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短編集115(過去作品)

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綺麗な遺体



                綺麗な遺体

 相沢総合病院、ここは、いろいろな患者がやってくる。病院というところ、小さい頃からよく通っていたので、自分の生活に密着しすぎて、感覚も薄れていただろう。
 島田明彦は子供の頃、やんちゃ坊主で、かすり傷を作るなど日常茶飯事、骨折などもたまにあって、病院に通っていたのだ。骨折もその時に気付けばもっと回復も早いのだろうが、腫れ上がるまで骨折だと分からないこともあってか、遊んでいてそのまま悪化することも多かった。
「無理をしなければ、二週間で治ったものを」
 医者に言われて、その時は神妙な顔をする島田少年だったが、また同じことを繰り返す。二週間で治るものが、いつも全治二ヶ月の大怪我になってしまう。しかも石膏でぐるぐる巻きにされてしまって、動かすことができないのは辛いことだった。
 それでも治ってくれば、それまでの痛みや苦しみなどどこ吹く風、またしてもやんちゃが顔を出す。そしてお決まりの病院の医者が待っているという絵に描いたようなコースを繰り返していた。
「やれやれ」
 医者も、親も呆れ顔だが、島田少年は神妙だった。その時の神妙な気持ちに変わりはない。
「まあ、子供だから仕方のない面もあるだろう。もう少し大人になれば、分かってくるさ」
 と医者も親も思っていたようだった。
 さすがに中学になれば、やんちゃではなくなったが、部活をしていて怪我をすることはあった。
「島田君は、我慢強いからすぐに痛いということはないだろうが、気をつけておかないと、致命的なことにならないとも限らないぞ」
 小学生時代とは違い、医者の注意も変わってくる。大人を相手に話しているように思えた。
――これが同じ先生の態度なんだろうか――
 そう思うと、自分が大人になったような気がしてくるから不思議だった。嬉しいといっても過言ではない。
 家の近くの外科は、ここしかなく、先生は初老というよりも、立派に老人と言ってもいいだろう。ひげも髪の毛も真っ白で、白衣の白さに呼応して見えた。アニメで見た研究所の博士のようで、一目置くようになったのは、そのイメージがあるからであろう。
 先生は少し変わっていた。
 息子が二人いるらしく、一人は医大を卒業し、今は大学病院でインターンとして頑張っているということだ。その人が一人前になれば、この病院を継がせるのが夢だということだが、それも当然である。
 もう一人はまだ高校生で、少し年の離れた弟だった。
 病院の奥が住居になっていて、そこに住んでいるのだが、本人は医者になる気はないようだ。
 趣味は釣りだという。
「この間も息子と釣りに出かけてな」
 と、治療中に釣りの話を始めた。釣りに興味があるわけではない島田だったが、話を聞いているだけで、どこか落ち着いた気分になれる。釣りはスポーツ化もされていて、幅広い年齢層の趣味として定着しているが、さすがに先生が話していると、本当に
――老人の趣味――
 という雰囲気が漂ってくる。不思議なものだった。
 島田少年のまわりに、釣りの好きな友達がいた。
「島田、一度一緒に釣りに行かないか?」
 客観的に見ていれば、島田が釣りになど行く相手ではないことくらい、すぐに分かりそうなものだが、その友達は無謀にも、島田を誘ってみた。
「ダメならしょうがないが」
 と一言付け加えたことで、
「ダメなことなんかあるもんか。よし行こう」
「ダメ」
 という言葉に対して必要以上に反応する島田。負けず嫌いなところがあるのを、友達は見抜いていた。
 それでも、趣味が釣りの外科医が身近にいなければ、いくら誘われても行く気にはならなかっただろう。外科医の存在は、島田にとって微妙な存在であった。
 負けず嫌いなところがあるくせに、ケガをしてしまえば頼る相手は外科医しかいない。それだけに反発しながらでも、どこかで敬意を表していたに違いない。
 相手のすべてが見えていれば、かなり強く出ることができるくせに、少しでも見えない部分や尊敬に値するところがある人には、依存してしまうところがあるのも島田の特徴だった。それだけ素直な性格だとも言えるだろう。
 友達と一緒に行った釣りにすっかり夢中になってしまった。釣りというものをただの遊びだと思っていたが、実際に始めると、いろいろな道具を、その場所に沿ったものを使うために頭を使う必要がある。
 体力も必要で、競技として立派に成り立っているというのも納得が行くものだった。しかも普段の生活範囲とはまったく違ったところで展開されることなので、違う自分を見つけることができると思えてきた。
「釣りって、運だよな」
 と始める前は思っていたが、
「そんなことはないさ。釣れるにはそれなりにちゃんとした理由があるのさ。しっかり研究して、漁場を決めて、そして釣り糸を垂らして結果を待つ。それが釣りというものさ」
 なるほど、実際にやってみると、友達の話も納得がいく。
「釣り糸を垂らす前に、すべて終わっているというわけか」
「一概には言えないが、その通りだと思うよ」
 友達の話はいつも冷静である。
「そういうところが気に入った。短気な俺だけど、面白そうだな」
 というと、
「釣りって、意外と短気なやつほど向いているって言われているけど、本当なのかな?」
 という返事が返ってきたが、
「そうなのかい? それも面白い。だけど、どこからが短気なのかハッキリとは分からないだろうにな。そういう意味でも釣りをやってみるというのは面白いかも知れないな」
 実際に釣り糸を垂れていると、時間の感覚を忘れてくる。海面の奥に見えないものを見つめているのに、いつの間には決まった海面の動きをじっと見つめていることに気付かなくなってしまうことが、時間の感覚を麻痺させているのかも知れない。
「やっぱり、俺は短気なんだ」
 自分で納得していた。
 釣り糸を垂らして、一つのものを集中して見ていると、ついつい他のことを考えている。考えることはその時々で違っているのだが、他のことを考えている自分に余裕を感じるのは小刻みに揺れている釣り糸を見ているからだろうか。
 催眠術も振り子を使ったり、糸の先に五円玉をぶら下げて、揺れているところに集中させることで掛かったりするものではないか。それを思うと自己催眠のような効果があるのかも知れないと感じていた。
 島田少年は高校を卒業するまで釣りが趣味だった。
 高校を卒業すると、就職したので、釣りに勤しむ余裕がなくなったのだった。
 それでも、
「たまには行ってみたいな」
 と思っていたのも事実で、就職してからイライラする時など、釣り糸を垂らしている光景が頭に浮かんできたりする。
 就職は学校からの斡旋で、自由に選ぶことはできなかった。商業高校だったので事務の仕事かと思いきや、就職した会社では、物流センターへ配属になった。
 家から近いというのが一番の理由だったが、実際に物流センターは人材不足のようだった。
 残業も余儀なくされて、明るい時間帯にはなかなか解放してくれない。時計を見ると夜の八時くらいまで仕事をさせられていたのだ。
作品名:短編集115(過去作品) 作家名:森本晃次