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二人一役復讐奇譚

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 サトシは、まったく同じ話をこの間、あやめとしたことを思い出していた。そして今頭の中で、その話がフィードバックしてきて、一緒になってしまったかのような錯覚を覚えていたのだ。
――デジャブとえも言えばいいのだろうか?
 いや、デジャブというのは、過去に経験したはずのないものを、初めてだと思うことで成り立っている現象である。
 ということは、今のサトシは、この間あやめと話をしたことが、実は夢であったかのような錯覚に陥っているということを感じているような気がした。
――それは違うだろう?
 デジャブの方を否定するのが、本当ではないか。
 あれだけ意識の中で、あやめのことを考えているはずなのに、そういうことなのだろう?
 みゆきと一緒にいると、みゆきの後ろにあやめがいるような気がして、意識の中でのあやめが消えていく気がしていた。
――だからなのか、みゆきと会った帰りにあやめのことを思い出すという感覚は、忘れていたあやめを意識しなければいけないという、まるで辻褄を合わせるような感覚になっているからであろうか?
 と感じた。
 それだけ、この二人は似ているのである。
 ドッペルゲンガーなどではなく、明らかに別の女なのだが、サトシの中では、どちらかと会っている時、もう一方の女をドッペルゲンガーのように意識してしまっている。それが、どこまで意識を正当化させるか、辻褄を合わせられるかということに繋がってくるように思うのだった。
 サトシは、みゆきとその日に遭ったことで、いくつもの発見をした。元々ウスウスは感じていたことだったのかも知れないが、それだけではないような気がする、
 みゆきという女性の存在が、自分の中に潜在している意識を覚醒させる何かを持っているような気がした。
 その感覚が彼女をこの店でのナンバーワンに押し上げているとすれば、少し嫉妬してしまう。それは絶えず彼女が自分の中の魅力を惜しげもなく醸し出しているということであれば、相手は自分だけではない。
――そんなことは分かっているはずなのに――
 みゆきという女が風俗の女であり、好きになったとしても、それは風俗嬢としてのことだと割り切っていたはずだ。
 それをもし覆す何かがあったとすれば、
――あやめの存在?
 ということになるのではないだろうか?
 あやめという女が、みゆきを意識させ、みゆきという女があやめを意識させる。普通なら、一人を相手にしている時、その後ろにもう一人を意識させるはずなどないはずだ。それを意識させるというのは、少し歪んだ発想であるが、
「右手と左手で、別々のことができる」
 というようなことではないか。
 それは、ピノやギターのような楽器を弾く感覚であり、サトシにとって、もっとも苦手なことだった。
 それができないから、音楽には興味が持てなかった。楽譜が読めないということもあったが、勉強する気さえあれば、楽譜を読むくらいはできたように思う。それができないということは、勉強する気がなく、その原因が、
「左右で別々のことができない」
 ということに繋がってくる。
 そうだったはずなのに、みゆきとあやめという左右の手の上に載っている女性を、同時に意識することができるというのは、どういうことなのであろうか?
 サトシは、そんなことを考えていると、二人のことが、本当に好きだと感じた。
 だが、それは、
「二人で一人」
 と言えるのではないか。
 この思いが、今後の三人を、いや、四人になるかも知れないが、どのような運命に誘うのか、その時はまだサトシには分かっていなかった。
 みゆきにあやめを会わせたいという気持ちはあった。みゆきは間違いなくあやめを意識していて、会いたいと思っているようだが、この間のあやめの様子では、それほど気にしているようなことはなかった。どちらかというt冷めて見れるのは、あやめの方であった。
 その理由が分かったのは、それから半年くらいしてからのことだっただろうか。あやめの表情が少しずつ変わってきたような気がしていた。
 どのように変わったのかというと、一生懸命に表情を変えないようにしているにも関わらず、何か顔がほころびるかのように見えていたからだ。
「何かいいことでもあったのか?」
 と聞いてみた。
 きっと、彼氏でもできたか何かではないかと思っていたが、違っていた。
 正直、彼氏ができたなどと言われると、かなりショックであったはずだが、それとは別の意味でのショックを与えられたのだ。
――どっちがいいんだろうな――
 と考えたほどであったが、それが不謹慎であるということは百も承知のことだった。
「いよいよ私も目標金額に達してきたから、そろそろここも卒業することになるのよ」
 というではないか。
「達成したらどうするの?」
「これでやっと解放されるという気持ちもあるので、田舎に帰ってやり直そうと思うの。でも、とっても不安なんだけどね」
 と言っている。
 解放されるというのは、やはり不安よりも安心感の方が当然強いはずだ。だから、頬も緩むというものだが、その分、油断してしまうと、またしても、落とし穴に落ちないとも限らない。あやめのような女性は、
「一度道を踏み外してしまうと、まるで癖になったみたいに、同じ過ちを繰り返すことが多い」
 という話を訊いたことがあった。
 サトシは喜んでいるあやめの気持ちを逆撫でするようなことはしたくはなかったが、心配事を無視することもできなかった。
 ここで余計なことは言えないが、あやめを諭すくらいのことは考えなければいけないと思った。
「田舎に帰ってどうするの?」
 と聞くと、
「今は何も考えられないんだけど、イメージとしては、お見合いでもして、そのまま結婚するなんていうのが、平凡でいいのかなって考えているの。今の私にとって平凡という言葉は、一番平凡ではない生き方になるわけで、それだけ憧れでもあるのよ」
 と言っている。
 彼女のように、借金などの束縛から解放された女性がどのような発想になるのかというのは、サトシには分からなかった。
 しかし、あやめのように、健気な女の子には幸せになってもらいたい。何もなければ、今頃好きな人と結婚していたかも知れないし、一生懸命に仕事に打ち込んでいたかも知れない。
 そんなあやめをサトシは想像することができる。
「見えない扉のその向こうには、俺の知らないあやめちゃんが、毎日を笑顔で過ごしているんだ」
 と思えた。
 いや、今のあやめも、決して笑顔を見せていないわけではない。少なくともサトシに見せる笑顔は営業スマイルではないと思っているのは、買いかぶりすぎであろうか。
「私には好きな人がたくさんいて、その人たちに囲まれて毎日を送っているのよ」
 と、彼女は言っているようだった。
 声にならなくとも、サトシに対して視線を送っているだけで、サトシには何が言いたいのか分かるような気がしていた。
――やはり俺は、あやめが好きなのかな?
 彼女として付き合ってもらえるのであれば、こんなに嬉しいことはない。
 あやめが目標を達成すれば、
「田舎に帰るなんて言わないで、俺の彼女になってくれないか?」
 と言いたい思いもある。
作品名:二人一役復讐奇譚 作家名:森本晃次