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二人一役復讐奇譚

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「ええ、その通りなんです。秋田省吾という人物は、期間工のような臨時雇いのような人で、私も何度かしか見たことがなかったのですが、確かにその人物はいました」
 というリーダーに、
「でもね、ここに免許証がある以上、この男が秋田省吾であることは明学なんですよね」
 と言われ、
「じゃあ、ここにいた男は誰だったんだ?」
「期間工というのは、身分証明までは照会しないのかね?」
「ええ、彼は免許を持っていないということでしたので、現場での雑用ばかりだったんです。だから、履歴書の写真だけだったんですが、じゃあ、その写真と身分が違っていたということになるんでしょうか?」
「そういうことになるんだろうね。だけど、どうしてそのニセ秋田は、ここで偽名迄使って働いていて、しかも、本物の秋田の死体がここにあるんだろうか? ところで秋田さんという行員は、今どうしてます?」
 と訊かれて、
「その人は、まだ契約期間はあったんですが、ある日急に出てこなくなって、それっきりなんです。短期での雇用は日雇いでしたから、毎日お金が渡していたので、急に来なくなることも珍しくはないんです。でも短期でしか雇えないとなると、日雇いにでもしないと、なかなか人は集まりませんからね。難しいところですよ」
 とリーダーはいう。
「いつ頃入られて、いつ頃までいたんですか?」
「一か月半くらいから、一月くらいいましたかね? だから、いなくなってから、半月というところでしょうか?」
「さっき、あなたは、秋田省吾という名前が出た時、オウム返しにすぐにリアクションを示しましたが、秋田省吾という人物は何か、印象深い人だったんですか?」
 と聞かれたリーダーは、
「ええ、まあ、そうですね。普段はこれと言って印象が薄い人なんですが、一度、車の話をした時、急に震えだして怯える様子があったんです。私はそれを不思議におもtていましたが、きっと他の連中もそうだったんじゃないかと思います」
 とリーダーがいうと、話に割って入るように一人の行員が、
「ちょっといいですか?」
 というではないか。
「どうしたんだい?」
 とリーダーが聞くと、
「あの秋田と名乗っていた男性は、以前交通事故に遭ったことがあるようなんです。今はすっかり身体の方には問題がないんですが、実は記憶喪失だったようで、自分のことは名前いがいのことはほとんど覚えていないそうなんです?」
 という衝撃的な話が飛び出した。
「記憶喪失?」
「ええ、だけど、短い期間だから、誰にも黙っておいてほしいと頼まれたので、今まで誰にもいいませんでした」
 という。
 まさか、ニセの秋田が記憶喪失で、しかも今は失踪中だなんて、しかも、本物の秋田はニセモノが働いていた現場で死体で見つかるなんて、一体何が、どうなっているのだろうか?

                記憶喪失

 彩名署では、捜査本部が作られて、秋田省吾という人物の身元確認が行われた。
 免許証の住所は東京になっていて、住所管轄の警察署に照会が行われ、秋田省吾という人物のあらましが次第に明らかになっていた。
 秋田が、借金をこさえて、二人の女の保証人に借金を押し付けて失踪したのは、前述の通りだが、東京の警察は調べたところでは、今までに述べた情報以上のことは分からなかった。
 当然殺人事件ということで、秋田の交友関係も洗われることになり、みゆきやあやめも調べられることになった。
 ただ、あやめの方は、すでに借金を完済していたので、今はお店も病めて、実家に帰っているということだった。まずは、みゆきのところに警察がやってきたのだが、みゆきと対面した刑事は、その様子に少し拍子抜けしたようだった。
「そうですか。あの人殺されたんですか?」
 と、別に何の感慨もない様子だった。
 ただ、それは無理もないことだろう。騙されて借金の保証人になったばかりに、ソープで働かされることになり、借金は完済できたようだが、まだお店で働いていた。
 刑事が感じたのは、
――彼女は、借金完済はできたけど、いまさら普通の生活に戻りたくても、戻れないんだ――
 ということではないかと思った。
 実際はその反対で、この仕事が好きなので、今も働いているのだが、それを知らない刑事はみゆきを見て、
「気の毒な女性」
 という目で見ていた。
 みゆきは男性のそんな目は今までに何度も見てきているので慣れていたが、その都度相手の男を、
――女性をその程度にしか見ることができないんだわ、この人――
 と、蔑んでいるようだった。
 相手が刑事でも同じである。いや、刑事だからこそ余計に相手を情けなく思えるのだった。
 したがって、この刑事には形式的な質問しかできないのは最初から分かっていた。苛立ちも十分に感じながらの事情聴取であったが、さすがに百戦錬磨に近いほどの女になってきた証拠なのか、みゆきはそんな苛立ちをおくびにも出さない。それくらいのしたたかな女になっていた。
「じゃあ、秋田省吾という男とは、借金のために失踪してから会っていないというわけですね?」
「ええ、そうです」
「じゃあ、彼が岡山県の彩名市というところにいたということに関してはどうですか? 彼の生い立ちの中で、彩名氏はおろか、岡山県が絡んでいるということはないみたいなんですが」
 と訊かれて、
「私にも分かりません」
「では、彼が殺される何か理由をご存じないですか?」
 と訊かれて、さすがにみゆきはムカッときたが、すぐに冷静さを取り戻した。
――何てことを聞くのかしら? 私のことをちゃんと調べてきているとは思えないくらいだけど――
 と感じた。
 このまだ二十代前半で、自分よりも明らかに若い、甘ちゃんに見える刑事は、まだ刑事のいろははおろか、聞き込みすら満足にできない男なのかと思うと、みゆきはため息が出そうになるのを感じていた。
――きっと私たちのような風俗で働く女性を、十把一絡げのようにしか見ていないんだわ――
 と思えてならなかった。
 しょせん、相手が誰であっても、風俗で働いている女性に対しては、圧倒的な上から目線しかもっていない。そんな警察官が多いのは、やはりやるせない気分にさせられた。
――それに比べて――
 と思い起こすのは、サトシのことだった。
 最初は半年に一度しか顔を出さなかったけど、途中から三か月に一度になり、最近では二か月に一度の割合で来てくれるようになったのに、ここ半年くらいは見ていないような気がする。普段は一人のお客さんに思い入れを持つことはないのだが、サトシだけは別だった。
――あの人が来てくれるのを、私は心待ちにしているんだわ――
 と思うようになったが、みゆきは、その時だけ、自分がみゆきから、恭子に戻っているのを感じていた。
――まさか、もう一度幸せになれるかも知れないとでも思っているのかしら?
 と考えていたが、みゆきはそこまで夢見る少女ではない。
 メルヘンチックな考えなど、すでにどこかに置いてきてしまっていたのだ。
「ところで、あの人は、どうやって殺されたんですか?」
 ときくと、
「彩名市の建設中の建物の中で、正面からナイフで刺されて即死だったようです」
 と刑事はいった。
作品名:二人一役復讐奇譚 作家名:森本晃次