短編集115(過去作品)
あれだけ気になっていた女性だったのに、やはり病人の心細さで見る雰囲気と、どこかが違っていたのだろうか。
「私も入院患者の人と仲良くなることはあるんだけど、付き合ったとしても、いつも自然消滅か、相手が冷めてしまうかのどちらかで、結局ずっと結婚せずに来たのね。でも、これって私だけではなく、結婚しない看護婦のパターンになっているみたいなの」
と言っていた。退院してしまうと、彼女の話していたことが分からないでもなかった。
出張先のホテルに泊まった時、エレベーターから出てきた女性が気になってしまった。
ビジネススーツに身を包み、キリッとした雰囲気が表情にも滲み出ていたが、スカートから見える足を見た時、
「この雰囲気は……」
そう感じ、横顔を見ると、さつきそっくりだったのだ。
さつきに対しての印象は、知り合った頃には可愛いという雰囲気しかなく、ずっとそのイメージのままに来たが、退院とともに印象が薄れてきた。だが、今まさに思い出したのだった。
思わず名前を叫んでしまいそうな衝動を何とか抑えたが、相手には十分すぎるくらい堤の視線が痛かったに違いない。
キリッとした表情に、一瞬怯えが走った。その瞬間に、さつきを思い出したといっても過言ではない。
そのホテルには一週間滞在したが、なぜか次の日も彼女とエレベーターのところで会ったのだ。
「コーヒーでもご一緒しませんか?」
思いもよらず彼女が誘いかけてきた。もちろん、断る理由もなく、いや、断る気もなく彼女の誘いに応じる。彼女から誘いがなくても、こんな偶然そのまま放っておくのはもったいないというものだ。
やはり話してみると大人の雰囲気がある。
ただ、どこか疲れた雰囲気を感じていたが、それがまた妖艶さを醸し出していて、フェロモンが溢れているように思える。一糸乱れぬ服装を見ていると、彼女の几帳面さがうかがえるが、堤はそれほど几帳面ではない。それだけに几帳面さが際立って見えるのも無理のないことだった。
会話をするうちに、どこかに共通点があることに気付く。
堤は自分が最近若返ったように感じていて、それに輪をかけて彼女と話をすることで若さを持続できそうだった。しかもさつきに感じたイメージがそのまま落ち着いた女性を演出している。
――「ガス塔」に似合いそうな女性だ――
と感じていた。
――「ガス塔」の鏡に写したら、ナース服だったりして――
などと、おかしなことを考えたりしていた。
二人は次第に惹かれていった。最初は堤が惹かれているだけだと思っていたが、二日目、三日目と会うたびに彼女の方が惹かれていたようだ。
「私ね、このホテルで不倫していたの」
堤の部屋のベッドで、タバコを吸う堤の姿を見ながら彼女が語った。
数分前に訪れた絶頂の果てで、何となくそのことを感じていた堤は驚きもしなかったが、さらに自分が若返ったように思えた。ベッドの横の鏡を見ると、まるで新入社員の頃の自分であった。もう年齢的にも四十歳になったというのに……。
「今日、その人とお別れしてきたの。きっとあなたの存在を意識したからなのね。お互いにいつかは別れがくると思っていたけど、さすがに彼はビックリしていたわ」
「どうして、俺だったんだい?」
「さあ、分からない。でも、あなたの凛々しさと若々しさに惹かれたのかしら。今までが年上の既婚者だったから。スーツ姿のあなたに、彼の若かった私の知らない頃を思ったのかも知れないわ。ごめんなさいね。あなたにその人をダブらせてしまって」
「そんなことはないさ。俺だって……」
その先を言おうとしてやめた。彼女もそれ以上聞こうともせず、堤の背中に抱きついてくる。
暖かさを感じながら吸っているタバコの煙が、暗闇に慣れた目で見ていると、白くたなびくように、さらなる上空の暗闇へと消えていった……。
( 完 )
作品名:短編集115(過去作品) 作家名:森本晃次