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短編集115(過去作品)

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「まだまだリハビリが残っていますので、さすがにリハビリというのもきついですね」
「そうですよね。私はケガをしたことがないのでよく分かりませんが、リハビリは辛いものだというお話は、よく聞きますわ」
「立ち話もなんですから、どこかでお茶でもしませんか?」
「そうですね。ご一緒しますわ」
 さりげなく誘ってみたが、あっさりと乗ってきたのは、彼女自身も誰かと話をしたいという思いが強かったからに違いない。病院の近くに喫茶店があるのは知っていたので、彼女をそこに誘うことにした。
 一度一人で入ったことがあった。病院の恩恵をかなり受けている喫茶店であることは分かっている。見舞いに来た人や、病院関係者も気分転換に寄っているようだった。
「私は潤子といいます。三木本潤子です」
「私は島田明彦といいます。よろしくお願いしますね
 お互いに自己紹介から入った。今までは車椅子の視線から見上げていた女性だったが、テーブルを挟んで椅子に座った同じ高さの視線で見つめていると、自分の方が優位な気持ちになるのは不思議なものだった。
 彼女は終始低姿勢である。島田は最初こそ、丁寧な雰囲気だったが、どうにも低姿勢な彼女の雰囲気を見ていると、自分が完全に優位に立っているのを意識していた。
――サディスティックなところがあるのかな――
 子供の頃を思い出していた。
 小学校の頃、まだ女の子を女性として意識するずっと以前のことである。気になる女の子がいて、名前を尚子と言った。
 彼女はいつも無口で、人の輪に入らない女の子だった。女性を意識する男だと、一人そんな女の子がいると、誰か一人は意識するものだが、まだまだ幼い男の子から見れば、意識の外だったのも当然である。
 子供の頃から天邪鬼だった島田は、そんな尚子を心のどこかで意識していた。自分が意識するくらいなので、他の男の子も誰も口に出さないだけで意識していたのかも知れないと思ったが、実際にはそんな雰囲気は感じなかった。
 天邪鬼だという意識だけで、島田は尚子に近づいた。
 尚子は普段、まったくのポーカーフェイスで、島田が近づいてきてもあまり表情を変えることはなかった。話し掛けても、返事を返してくれるのがやっとで、表情を変えるところまではいかなかったのである。
「くそっ、こうなったら、意地でも表情を変えさせてやる」
 どこか意固地になっていた。
 そんなことを考え始めてから、尚子の様子が少しずつ変わってきた。心を開き始めたというべきであろうか。口数も増えていき、島田に従順になってきたのである。
 もちろん、島田は嬉しかった。自分を信頼してくれているのが分かったからで、他の誰に対しても人見知りする彼女が島田に対してだけは、心を開いたのである。
 だが、心を開いたといっても、奥が見えるわけではない。考えてみればまだ幼い女の子である。奥があったかどうか分からないが、自分としては、
「心を開いてくれているのに、一番奥が見えてこないのはもどかしい」
 と感じていた。
 尚子は、相変わらず一人でいることが多かった。島田が意識してそばにいないと、それまでどおりと変わらない。本当であれば、自分が一緒にいる時だけ自分を意識してくれるだけで十分なはずなのに、島田はそれだけでは満足できなかった。
 尚子を見ていると、
「苛めてみたい衝動に駆られるんだよな」
 と思えてくる。
 わざと意地悪をしてみることもあった。
 初めての意地悪がどんなことであったか覚えていない。意地悪といっても、まだまだ子供の発想なので、大人になって思い出すと、
「他愛もないこと」
 だった。
 だが、よく考えてみると、まだまだ子供の発想で、相手の気持ちを真剣に考えたり、
「自分がされたらどうだろう?」
 などという発想も希薄であっただけに、ある意味情け容赦のない発想だったのかも知れない。
 初めての意地悪に、尚子は明らかに動揺した。意地悪をするのだから、動揺くらいしてくれないと、張り合いがないというものだ。張り合いを感じてしまうとそれだけで済むわけもない。また、張り合いを感じなかったとしても、性懲りもなく、動揺するまで苛めてやろうと考えたに違いない。どちらにしても、意地悪が止まることはなかっただろう。
 苛めがどんなものか、苛められる人間でないと分からない。
 小学生高学年になると、今度は島田自身が苛められるようになる。
「どうして俺が苛められるんだ」
 と考えるが、答えは見つからない。しかもエスカレートしてくる。
「もういいだろう」
 と思っても終わってくれない。
「下手に抵抗して痛い目を負うよりも、黙っていれば、そのうちに終わるだろう」
 という気持ちが強かった。
 じっと黙って災難が通り過ぎるのを待っているという状況は、尚子に置き換えてみると分かる。
 もっともそれは大人になって思い出すから分かるもので、苛めていた時、そして苛められていた時には分かるものではない。
 苛める方も、苛められる方も、どちらも経験するというのは珍しいかも知れないが、よくよく考えると、苛めている時に苛められる素質が燻っていたのかも知れないとも思えてくる。
 苛めていたのは、一対一だった。人と攣るんで誰かを苛めるなどという発想はまったくない。見ていて苛めたくなる気持ちが衝動的にあったのだ。
 尚子は意地悪をされると黙り込んでしまった。それでも視線は島田を慕っていたのは間違いないだろう。慕われているという意識があったからこそ苛めたくなってくるのだ。自分に対して意識のない人間を苛めても面白くないという気持ちが前提にあった。それが島田少年のサディスティックなところであろう。
 苛められていた時、まわりの自分を苛めている連中にサディスティックなイメージを感じたことはない。何しろ一人で苛めにくることはなく、かならず群れをなしている。群れた連中にサディスティックもないものだ。
 尚子とは、自然消滅だった。
 まわりの大人から見ていると、
「可愛いお付き合い」
 に見えたことだろう。もちろん、男女を意識する年ではないことは分かっているが、初恋のような微笑ましさがあったに違いない。それは思春期になって感じる、甘く切ない初恋とは趣旨の違うものである。大人になって微笑ましい初恋を思い浮かべると、無口な男の子と女の子を思い浮かべるのは島田だけなのだろうか。
 低姿勢な潤子を見ていると、サディスティックな自分が目を覚ましてくるように思えた。今まで結婚をしたいと思った女性がいないではなかったが、肝心なところで相手から否定された。
 否定されると、島田の方も、
「そうかい、そのくらいにしか思ってなかったのかい。そんな女、こっちから払い下げだぜ」
 もちろん、思っているだけで口から発することのない音場であったが、一種の開き直りに似たものがあった。
 だが、元々否定されたりすれば、さらに燃え上がるところを持っているはずの島田が、なぜにそこまで諦めがいいのか、自分でも分からなかった。
作品名:短編集115(過去作品) 作家名:森本晃次