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二人一役復讐奇譚

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「死亡推定時刻は、発見時から十時間ほど前ということですので、発見された前日の十一時から十二時の間くらいということになるでしょうか? 死因は胸に突き刺さっていたナイフです。やはり抵抗した痕もないことから、即死だったのではないかというのが、鑑識の見解です。それとナイフからは指紋が検出されませんでした。指紋があったのは、被害者のものだけです。犯人が使用する前に一度綺麗に拭き取って、さらに犯行時には手袋でもしていたんでしょうね」
 という報告があった。
 さらに、
「あのあたりには民家もほとんどなく、しかも、時間的には深夜ということですので、目撃者もありませんでした。あそこはご存じの通り、埃が床に積もっているので、足跡が付きます被害者と犯人と思しき人の足跡は見つかったんですが、それ以外はありません。そのことから、犯行現場はあの場所で間違いないと思います。もし他で殺害して運んできたのだとすると、被害者の足跡があるのは不自然ですし、一人で運んでくるのって無理じゃないですか? 負ぶってきたのだとすれば、余計におかしい。被害者の足跡が残っているはずはないでしょうからね」
 という報告だった。
「なるほど、私もその報告には納得がいく気がする」
 と、捜査主任となる、松前警部はそう言った。
 松前警部は、最近、岡山県警本部から配属された人で、県警本部でずっとやってきたので、地方の署は初めてだった。最初の方はかなり戸惑っていたが、さすが県警本部第一線で叩き上げられてきただけに、順応性もそれなりにちゃんとしている。
 彼の部下でもある佐久間刑事は、この松前警部を尊敬していた。
 最初こそ、
「左遷でもされてきたんじゃないか?」
 と思ったほどだったが、実際に一緒に捜査に当たってみると、警部の目の付け所、さらに犯人を追い詰めるその手法など、今までの自分のやり方とは明らかな開きがあり、新鮮でもあったし、画期的にも感じた。それから、佐久間は松前警部を尊敬するようになっていったのだった。
「ところで、被害者の名を語って、工事現場に入り込んでいた男のことは分かったのかい?」
 と聞かれた佐久間は、
「いいえ、今のところはハッキリと分かっていません。彼がなぜ秋田省吾と名乗っていたのか、彼は記憶喪失だったというが、本当に秋田省吾だと自分で思っていたのか、そして、どうしていきなり失踪してしまったのか、、謎だらけの男です」
「うーん、何とも言えないな。だが、その男がこの事件で何らかの役割を演じていることは間違いないだろう。その記憶喪失がフェイクなのかどうかも含めて、まずはその男の行方を捜してみることも先決ではないだろうか」
「それについて何ですけど」
 と一人の刑事が手を挙げた。
「東京の警視庁に秋田省吾という男を照会してもらったんですが、この男、つまり殺害された男ですが、かなりの悪党のようですね。いくつものサラ金から金を借りて、女の子を保証人に仕立てて、自分は失踪していたようです。だから、死体で発見された男は行方不明者だったんですよ」
 というと、
「おや? 彼に対しての捜索願はどこからも出ていなかったようだけど?」
「ええ、誰も出していないようです。借金を負わされた女の人はそのまま風俗で仕事をさせられることになり、やつを探すどころではありませんからね。サラ金会社もそもそもやつを探す義理もない。そうなると、捜索願を誰も出すことはありませんからね」
 と言った。
「何てひどいやつなんだ。男の風上にもおけないな」
 と、警部は言ったが。一同皆同じ思いだったに違いない。
 被害者は殺されて気の毒だったのだろうが、その場にいた誰も、かわいそうだとは思わない。
「因果応報」
 と感じるか、あるいは、
「自業自得」
 としか思っていないだろう。
 行方不明であって、警察の中では行方不明者として登録されていない被害者が、いかにして誰によって殺されたのか、彼の身元はやはり警視庁によってもたらされる資料によるものでないとよく分からない。
 被害者と言っても、実際には加害者と言ってもいいこの男は、借金問題以外にもいくつか抱えているようだった。
 警視庁の中に残っている資料としては、東京都調布市在住の、三十二歳、自称「小説家」ということになっているのだという。恭子と一緒に暮らしている間、小説家を実際に目指していたので、まんざらウソではないようだが、では、実際にこの男のどのあたりからウソがあったのだろう。
 年齢も住まいも間違っていない。ということは、そのウラを取るのもそれほど難しいことではなく、被害者の素性は案外簡単に割れたのだ。
 そもそも、被害者の身体から身元を示すものを奪っていないということは、最初から身元が割れることは気にしていなかったということになる。ただ、すぐに犯行がバレるとのは嫌だったのか、殺害をあの場所に選んでいる。しかし、そのくせその日の朝には見回りに来ているではないか、犯人はこの場所は知っていても、その日の朝、見回りにくるなんて思ってもみなかったのかも知れない。
 ただ、被害者は調布のマンションで一人暮らしをしていたようなのだが、もちろん、それは失踪前のことであるが、今では失踪したことで、管理人に荷物も整理され、新たな住人が入っていたので、彼の生活感を感じることはできなかった。
 だが、管理人に彼のことを訊ねたところ、
「ああ、秋田さんって、画家さんじゃなかったんですか? あの人が行方不明になって久しくなってから、部屋の処分をした時、絵の道具が出てきましたからね。でも皆新品に近かったような気がしましたよ」
「ところで、勝手にお部屋の処分なんかしてもいいんですか?」
「賃貸契約をした時に結んだ契約書には明記してましたよ。家賃滞納をしかるべき理由がない場合や、あるいは、部屋を借りたまま、予告なく居住せずに一年近く放置した場合は、貸主の方で、部屋を処分するという旨を列記していました。そうじゃないと、たまに部屋を借りたまま放置する人がいるらしくてね、これは最初に賃貸契約をした時に、お互いに納得済みでした。だから、一年以上秋田さんが帰ってこなかったので、こちらとしては、部屋を処分させていただきました」
 と、家主の人はそう言って、少し憤慨しているようだった。
「秋田さんって、どんな人だったんですか?」
 と言われた家主は、
「ほとんど会ったことはなかったんですが、本当に何をしているのか分からない人で、いる時は、一日中家に何日も引きこもっているんですよ。私からみれば、何の仕事をしているんだろうって思ってましたよ。たまに夜出かけることはありましたけどね」
「誰か、客の出入りはありましたか?」
「いいえ、それはないようでしたね。私は見たことはありませんでしたよ。ただ、数日間くらい、帰ってこない時期はありましたが、それくらいですかね」
 秋田が、みゆきと一緒に暮らしていたのは、今から一年半前から半年間、そして、それから失踪したということなので、この時期と今の家主の話は一致していた。
 つまり、一年半前から半年は恭子との同棲時代があり、そこから失踪したことで、家主は半年前にこの部屋を処分したということだった。
作品名:二人一役復讐奇譚 作家名:森本晃次