短編集116(過去作品
「身体が熱くなって来ているね」
身体が感じ始めているのも確かだが、恥ずかしさからの火照りも十分彼に伝わっているに違いない。
火照った身体は、感覚が麻痺してきていて、自分でうまく制御することができない。その間隙を縫って彼の指は次第に身体に侵入してくる。
服を着たまま、彼の手が胸をまさぐっている。なるべく身体を密着させたまま、肘を折りたたんで、少しだけ身体を離しながらまさぐっている。どうしても胸の間にできてしまう隙間を埋めようと、彼は皐月の股の間に、自分の足を滑り込ませる。そのシチュエーションが皐月には艶かしく感じられた。
皐月は、満員電車の経験があるが、たまに痴漢に遭っていた。露骨に触られることもあったが、そんな時は決まってスカートを履いている時だった。
ほとんどが後ろからお尻の部分を手の甲で弄られるくらいだったが、たまに前から膝を折り曲げるようにして股の間に足を絡ませるようにしてくる人もいた。
――気持ち悪い――
電車が揺れるたびに人の体重が掛かってきて、相手も巧みに足を絡ませてくる。慣れている人でなければ、ここまでうまくできないだろう。自分の身体にコンプレックスを感じている皐月は、ここで騒ぎ立てたら、恥ずかしいというよりも痴漢されたことを認めてくれないかも知れないと感じていた。
なぜなら、女性には妄想癖があるからである。一種の願望といってもいい。
――人から注目されたい――
という思いが働いて、自分も痴漢されるような魅力のある身体なんだと人に宣伝しているように思われるのが嫌だった。それは自分の身体にコンプレックスを持っているからこそ感じるものだった。
「この女、自尊心が強すぎるんじゃないか? こんな身体で誰が触りたいなんて思うものか。バカじゃないか」
と言われることが怖いのだ。
そんな皐月の気持ちを知ってか知らずか、痴漢はさらに攻撃を深める。指で太もものあたりをなぞりながら、指が次第に上へと上がってくる。
股の付け根のところに指を這わせてくる。男もこのあたりから次第に興奮してきたのか、息が荒くなってくる。
――他の人に知られちゃうじゃないの――
と思いながら、相手を睨みつけようとしたが、すでに男は恍惚の表情で、皐月を見ていない。
一瞬、怖くなった。こんな表情の男性を見たことがなかったからだ。だが、
――私で感じてくれているんだ――
という感情もあり、何とも複雑な心境になってきた。
男は抵抗されないのをいいことに、スカートをたくし上げる。指が侵入してくるが、下着に触ることはあっても、それ以上は絶対に触ってこない。下着の上から指を這わせているが、却ってじかに触るよりも気持ちいいのだろう。次第に自分も気持ちよくなってくるのを感じていた皐月だった。
「嫌だわ」
と感じながらも抵抗はしない。息が荒くなった男性の恍惚の表情を見ながら、時折押し寄せる快感の波にしばらく耐えていた。
急行列車なので、なかなか次の駅に到着しなかったが、恍惚がある程度身体に染み渡っている頃に、ちょうど駅に到着するというアナウンスが遠くから聞こえた。
電車がスピードを落としてくると、相手の男性も指を引っ込める。どうやら、この駅で降りるようだった。
その男性からは、もう一度くらい触られたかも知れない。だが、抵抗しないわけにもいかず、ジロリと睨んだのだが、その時に勝ち誇ったような笑顔を向けられ、
「この間の君は素敵だったよ」
と言われているように勝手に思い込んでしまって、癪な気持ちがあるにも関わらず、またも彼に身を任せてしまっていた。
――あの人の相手は、私だけじゃないんだ――
慣れているように思えたからだ。
痴漢というのが犯罪で、女性にとっての敵であるという気持ちに変わりはないが、彼のような男性もいるのだと思うと、少し満員電車に乗るのも精神的に違ってきた。
――まだ処女なのに――
とう気持ちがあるからなのかも知れない。
大坪の足が絡みついてくるのを、震えながら感じていた。その震えは緊張というよりも、痴漢の行為を思い出してのもので、興奮に近いものがあったことを彼に悟られたくなかった。
もちろん、彼もそんなことは知る由もないだろう。だが、彼の巧みな動きの中で一瞬指が止まった瞬間を皐月は気にしないわけにはいかなかった。
だが、すぐに指は動き出し、胸をまさぐっていた指を今度は太ももに移す。
痴漢の指の動きを思い出した。
大坪も同じように太ももから指をだんだん上へと上げていき、股の付け根の辺りを入念に指を這わせている。
「どうして?」
声になってしまうのを必死で抑えた。
痴漢行為と同じ愛撫を受け入れていたが、次第に興奮が少し冷めてきたのを感じた。満員電車というシチュエーションと、二人きりで誰もいない部屋での愛撫というまったく違った雰囲気の中で、違う人から同じ行為をされている。しかも、満員電車の中での男性は、痴漢という正体不明の男性であるのと、二人きりの部屋での男性は、少なくとも段階を踏んで愛を育んできたと思っている相手である。どちらが相手のことを考えているかといえば日を見るよりも明らかなのに、どうして感じている身体は少し冷めてしまっているのか皐月に分からなかった。
――私が変態なのかしら――
とまで感じかかっていたその時、冷めてしまいかけている皐月の身体や精神状態を知ってか知らずか、大坪は指を大胆に動かしてくる。
これも彼のやり方なのかも知れない。いや、彼だけではなく、男性が持っている本能が女性を求める気持ちに忠実な動きをしているのかも知れない。
どうせなら、男性の本能だと思いたい。それによって、女性も身体と心を開き、初めて男性を受け入れる気持ちになるからである。相手を信頼しているはずであり、男性ホルモンと女性ホルモンの分泌が、次第に相手を求める気持ちを気付かせてくれて、淫靡な香りや雰囲気が部屋全体を包むに違いない。
ベッドに写ってからの彼の愛撫は執拗だった。かなり女性の扱いには慣れているのではないだろうか。処女なのにそんなことを感じる自分が耳年魔だったことに気付かされてしまう。
首筋から胸を中心に臍あたりまでを丹念に舌を這わせ、その間も指で太ももを撫でている。上半身が終われば、舌は今度は足の先から次第に太ももを伝って、上に上がってくる。
さすがに焦らされると、一旦冷めかけた身体が、再度火照ってくる。一度冷めてしまったとはいえ、一度知ってしまった火照りに達すると、今度は最初よりもかなり敏感になっている。声が漏れるのを抑えることができない。
「ああ、正弘さん」
手で彼の頭を抑える。指の強さが自分の感じているバロメーターであることは大坪にも分かったことだろう。
波は定期的に襲ってくる。呼吸は荒くなったり落ち着いたりを繰り返している。時間にして二十分以上、三十分近くも続いただろうか。完全に今まで知らなかった世界を皐月は覗いていた。
それでも次第に快感に慣れてくると、自分だけがこの空気に酔いしれていて、自分の淫靡なフェロモンだけで部屋全体が満ちてしまっていることに気付いて、恥ずかしくなってきた。
作品名:短編集116(過去作品 作家名:森本晃次