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二人一役復讐奇譚

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 しかし、ギャンブルは素人が手を出せば、負けるようにできている。そんな単純なことくらい分かっているつもりなのだが、依存症になってしまうと、抜けるのが難しい。何か好きなことでも他に見つければいいのだろうが、そもそも、
「小説を書く」
 という好きなことをしていたにも関わらず、それを商売にしてしまったために、
「現実逃避」
 の道具が、
「現実」
 になってしまったのだ。
 もうどこにも逃げる道がなくなってしまい、自らの退路を断ってしまったのだろう。
 それは決して悪いことではないのだが、そのために必要で、最低限であるはずの覚悟というものを最初に持っていなかったことが一番の問題だったのではないだろうか。
 覚悟というものは、途中からできるものではない。最初から覚悟を持って臨まなければ、その時点で、スタートが狂ってしまう。スタートから狂った状況で走り出したとすれば、普通に走っていると思っても、まともにはおぼつかないだろう。しかも、まともに走っていると思う時点で間違っているのだから、その時点から何を考えたとしても、スタート時点がすでにマイナスの状態なのである。
 見えているものがすべて地表より下なのだから、上の世界など見えるわけはない。真っ暗だと思って見ているとすれば、それは、穴の中を見ているからだと言えるのではないだろうか。
 まさか、彼がそこまでの転落人生を歩んでいたということに、一番近くにいたはずの恭子が気付かなかったのは、覚悟がなかったからだろう。だが、秋田もそのことに気づいていて、
――この女、どうして俺のピンチを分かっていながら、スルーしやがるんだ――
 と思っていた。
 恭子は本当に分かっていなかっただけなのに、わざとスルーしていると思われたのであったが、実際には、どちらでもいいレベルにまで至っていた。それでも最後の決断の時に、この時の感情が大きく影響してくるのだが、そんなことをその時の二人には分かるはずもなく、その時点で目に見えない二人の間には大きな溝ができてしまっていたのだ。
 その溝は、断崖絶壁の奈落の底のようであり、石でも落とさないと深さが分からない、底なし井戸のようなものだった。
 下を見るだけで、足が竦んで吸い込まれそうな錯覚に陥る谷底を感じていると、見ていないと思っていた夢を本当に見ていて、その夢に、この断崖絶壁の谷底が出てきたような気がしたのだ。
 断崖絶壁など感じたこともないはずなのに、谷底だけ意識があるのを感じると、
「夢も見ていないはずなのに」
 という、いくつかの矛盾にぶつかるのを感じるのだった。
 矛盾を感じていない時期はまだよかったのかも知れない。いや、それは矛盾であっても、理不尽さを少しでも感じてしまうと、矛盾であることが分からないだけに、ムラムラした気持ちがこみあげてきて、自分のしていることがどんどん信じられなくなり、前に進むにも後ろに戻るにもできなくなってしまう。まさに、
「断崖絶壁の谷底に掛けられた吊り橋の上にいるような感覚」
 であろう。
 秋田は、小説家を目指している間はまだよかったのだが、そのうちに、いつの間に蚊それもやめてしまった。今ではアルバイトだけをして、毎日を食いつないでいるだけであったが、そのアルバイトを辞めるのも時間の問題だった。
 完全なニートになってしまい、恭子の前から姿を消すという、最悪のシナリオを描いてしまった秋田という男は、本当にどうしようもない男であった。
 一人残されたのは、恭子であった。
 恭子は、秋田の夢のため、自分も会社を辞め、風俗で働かなければいけなくなっていた。今から思えば、どうしてそんなバカなことをしたのかと思うほど、後悔の念に苛まれたが、秋田を信じたのが運の尽き、借金の保証人になってしまっていたのだ。
 ただ、恭子は風俗を始めることに対して人並みに、いや、人並み以上に自分の貞淑にこだわりを持っていた。しかし、一度開き直ってしまうと、肝が据わってくるのだった。最初は、やくざのような連中に貞淑を売るように諭され、脅され、蔑まれるかのような惨めな淑女であったが、開き直ってしまうと、そんな男連中がビックリするほど、自分への貞淑を、アッサリと捨ててしまった。
 これは、恭子が現実的なものの考え方や、物事をポジティブに考えるからだというようないい意味での性格からではなかった。潔さが他の人に比べて少しあったというだけなのだろうが、ここまで極端に変わる女を、今までたくさんの女性を地獄に叩き落すような行為をしてきた連中でも、
「今までにこんな女、見たこともない」
 と言わしめるほどであった。
 そもそも頭の回転はいい方だったし、風俗における彼女の姿は、まさに聖職を得たと言ってもいいほどであろう。
 恭子の風俗においてのとりえは、
「相手によって、どんな性格にもなれる」
 というところであり、相手が望めば、SM関係のSにもMにもなれる。貞淑な乙女を演じることもできれば、痒いところに手が届く、そんな女性を演じることもできたのだ。
 元来、面倒見のいい女性だったので、尽くすことに掛けては、立証済みと言ってもいいだろう。そういう意味では、最低な男ではあったが、秋田という男の存在が、恭子に役立ったと言ってもいい。
 それは彼女を変えたというわけではなく、元々内面に持っていた性格を引き出したというべきであろう。
 だから、お店で彼女がナンバーワンになるまでにはそれほど時間はかからなかった。入って半年には、店を代表する風俗嬢として、君臨していたのだ。
 そんな恭子は、店では、
「みゆき」
 という源氏名だった。
 お店は、ソープ「エレガンス」という、どこにでもありそうな名前だったが、歓楽街にある風俗横丁では老舗で、昔から高級店としての名が通っていた。今までの風俗街の溺死を作ってきたというか、風俗街を静かに見つめていただけあって、貫禄があった。その中でも歴代でも間違いなくランクが上の方だという評判のみゆきが、ナンバーワンになってからというもの、秋田が作った借金など、あっという間に返せたのだった。
 秋田も借金は恭子にだけ負わせたわけではなかった。最初恭子は、さすがに何も知らないウブな女の子だった時はビックリするような金額だったが、それでも秋田がこさえた借金はそんなものではない。
 秋田と言えどもさすがに一口以上の保証人にできるわけもなく、他にも女を作って、その女に対しても、恭子と同じような目に遭わせていたのだった。
 その女はさすがに恭子のような根性が座っていなかったので、大衆店のソープに身を落としたが、彼女に幸いしたのは、彼女自身、男に奉仕することが嫌いなタイプではなかったことだ。
「ソープが天職」
 などと思っていたわけではないが、それまで抱いていた風俗に対してのイメージが覆るほど、これまで見たこともなかった世界を見たことが嬉しかった。
 彼女はソープ「アマンド」に所属する源氏名を「あやめ」と言った。彼女は、みゆきのように、いろいろな客たーを演じることはできなかったが、彼女の本性である、清楚であざという演技を、本性を交えながらできることで、大人気になった。一つの人格を二つの性格から導き出すという彼女の技であった。
作品名:二人一役復讐奇譚 作家名:森本晃次