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短編集115(過去作品)

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 といつの間にか考えるようになっていた。
 女性の方は、どこかで見たことがあるような気がしていたが、気のせいだろうか。思い出そうとしても、なかなか思い出せない。今までにどこかで会っていたとしても、やつれた表情だったはずもない。知っているとしても、まったく違うもう一つの顔の彼女だったに違いない。
「夫婦だろうか?」
 いつも考えていた。夫婦でなければ、毎日病院内を車椅子に乗せて散歩することもないだろう。毎日会っているたびに次第に気になっていった。
 看護師さんに聞いてみた。
「さっきの二人は、夫婦なんですかね?」
「ええ、ご夫婦ですよ。仲が良くて羨ましいくらいですね」
 看護師さんは、ニコニコ笑いながら話してくれた。
「そうなんですか。あまり奥さん元気がないようなんで、きっとお疲れなんでしょうね?」
 と聞くと、一瞬返事に困ったかのように黙っていたが、
「ええ、ご主人さんの入院が長いからですね」
「そんなに長いんですか?」
「ええ、そろそろ一年になりますね。普段はパートをしているようで、結構忙しいらしいですから、結構大変だと思いますよ」
「一年も……」
 想像がつかない入院期間である。
 一家の大黒柱が一年も入院するとなると、家計的にもかなり無理が来ているだろう。当然保険で入院費などの負担は軽減されるだろうが、それでも収入源はないのだから、大変なのは目に見えている。病院というところがあらためていろいろな人がいることを思い知らされた。
 思い病気、軽い病気、入院生活にはさまざまな人とのかかわりがある。島田の入院は大したことないので、大部屋である。入院患者が他に三人いて、それぞれに年齢もまちまちである。
 初老の人を筆頭に、一番若いのは、まだ学生だと言っていた。参考書を広げて勉強している姿を見ていると、痛々しく感じられるが、いたって本人は元気で、まわりが気にするほど大変でもないようだ。若さの成せる業ではないだろうか。
 彼には母親がついているが、時々クラスメイトの女の子が見舞いに来てくれている。学生服を身に纏った清楚な女の子だが、いかにも青春という感じで、自分にもあんな頃があったのかといまさらながらに、年を感じさせられる。
「若いっていいよな」
 初老の男性が一番羨ましそうな表情をしているが、半分は諦めの境地だろう。ある程度の年を取ると若返りの現象を示すと聞いたことがあるが、まだそこまで年を取っているわけではないようだ。
 島田にとって青春時代などあったのだろうか?
 彼女がいた記憶もない。ただ、
「彼女がほしい」
 と思い続け、身勝手な妄想を膨らませていたりした。まだ見ぬ彼女を想像し、いろいろなところに遊びに行くという想像をどれほどしたことか。
 それだけならまだしも、反応する身体に羞恥を感じながらも、女性の身体を妄想しては、欲望と葛藤していたものだ。
「我慢しなければいけない」
 と思いながらも身体の反応を感じている。意外と我慢することが快感に繋がってきたりと、身体への不思議な感覚に陶酔していた時期もあった。
 そんな時、精神的にはあまりいいものではなかった。悶々とした精神状態は、誰かに悟られたくないという思いから、自然と人を遠ざけるようになっていた。
「一人でいることが一番いいのだ」
 という感覚に陥っていた時期が懐かしい。今でもその兆候は残っていて、人といると煩わしかったりする時期、時間帯というのが存在する。
 入院していて、そのことを思い知った。看護師さんは時々来てくれるが、基本的には一人の時間が多い。入院といってもケガをした程度なので、親もたまに来る程度で、ほとんど期待もしていない。
 その方がよかった。一人で勝手に動けない煩わしさの中で、人と接することは面倒くさいくらいである。元々面倒くさがりでもある島田にとって、入院生活はひとりになれる絶好のチャンスでもあった。
 時々、一人で何かを考えることが多くなった。
 そんな時、一人で散歩に出ることもある。看護師さんが連れて行ってくれる散歩の時間は決まっていて、
「別に一人で散歩に出ても構いませんよね?」
 と医者の診察時聞いてみたが、
「それは構わないよ」
 という許しは前もって受けていた。元々そう一日に何度も散歩に出ることはないだろうと思って聞いたことだったが、本当に退屈になった時は、散歩しかないのは分かっていたからだ。
 本当に一日に一度の散歩では我慢ができなくなっていた。車椅子に一人で乗り換え、散歩に出かける。まるで小さな子供が親に内緒で、一人で出かけるようなワクワクした感覚があった。そういえば、小さな頃は冒険したい男の子だったように思う。
 小さかった頃がまるで昨日のことのようだ。
 今まで大人の世界しか意識していなかったが、大人になったからといって、成長だけしてきたわけではない。そのために忘れていったことも多々あるのではないだろうか。それを思い出すには一人になるのが一番で、一人になってみると、日の光さえ、今までと違って感じられた。
「こんにちは」
 一日に何度も散歩しているのは本当なのか、いつもの夫婦と出くわすことも多くなった。最初は車椅子という同じ高さのご主人さんとばかり目を合わせていたが、そのうちに奥さんを見上げるようになっていた。
 ニコニコ笑ってはいたが、どこか寂しそうである。背中越しの旦那さんには彼女の寂しそうな雰囲気までは伝わってこないだろう。だが、島田にとって看護士以外にここで出会う唯一の女性であった。
 看護師に対しては「白衣の天使」のイメージがあるが、この女性に対しては違った意味での淫靡な雰囲気が付きまとう、やはり「人妻」ということで、どうしても大人の女性をイメージしてしまうのだ。
 島田はしばらくしてケガも治り、退院していった。
 退院することになれば、看護師に対して抱いていた思いも、「人妻」に抱いていたイメージも変わってしまう。表に出ればたくさんの女性と知り合えるという錯覚を覚えたからだった。
 不自由な入院生活、退院してしまえば何でもできるというイメージがあった。だが、実際には女性と知り合うこともなく、入院前の状態に戻っただけで、会社と家の往復だけの毎日が待っているだけだった。
 ただ、病院には通院がしばらく必要だった。リハビリが待っていたからである。
 リハビリは想像以上に辛かった。それまでは痛いところを動かせないもどかしさがあったが、今度は痛いのを無理やりにでも動かさなければならない。何とか辛さに耐えていった。
 リハビリが終わってから帰ろうとしたある日、
「あら、退院なさったんですよね?」
 聞き覚えのある声に驚いて振り返ってみると、そこにはいつも車椅子を押していた「人妻」が立っていた。声を掛けて来た時は、車椅子を押しているわけではなく、普通に一人で佇んでいるだけだったが、初めて見る姿に、最初は違和感を感じたものだ。
「ええ、ご挨拶もいたしませんで、失礼いたしました」
 というと、
「いえいえ、元気になられたんでしたら、普通に退院されて当然ですわ」
 と言っている表情は、またしても少し寂しそうだった。
――影のある女性――
 そんな雰囲気を感じたが、やはり何かに悩んでいるのは分かった。
作品名:短編集115(過去作品) 作家名:森本晃次