二人一役復讐奇譚
「僕がみゆきちゃんをいつも指名するのは、いつも待合室迄来てくれるだろう? それが嬉しいんだ、今までだったら、待合室に誰もいなくても、待合室迄来てくれない人もいたからね。そういう意味で、みゆきちゃんは特別なんだ」
と彼がいうと、
「そんなことで特別なの?」
と笑いながらみゆきがいうと、
「何言ってるんだよ。言い方は語弊があるかも知れないけど、僕はお金を払っているんだよ。だから、ちょっとした小さなことでも、大切に思う。それはねお金を払って大切な君との時間を買っていると思っているから、お金を払ってでもソープにくることに対して違和感や罪悪感を感じないのさ」
と、彼は言ってくれた。
――やはり、このお客さんは特別な存在なんだな――
と感じたのだ。
そして、これがみゆきにとっての、
「ソープで働く意義」
となったのだ。
あやめへの不可思議な視線
ソープ「エレガンス」が比較的高級店ということであれば、あやめのいるお店はそれから比べれば、大衆店だと言えるだろう。ソープ「アマンド」は、みゆきのいる店とは、それほど近くにあるわけではなかった。それでも、同じ繁華街の中にあるお店ということもあって、みゆきの人気が頂点に達していた頃には、二人はそれぞれの店でナンバーワンになっていた。
みゆきという女が客によって、いろいろな女を使い分けられるという才能の持ち主であるのに対して、あやめは、性格の操作はできないが、自分の中にある性格が、お客さんの癒しを求める思いに答えてあげられることのせきるものであることを、お客を相手にしているうちに気付くのだった。
あやめは、以前は百貨店などで、店頭販売員をしていた。客との応対に対してはそれなりに自信を持っていたが、販売実績としては、それほど芳しいものではなかった。
秋田と知り合ったのは、そんな時であったのだが、知り合った時は、少し奇妙な感覚だったのをあやめは覚えている。
あれは、あやめがソープに身を落とすようになる一年前くらいだっただろうか。あやめが強めている百貨店に客として訪れたのが、秋田だった。
その時の秋田の表情は今思い出しても、奇妙なものだった。まるでは、
「ハトが豆鉄砲でも食らったような」
そんな表情で、あやめを見て、その場に立ちすくんでいた。
目はカッと見開き、今思い出しても、何にそんなに驚いたのか、分からなかった。
だが、彼はすぐに馴れ馴れしく近寄ってくるようになった。あゆみはあまり目立たない子で、男性と付き合った経験もなかったので、男性に対しての免疫はできていなかった。そのせいもあって、いきなり馴れ馴れしく近づいてきた秋田を警戒したのは当たり前のこと。
しかし、警戒しながらも、ぐいぐい来るこの秋田という男性に頼もしさを感じたのだった。
男の頼もしさを一度でも感じると、一途な性格であるあやめにとって、秋田は今まで自分のまわりにいなかったタイプの、
「新鮮な男性」
というイメージが固まってしまった。
そこまで来ると、あやめが秋田に惹かれてしまうようになるまでには時間が掛からなかった。
秋田というのは、正真正銘の悪党だったと言ってもいいかも知れない。
「小説家になりたい」
という夢はれっきとした夢として持っていて、それは彼の唯一、いい性格と言える部分なのかも知れないが、それがなければ、本当に、
「あいつは生きる価値もない」
というほどの男であり、逆にそんな夢を持っていたがために、せっかくの夢が却ってあだになることで、
「まわりの人間を巻き込んで生きることしかできない」
というような、最低な男になってしまったのだろう。
秋田は、初めからあやめを利用するつもりで近づいたのかどうか、後になってもあやめは分からなかった。ひょっとすると、秋田自身でも分かっていなかったかも知れない。
借金で首が回らなくなってから、秋田は失踪した。どこにいったのか、その行方が罠らなかったことで、保証人となってしまった二人の女は、身を崩してしまったのだ。もちろん、小説家になるなど、夢のまた夢。
「小説家になりたい」
などと言っていた秋田という男のイメージは、二人の女にとって、忘れ去られた遠い過去のなっていたのだ。
秋田という男があやめと知り合ったのは、恭子と知り合った後のことだった。二股を掛けられていたということになるのだろうが、秋田本人は二股をかけていたという意識はなかった。
もちろん、他人から見れば、百人中百人が、
「二股だ」
と答えるに違いない。
秋田という男が、それほどとんでもない男だったということになるのだろうが、彼が感じていた、
「二股ではない」
という思いは、実は別のところから感じられたものであって、それを分かっているのは、その時は秋田だけだった。
だから、言い訳にしか聞こえないことであったが、いずれは、恭子もあやめもそのことを知ることになるのだが、それはまだ先のお話になるのだった。
あやめは、秋田と知り合ってから、秋田と本当に恋仲になるまでに、結構時間が掛かったと思っている。
どこか秘密主義的なところがあって、自分のことをなかなか明かそうとしない秋田という男を、その辺の、
「ちゃらい男たち」
とは違うという感覚を持っていた。
地味であまり目立たないタイプのあやめだったが、自分のまわりには、なぜかちゃらい男ばかりが多かったような気がする。それは別に付き合っているというわけではなく、学生時代の友人であったり、百貨店に入社してからの同僚であったりと、なぜかそんな連中ばかりだったのだ。
そもそも彼氏がほしいなどという感覚を今まで持ったことがなかった。男性友達はおろか、女性の友達もそんなにいたわけではなく、自分の思っていることを打ち明けられる人がそばにいなかった。
あやめはそれでもいいと思っていた。余計なことを話して、何かのトラブルにでも巻き込まれることを思えば、一人で考えている方がマシだと思っていたのである。
だから、販売員をしていても、パッとした成績が挙げられるはずもなく、お客さんもあやめに訊くよりも他の客に訊く方がいいと思っていたようだ。
その頃のあやめは、本当に目立つタイプではなく地味なタイプが身体全体から醸し出されているかのようだった。
眼鏡をかけていたのが一番地味に見せる理由だったようだが、そのメガネの奥に見える眼差しが、
「何にもおいて、自信がなさそうに見えるところが一番、地味に感じさせるところではあいだろうか」
と思わせた。
特に百貨店の販売員の制服は地味だった。売り場は高級品を置いているのだが、高級品というものほど、まわりをイメージに対して、さらに深みを帯びさせる効果を持っているのではないかと思わせるのだった。
「派手な人はより派手に、地味な人もより地味に見せる魔力が、百貨店の売り場にはある」
ということになるのだろう。
そんなあやめだったので、誰か男性に気に掛けられることなどないと思っていたし、想像もしていなかった。
しかし、秋田という男性が自分のことを見ていると気付いた時、あやめはどうしていいか分からなかった。