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二人一役復讐奇譚

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 秋田という男は。この一年間、どこで何をやっていたのか、そして、辿り着いたのが、岡山県の彩名市、そこで死体となって発見されたわけだが、その失踪期間中に、彼はどんな男になっていたというのか。そのカギを握っているのが、あやめであった。
 あやめは、すでに風俗を辞めていて、田舎に帰っているということである。そのあやめが岡山の出身であるということはただの偶然であろうか、今のところ警視庁の捜査ではあやめのことまでは突き止めているのだが、すでに店を辞めてしまっていて。店の人間には、彼女は自分のことをほとんど誰にも話してはいなかった。
 そういう意味ではあやめのことを一番よく知っている人間は、サトシだということになる。
 サトシはあやめに自分のことをいろいろ話してくれた。しかも、あやめと同じ立場であるみゆきという女性を知っている唯一の人物である。
 もっとも、秋田も知っていてしかるべきなのだが、皮肉にも失踪中である。あやめは田舎には帰ってきてはいたが。今でもサトシとは連絡を取り合っている。
 実は田舎に帰っては来たあやめであったが。彼女に対しての風当たりはいいものでは決してなかった。
「都会で挫折して帰ってきた」
 という目で見られてしまい、特に、
「田舎を捨てて、都会に出たくせに」
 と言われがちの都会からの出戻りは、彼女のみならず、実に肩身の狭いものであった。

              記憶喪失

 あやめが、秋田と過ごしたのは、秋田がみゆきと同棲を始めた頃のことだった。
 あやめはその頃、彼氏にフラれてから、少し自暴自棄になりかかっていたところを秋田に止められた。
 秋田としては、ただ軽い気持ちだったのかも知れない。実際に恭子をいう彼女がいる中で、最初から二股を掛けようなどとは思っていなかっただろう。だが、うまい具合に相手が自分を好きになってくれた。それも、相手の弱い部分を突くことで、気持ちの中にさりげなく入り込むことで、うまく付き合えるようになったのだ。
――案外人生なんて簡単なんじゃないか?
 と、そもそもチンピラのような考え方しか持っておらず、恭子に対しても、
「利用するだけ利用してやろう」
 と考えていただけに、二股などということくらい、別に罪悪感を持つような男ではなかった。
 あやめは、恭子ほど深入りする女ではなかった。ただ、その分警戒心も薄く、自分を信用してくれているのは間違いなく、ある意味一番騙しやすい相手でもあった。彼女のような女に二股が分かるはずもなく、分かったとしても取り乱したりはしない女に思えた。
 危ないとすれば恭子の方で、二股がバレたらどうしようと思っていたが。その時はその時だと考えるようになったのは、二股がうまく行っている自分を顧みた時、少々のことであれば、自分の力量で乗り越えられるとでも思っていたのだ。
 その時はすでに、恭子に保証人になってもらって、借金もしていた。あやめに対しても同じ手口を持ちかけると、やはり何も聞かずに保証人になってくれた。
――こんな簡単な女がこの世にいるなんて――
 と、稀代の悪党のくせに、そんな風に思うくらい、あやめという女性はウブだったのである。
 恭子のところから失踪し、あやめとは連絡を取っていたが、それは、恭子の知らないところで会っていたので、失踪した状況で少々探したくらいでは分からなかった。しかも、自分に借金が降りかかってきたこともあって、秋田を探したいのも山々だったが、それどころではなくなっていたのだ。
 恭子はその時からみゆきになった。
 みゆきが風俗で働いているのを知ってか知らずか、あやめにも同じ運命を辿らせた。
 そういう意味では、あやめと秋田が一緒にいた時期は短かった。まさに、
「借金の保証人として立てるためだけに、恋人関係になった」
 とでも言わんばかりである。
 そして、秋田は本当に失踪した。
 もうどこにも行くところはなく、調布に返るわけにもいかない。その時絵画のセットがあったというのは、実は、小説家を目指しながら、絵画にも手を染めようとしていた。それは小説がうまくいかなかった場合の保険のようなものだと思っていたが、
「一つがうまくいかないからと言って、すぐに他に目を向けてうまくいくはずがない」
 ということを、分かっていなかったという、生来の考えの甘さが招いたことであろう。
 そういう意味で、あやめは、彼を、
「画家のタマゴ」
 だと思っていた。
 そして、そのことを知っているのは、サトシだけであった。あやめが風俗をやめて田舎に帰ってきたことを知らない警察も、あやめに接触できずにいる。あやめという女性も、秋田殺害事件の当事者にとっては、
「行方不明者」
 の一人であった。
 秋田殺害事件の容疑者とまではいかないが、秋田と少なくとも恋愛関係にあった人ととして、警視庁でも捜査が行われたが、何しろ管轄は違っているということもあって、真剣に捜査をしている様子もないので、あやめの捜索は絶望に思われた。
 そのことは岡山県警でも、彩名書でも同じ考えであった。
 まさか、あやめの故郷が岡山県であるなど想像もしていないだろう。県警本部お膝元の岡山市にいるのだから、ある意味世間というのは狭いものだ。
 何か因縁めいたものを感じるが、それだけのことであろうか。因縁に誰かの作為のようなものが感じられはしないか。まだ秋田が殺されたことを知らないサトシとあやめ、二人はこの後、どうなっていくのであろうか?
 恭子は、お店に半月ほど出勤できない旨を伝えたが、もうすでにみゆきとしての絶対的な立場を店で示していた彼女に、店がOKを出さないわけがない。逆に、
「いないと寂しいけど、せっかくだから、ゆっくりして、英気を養ってくればいいよ」
 と、店長を始め、スタッフの人も言ってくれた。
 一応、十日をめどに、岡山に行ってみることにした。まずは、行こうかどうしようか迷ったが、一応彩名市に出かけてみることにした。彩名市は岡山駅からでも行けるが、姫路からの方が便利は良さそうなので、姫路に停車する新幹線で出かけて、そこからローカル線で彩名市に向かった。彩名市というところ、思っていたよりも都会で、これくらいの街なら、東京二十三区内でも十分に通用しそうなところであった。
 昼過ぎに彩名市に到着した恭子は、話に聴いていた建設中のビルの近くまで行ってみたが、さすがにまだ立入禁止のマークがしてあって中に入れない。とりあえず、お花を供えて手を合わせることで、不本意ではあるが、供養に変えようと思った。ひどい男ではあったが、一度は好きになって、将来まで考えた相手である。目を閉じて手を合わせていると、今まで思い出そうともしなかったことがまるで昨日のことのように思い出せる。だが、それは過去のことであって、あれが本当の彼ではないと思うと、すぐに我に返ることができた。ここで手を合わせることが、あの男との本当の意味での決別になるのだろうと、恭子は思った。
 手を合わせている時、
「おや?」
 と何か視線を感じた気がした。
 思わず目を開けてあたりを見渡したが、誰もその場にはおわず、
「気のせいか」
 と思うことで、すぐにその違和感を忘れてしまった。
作品名:二人一役復讐奇譚 作家名:森本晃次