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二人一役復讐奇譚

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「即死だったんだ。死ぬ時だけは潔かったんですね」
 というみゆきの痛烈な皮肉に対して、刑事はゾッとしたものを感じた。
 いくら、借金を背負わされたと言っても、一度は恋人だったわけだし、少しくらいの情というものはないものかと刑事は感じたが、秋田という男がそこまでひどい男であり、彼女を完膚なきまでに裏切ったのだということを、裏付けているようだった。
「私は彩名市なんて見たことも聴いたこともなかったけど、岡山県にそんなところがあるんですね」
「ええ、十年くらい前に市町村合併でできた市らしいです」
 と刑事がいうと、
「私は、広島県nいたことがあるので、あのあたりは少しは知っているつもりでしたが、広島県よりというよりも兵庫県よりになるんですね」
「ええ、そういうことのようですね」
 なぜ、あの男が岡山にいたのか、最初は分からなかったが、冷静になってみると、別の話を思い出していた。
 それは、サトシが話していたことなのだが、以前、近くの大衆店に、
「みゆきによく似た女の子がいる」
 と言っていたが、サトシの話では、その女の子が岡山に帰ったということを聞かされていた。
 詳しい地名を聞いたような気がしたが、ひょっとすると、それが彩名市だったのかも知れない。
 さっき、見たり聞いたりしたことがないと刑事には言ったが、何となく記憶に残っている名前であった。
「何か女の子のような名前の市ね」
 と、サトシに対して聴いたような気がしたからだ。
――なんだか、その人に会ってみたい気がするな――
 とみゆきは思った。
 サトシからは、彼女の本名だけは聴いていた。すでに店を辞めて、しかも田舎に帰っているので、問題ないと思ったのだろう。それだけみゆきの口の堅さに対して絶大の信用を寄せているということであろう。
 刑事からの形式的な質問を受けている時、
――どうせロクな質問なんかしてこないんだ――
 とタカをくくっていたので、思いは、サトシとあやめのことに終始していた。
 いつの間に蚊事情聴取は終わっていたが、その頃には、自分が岡山駅に降り立っている姿が想像できるくらいに、想像は具体化していた。
――ずっとお店では皆勤を続けてきたので、少しくらいのまとまったお休みを貰っても、バチは当たらないわ――
 とみゆきは考えたのだ。
 その時、刑事が来てから聞いたことは、本当に形式的なことで、きっと最初から下調べをしていたことのウラを取る意味での事情聴取だったのではないかと思った。
 みゆきは、秋田という男を知っていて、その男に騙されてこの店に入ることになったが、今では借金も完済して、恨んでいることもない。何と言っても、彼が失踪してしまったのだから、連絡の取りようなどないのである。
 そもそも、連絡先が分かっていれば、借金についての話もできたであろうし、自分の運命も変わっていたかも知れないと思う。
 みゆきは、
――もし、騙されたと分かった後、あの男と会っていたとすれば、どうしていただろうか?
 と考えた。
 恨みに任せて、罵倒したり、じたばたするタイプでは決してないので、余計にどうしたであろうか、想像もつかない。もし、それを分かっての確信犯だとすると、無性に悔しいが、すでに済んでしまったこと。あの男に対して、いまさらどうのという気持ちはない。
 だから、刑事から、
「岡山県で秋田という男性が、死体で発見されました」
 と聞かされた時、まるで他人事のような気がして、
「ああ、そう」
 という返事しかできなかった。
 刑事もみゆきの立場はちゃんと調査済みだったようで、
――そんな目に遭っていれば、男が生きていようが死んでいようが、もう、どうでもいいことだと思っているかも知れない――
 と思い、その反応に対しても別におかしな素振りだとは思わなかった。
 もちろん、生きていれば、借金分を返せと言えるかも知れないが、どうせ言ってみたところでお金があるわけもなく、それなら、この男を弱みを握ったことだし、何かで利用してやろうと思うほど、みゆきは悪女ではなかった。
 刑事の話を訊いていると、刺殺だったらしい。即死だということだったので、死んだということを気の毒にも感じなかった。せめて、苦しまなかっただけでもよかったと思えばいいんだという程度にしか、考えていなかった。
「ちなみに、犯人に心当たりはありますか?」
 という刑事のまるで判で押したようなマニュアルでもあるのかと思うようなナンセンスな質問に失笑しながら、
「あるわけないじゃないですか。あまりにも多すぎるくらいですよ。それは具体的に誰を知っているというわけではなく、漠然とたくさんの人が被害に遭っているということを意味しているだけです。私以外にも同じような経験をしている人、結構いるんじゃないですか?」
 と、まるで上から目線で、刑事に言った。
「なるほど、確かにそれはあるようですね。こちらの調べでも、数人は彼の保証人になっていたようですからね」
「でも、そんなに借金してどうするつもりなのかしら? 借金をして人を保証人にしても、見つかったら終わりですからね、逃げるにしても、かなりの精神的な強さがないとできないし。それを思うと、のっぴきならない何かの事情があるのかも知れませんね」
「その事情とは?」
「よくは分からないけど、例えばヤクザ絡みで、女関係や麻薬や、密輸などのヤバい仕事をしているのかも知れませんよ」
 と、みゆきは、女の子らしからぬ言い方をした。
 みゆきは、仕事でも相手によって自分をいろいろ合わせることができるのが武器であったが、警察を相手でも引けを取らないようだ。そんなみゆきの性格を知らない刑事は、どうやら彼女に翻弄されているようだった。
「あの人がヤクザと絡んでいたという話は今のところ出てきてはいませんね。ただ、街のチンピラ風であったことは複数の証言で明らかになっているので、しょせんはそこまでの人だったんでしょうね」
「じゃあ、あの人も誰かに騙されて、操られていたのかも知れないわね。チンピラがそんなにたくさんの借金をいくつもするなんておかしいもの」
 とみゆきは言った。
「秋田という男性が女の敵であったのは間違いはありません。でも、それ以外の交友関係というと、今のところ浮かび上がってきているわけではないんですよ。やはりしょせんは、チンピラどまりだったんでしょうかね?」
 と刑事はそう言ったが、みゆきは、半分はその意見に賛成であった。
「本当なら思い出すだけでムカムカする相手なんだけど、死んだということなら、もう、どうでもいいって感じですね」
 その言葉が、その日の事情聴取の最後の言葉となったのだ。
 彩名書では、捜査本部にて、少しずつ事件の内容が分かってきた。
作品名:二人一役復讐奇譚 作家名:森本晃次