二人一役復讐奇譚
「まあ、そんなに私に似ているの? 世の中には似た人間が三人はいるっていうけど、その人がその人なのかしらね?」
というので、
「僕も最初はそんな風に感じていたけど、見れば見るほど似ているんだよ。普通だったら、目が慣れてくると、徐々に似ていないところが目立ち始めて、最初ほど似ているとは思わなくなるものなんだろうって思っていたけど、そうじゃなかったんだ」
とサトシはいう。
「どういうこと?」
あやめは、彼が何を言いたいのか、よく分からなかった。
「つまりね、それだけよく似ているということなんだよ。まるで父親か母親のどちらかが同じであったりしてね。だから、似ているというよりも、まるでドッペルゲンガーでも見ているかのような感じなんだよ」
とサトシは言った。
「ドッペルゲンガーなんて、怖いことをおっしゃるのね」
とあやめは言ったが、あやめにはドッペルゲンガーという言葉の本当の意味が分かっているようだ。
まったく同じ人間が、別の場所に同じ時間、存在しているという現象。普通では考えられないが、過去にはたくさんの事例が残っている。
ただし、ドッペルゲンガーというのは、見たという事例を残してしまうと、その人は近い将来に死んでしまうという言い伝えがある。それは全世界で確認されていることで、言い伝えも、歴史上の人物に多く見られている。逆に、歴史に名を遺すような著名な人間によく見られることなのかも知れないが、逆に皆平等にドッペルゲンガーが存在していて、それを実際に見ることができる人は、運命のいたずらに翻弄されやすい人なのかも知れない。
今のあやめの返事からみると、どうやら彼女はこのあたりの話まで知っているようであった。
意外とこのドッペルゲンガーの話を知っている人は多いようで、逆に最近まで知らなかったサトシは慌てて、ネットなどで検索して勉強した。
サトシは、そういう研究熱心なところが結構あり、それが勉強不足であっても、づぐに補えるところであった。
「いやいや、ちょっと僕も不謹慎だったか、ごめんごめん。でもね。そう思いたくなるくらいに似ているんだよ」
とサトシがいうと、
「せっかく、さっき、わざと世の中に三人似ている人がいるって言ったのに、分かってくれなかったようね」
とあやめは言った。
――そうだったんだ、あの時に言ったあの言葉は僕に、ドッペルゲンガーの話をさせたくないから先手を打ったつもりだったんだ。それなのに僕はその気持ちを分からずに、口にしてしまった。あやめには悪いことをしたな――
と感じていた。
謝っても謝り切れない思いは、下手にこれ以上こだわることをよしとしないと思えた。サトシはあやめを見ながら、みゆきを思い出していた。みゆきはあやめほど、いろいろと話をすることはないが、ふとした瞬間、ドキッとさせる面持ちがあった。それはあやめにはないものである。
「俺があやめを指名するようになってから、どれくらいが経ったかな?」
というと、
「そろそろ一年くらいじゃないかしら? 私、これでもサトシさんには本当に感謝してるのよ。ほとんど指名のなかった私をいつも指名してくれるのは本当に最初の頃はサトシさんだけだったもんね。私だって、自分がサトシさんの彼女になれたような気がして嬉しかったくらいだもの」
と言いながら、あやめは泣いているようだった。
これには、さすがにサトシもビックリした。
どちらかというと、感情に脆いところがあり、涙も流すことが多いと思っていたあやめだったが、初めて自分の前で泣いてくれた。その涙のわけはハッキリと分からなかったが、少なくとも自分の話をしてくれている時に流した涙なのだから、サトシのために泣いてくれたのだというのも、まんざらでもないだろう。
「ねえ、あやめちゃん。僕はあやめちゃんといると、本当に楽しいんだ。今まで彼女なんていたことがない僕だったんだけど、高校時代までは、彼女がほしいって思っていたんだけど、大学に入った頃から、少し変わってきたんだ。それまで彼女というものを持ったことがなかったからなのかも知れないんだけど、大学に入ってからは、なぜか彼女というよりも、恋人という意識が強くなってきてね。そう感じるようになると、なぜか恋人だったらいらないかもなんて感じるようになったんだ。おかしな感覚だよね?」
とサトシがしみじみいうと、
「そんなことないよ」
と、あやめも、同じようにしみじみと答えた。きっと、あやめも何か思い出していたような気がするのであった。
あやめは続けた。
「私は以前、お付き合いしていた人がいたんだけど、本当に優しい人だったんだけど。その人に裏切られちゃってね。こういうお店にいるんだから、何となく分かるとは思うんだけど、私も今から思えば、普通の恋愛がしたかったような気がするわ。でも、今はサトシさんと同じで、私も恋人ということになるといらない気がするの。それに、いまさら彼氏なんていうのも、いらないわ」
というではないか。
「あやめちゃんも苦労したんだね?」
と言われると、頭を下げるしかなかった。
「さっき、ドッペルゲンガーのお話があったでしょう?」
と、またしてもあやめが話を蒸し返した。
あのまま、スルーするつもりでいたのに、どういうつもりなのだろう。
「私ね。ドッペルゲンガーって信じてるんだ。それでね、もし何かの原因で寿命をまっとうせずに死ぬことがあったら、きっとドッペルゲンガーを見ると思うの。いや、ひょっとすると寿命をまっとうしてでも、ドッペルゲンガーを見るような気がするのね。だって、考えてみれば、どれが寿命だったかなんて、本人には絶対に分からないでしょう? ひょっとすると予感めいたものはあるかも知れないけど、確証があるわけではない。実際に死んでから、医者なりが死亡診断書に『老衰』と書いて、初めて寿命だったと分かるわけじゃない。特に死んだ人間には、もっと分からないわよね。事故死とか病死だったら、分かると思うのよ。年齢が若かったりすると特にね。でも突然市が訪れることだってあるだろうから、そんな時は死んだという意識すらないかも知れないわね」
と、あやめは言った。
「そうなんだ。僕は実はドッペルゲンガーには興味はあるんだけど、正直にいうと、ドッペルゲンガーを見たから人が死ぬということに関しては迷信だと思う。同じ自分が、同じ次元にもう一人存在するということは、信じられる気がするんだけどね」
と、サトシは答えた。
「パラレルワールドであれば、別次元だから、ドッペルゲンガーとは違っているわよね。それを思うと、確かにサトシさの言われるように土ppれうげんがーの存在はどこかありえないような気がするのよ」
とあやめは言った。
「あやめちゃんは、結構勉強しているんだね。僕は興味を持ったから調べたんだけど、あやめちゃんも調べたりしたの?」
とサトシが聞くと、