な話をするようになった。高校の頃までは皆受験のこともあったりして、あまり話題に出すことはなかった。どちらかというと真面目なグループに属していたので、そんな会話がなかった。大学ではそれまでの受験勉強というたがが外れて、それまでにできなかったことをやる気持ちが皆にも強かった。
 皆、派手な着こなしをしたりしているが、聞いてみると皆高校時代までは大人しかったということである。皐月と同じような真面目な性格だったらしい。
 それでも友達の半分近くは男性経験があった。
 クラスメイトの男の子と恋愛関係になって、そのまま身体を重ねたという一番スムーズなパターンもあれば、好きでもない男の子に半ば強引に身体を与えてしまった女性もいた。
 もっと悲惨なのは、一人の友達に騙されるような形で部屋に連れ込まれ、数人の男性から暴行を受けたというとんでもない経験をした人もいた。
「それは辛かったでしょうね」
「しばらくは男性恐怖症になって、荒れた時もあったわ。勉強も何もかも嫌になって、逃げ出したいような気持ちになったこともあった。どうやって立ち直ったのか、自分でも分からないけどね」
「でもきっかけがあったんでしょうね」
「そうね、その後に彼氏ができて、しばらくはトラウマから抜けられなかった。でも彼がしっかりそんな私を受け入れてくれたからよかったみたい。人間の人生なんて、どこでどうなるか分からないって、本当なのね」
 彼女に対しては皆一目置いていた。彼女の話を聞いて、誰もが、
――この人には太刀打ちできないわ――
 と考えたことだろう。自分たちのリーダー格にもなっていた。
 生まれつきのリーダー的存在というのはいるだろう。彼女もそんな一人だった。人からの相談は親身になって聞いてあげ、アドバイスも的確である。やはり屈辱と苦悩とトラウマから立ち直った精神力と、立ち直るためにかなりの自問自答を繰り返したはずなので、彼女の言葉の一言一言に重みがある。
 まわりも尊敬の念で見るのだから、さらに重みがあったことだろう。皐月もそんな彼女を尊敬していた。
 最近は会っていないが、どうやら結婚して幸せな生活を送っているらしい。人の幸福をあまり気にする方ではない皐月だが、彼女の幸せだけはまるで自分の幸せに通じるものがある。一度話をしに行ってみたいとは、ずっと思っていたことだった。
 大坪の怒張は最高潮に達している。
 それは皐月の興奮に比例してのことだった。
――すでに受け入れる準備はできているわ――
 と考えると、心境は複雑だった。
 初めてであることをこの人は分かっているに違いない。別に隠すことはないが、何でも分かっているというような顔をされるのは少し癪だった。
作品名:短編集116(過去作品 作家名:森本晃次