二人一役復讐奇譚
「ええ、人生のどん底に叩き落された時、本当に自殺を考えたんだけど、その時、いろいろな自殺の方法について調べたりしたのよ。でも、自殺って一言でいうのは簡単だけど、そう簡単にできるものはないと思うの。だって、自殺が成功した人からはお話が訊けないでしょう? 訊けるとすれば、それは生き残った人からしか訊けない。そう思うと、調べたとしても、その成功確率は数字的なものだけであって、死にきれなかった人にもいろいろ言い訳があるように、自殺に成功した人にもそれぞれ言い分があると思うの。中には、本当は死ぬつもりはなかったのに、死んでしまったなんて人もいたりしてね。それを思うと、自殺について調べている自分が滑稽に思えてきたの。それで、調べるのをやめたのよ。そうするとね、今まで興味もなかったことに興味を持って着た自分がいてね。ドッペルゲンガーというのもその一つ、普段なら死ぬかも知れないと思うようなことであっても、何か他人事のように思えたのよ。でも、これも私の勝手な思いであって、あくまでも他人事として見ているだけなのよ。やっぱり死ぬということを考えると、考えているというだけで気持ち悪くなるものなのね」
と、あやめは言った。
「僕は、本当に臆病なので、自殺何て考えたことなかったな。でも、いつも自分は不幸なんだって、絶えず思っていて、まわりが皆幸福に見えているのは、いけないことなんだろうか?」
とサトシがいうと、
「そんなことはないわよ。臆病だって自分で認めているだけ、私はいいと思っているわ。臆病なくせに、臆病でないと思っていると、人を欺きかねないでしょうからね」
とあやめは言った。
「サトシさんは、自分によく似ている人の存在が今までに見たり聞いたりしたことってありました?」
とあやめは訊いてきた。
「中学生の頃にはあったよ」
それは同じ学校の人なの?」
「いやいや、似ていると言っても、年齢が近いわけでもなかったんだよ。その人は学校の近くにある工事現場で働いていた人だったんだけど、似ているどころか、見た目はまったく違う。その人は、小太りで、髭を生やしていて、農家から出稼ぎに来た人そのものって感じで、?せていて、まだ子供だった僕とどこが似ているのかって思っていたんだよね。でもね、まわりが似ているっていうので、そのつもりで見ていると、本当に似ているように思えてきたんだよ。まったく二人は変わっていないのにね」
というと、
「どっちが近づいてきたのかしらね?」
とあやめが訊くので、
「僕だったんじゃないかな? 少なくともその人はまったく変わっていく様子がなかったからね。でも、自分の顔なんて、成人した女性でもなければ、毎日のように自分の顔を鏡に映してみたりはしないでしょう? 特にあまり自分の顔なんか気にしていなかった僕は、見るとしても、数日に一回くらいじゃないかな? それくらい久々に見るとね。前に見た時の残像すら覚えていなくてね。だから、替わったと言われれば変わった気がするし、替わっていないと言われると変わっていない気がしてくるんだよ」
とサトシは説明した。
「成長期というのもあるから、次第に変わっていくのも分からなくはないわね」
とあやめがいうと、
「というよりもね。確かに成長期は大人になっていくものなんだろうけど、皆が皆同じような大人になっていくわけではないでしょう? 大人になった自分が子供の頃の写真を見せて、これを自分だと言っても、信じられないという人だっていると思うんだ。それに自分の成長が見えていなくても、まわりの同年代の友達の成長は見えているわけでしょう? その成長が似ていると思って見ていると、実は人それぞれに違いがあるので、ひょっとすると、鏡を見た瞬間、これが本当の今の自分なのかって疑いの目で見てしまうかも知れないね」
とサトシは言った。
「年齢の違う人を、似ているか似ていないかという目で見る時、どっちを基準にして見るかということも大切だと思うの」
「どういうことだい?」
「さっきも言ったように、片方は成長期で、成長しているわけでしょう? ということは、まわりが見る時、似ているというのであれば、どちらかに合わせてみると思うのよね。つまり、子供の方に大人を合わせるとするならば、その大人の人の子供時代を想像するわけですよね。でも逆に大人の方に合わせてみようとすると、子供が成長した姿で見るわけですよね。もし、大人に合わせた場合にしか似ていないと思うのであれば、ある人は似ているといい、ある人は似ていないというのであれば、それは見ている方向が違っているからじゃないかって私は思うのよ」
と、あやめは言った。
「なるほど、そうかも知れないね。相手を見る時、下から見上げる時と、上から見下ろす時では、その距離感というのは、違って見えるものだというからね。もっとも、僕も違っているという意見には大いに賛成なんだけどね」
とサトシは言った。
「似ていない人を似ているという風に見るとすれば、どうしてその人が似ていると言っているのかということを考えるよりも、単純に、それぞれを見比べてみる時、どっちから見るかという考え方を柔軟にしてみれば、分かることもあるのかも知れないわね」
あやめのその意見が、ある意味、この話の結論になるのではないかと考えたサトシであった。
「要するに似ているという人もいれば、似ていないという人もいる。そんな時、診る角度が違っているからとは思うんだけど、そこを一歩深く入って考えた時、今のようなあやめちゃんの意見に行き当たることになるんだろうね。僕も今、あやめちゃんと話をしていて目からうろこが落ちた気がしてきたよ」
とサトシがいうと、
「そんな風に言ってもらえると嬉しいわ。私もね、ここに来るまでは本当に平凡な生活しか知らなかったので、一気に視野が広がった気がしたの。死のうと思ったことがバカバカしく感じられたくらいにね。でもその考えってどこまでが本当なのかって自分で思うの。やせ我慢かも知れないし、見栄を張っているだけかも知れない。どっちにしても、軽々しく人に話せることではないと思っているのに、サトシさんにだけは話せちゃうの。不思議な感じがするのよ」
とあやめは言った。
「僕にそんな風に感じてくれて嬉しいな。やせ我慢や見栄を張っているように見えたことはなかったよ」
それは、サトシの本心だった。
だが、サトシは、心の中であやめを大切に思いながらも、話をしていて、どうしても頭に浮かんでくるのが、エレガンスのみゆきであることを意識していた。
確かに二人は、
「ドッペルゲンガーなのでは?」
とまで思うほど似ている。
それだのに、似ているというだけで思い出すということに、サトシは違和感を覚えていた。それだけ、あやめのことを大切に思っていたからだ。
だが、あやめと会った後、その日の帰り道に思い出すのはみゆきのことだった。逆にみゆきに遭った後、思い出すのはあやめのことだった。自分の中で、誰を大切に思っているかが分からなくなる意識が次第に大きくなってくるのを感じるサトシであった。
縮まらない距離