十五年目の真実
それにしても、父親が人が変わったように大人しくなったこと、離婚に対してもあっさりと父親が認めたこと。そして、れっきとした不倫という事実があるにも関わらず、離婚の際に慰謝料が発生しなかったことは不思議だった。
事件で分からないことがいくつかあったが、それと同じで、離婚に関しても分からないことが多かった。
離婚というと、二人がそれで納得すれば成立するものなので、そこに基本的には法律も介在できない。どんな内容であれ、合意の上であれば、法律に抵触しない限り、認められるであろう。円満離婚とはいかなかったが、揉めることはなかった。そう考えると、
「これはこれで最良の選択だったんだろうな」
と思わずにはいられなかった。
事件は、数々の謎を残しながらも、これで一応の解決を見た。ただ、事件関係者の中にいくつかの溝を残したことだけは事実だったに違いない。
大団円
西村は三十歳になっていた。下北とは、大学の二年生くらいまでは交流もあったが、今では交流もなくなり、どこの会社に就職したのかも、定かではなかった。
西村は就職とともに、家を出て、会社の寮に入り、今では寮も出て、マンションでの一人暮らしを始めた。
高校時代から猛勉強したおかげで、優秀な成績を収めることができ、大学も国立に進むことで、親にさほどの負担をかけることもなく、卒業することができた。
就職もそれなりの会社に入社することができ、順風満帆の生活だと言ってもいいだろう。中学時代のあの事件からすでに十五年が経っていて、
「昔であれば、これだけの期間、犯人が捕まらなければ、時効ということになったんだろうな」
と思っていた。
西村にとって、あの事件があってから、二十歳くらいまでは、結構毎年意識しながら生活していたため、なかなか時間が進んでくれない気がしていたが、二十歳を過ぎてから、急に毎日があっという間に過ぎていくような気がして、気が付いたら、三十歳になっていた。
ただ、この十年間が同じリズムであっという間だったというわけでもない。大学を卒業するまでの二年間と、そこから先の八年間ではまた違っていたし、その八年間の中でも最初に二年くらいは、仕事を覚えたり、社会人としての自覚を得るということの難しさを身に染みて感じていたので、その分、少し時間を要した気がした。何しろ大学卒業までは、学生としては、最高年齢となるのだが、社会人として就職すれば、誰よりも新人なのである。
いくら成績優秀で入社できたとしても、スタートラインに立ってしまえば、皆同じだった。そのことが大学に入学した時にも感じていたことだが、それだけレベルが均衡した連中が入社してきている一流会社ということであった。
一流会社への入社は、自分にとっての悲願だった。父親を見返すという意味でもそうだったし、会社の寮に入ることで、やっと家から出られると感じたからだ。
ここまで育ててくれた父親には、それなりに感謝していた。だが、母親と離婚してから腑抜けのようになってしまった父親を見続けるのは正直辛く、かと言って見捨てるわけにはいかないのも、苦しいところであった。
それでも、入社してから三年目くらいから、一人前の社員として仕事も任されるようになると、その意気に感じて、仕事も一生懸命にしていたおかげで、三十歳まであっという間に過ぎたと感じたのだろう。
そんな三十歳になった西村を、一人の男性が訪ねてきたのは、西村の誕生日から、そんなに時間が経っていない時だった。その人というのは、母親が再婚した昔の担任だったのだ。
「まさか今頃?」
という意識と、
「母親ではなく、どうして先生なんだ?」
という思いが交錯して、少し会うのを戸惑ったほどだった。
しかし、何かを言いたくてわざわざ来たのだろうから、それを無碍に断るというのもおかしなもので、もしここで断ってしまうと、二度と先生と会うこともないような気がしてきて、ここで会わなければ、一生後悔の念に苛まれるような気がしてならなかったのだった。
「お久しぶりです」
と言って頭を下げた先生は、
年齢としては、四十歳を少し過ぎたくらいのはずなのに、見た目はもう五十歳前くらいの雰囲気があった。
それは貫禄がついたわけではなく、逆に落ちぶれた状態で年を重ねた感じであった。
髪の毛のほとんどは真っ白になっているようで、とても、四十歳過ぎには見えなかった。
――先生も苦労しているんだろうな――
という思いが西村の頭をかすめた。
「ところで、今日は僕に何かご用なんですか?」
と、かつての先生に対して失礼な態度だと思ったが、立場的にはそれくらいの態度を取ってもいいくらいであった。
「実は、今から十五年前の事件についていまさらなんだけど、すべてを知りたいと思ってね。それで君を訪ねてきたんだ」
「僕をですか?」
「そうなんだ、あの事件に関しては、私が自首したことで、今は完全に解決済みということになっているが、完全に解決したわけではないだろう? 疑問点がいくつかあったはずだ」
「ええ、そうですね。あの外人が最初にどうしてトイレで頭を殴られていたか、そして、死体が見つかった場所まで誰が運んだかなどですよね」
「ああ、そうなんだ。それはきっと私が知っている事実と、君が知っている事実を重ね合わせれば、パズルは完成できると思っているんだ。事件はすでに解決済みなので、いまさら何を言っても覆ることはないので、今なら話ができるんじゃないかと思ってね」
先生の言い分は分かるようで、いまいち分からなかった。
「先生は、今までそれをしなかったのは、自分の中の禊のようなものを済ませるまで、自分の知っていることを表に出さないようにしようと思っていたからですか?」
「それもある。ただ、それがすべてだというわけではない。ただ、ここからの人生、お互いに一度過去を知っておく必要があると思ってね。そうじゃないと、ここから先が進めないような気がするんだ」
と、先生が言った。
しかし、それはあくまでも先生の勝手な言い分で、西村は絶対にそれにしたがわなければいけないわけではない。難しいところであった。
――先生は何が言いたいんだ?
とおもっていると、先生の告白タイムが始まった。
「正直にいうと、あの事件の本当の殺人犯は私ではないんだ」
「えっ?」
これはあまりにも衝撃的な事実だった。
「君は、もう大人になったので、話してもいいと思ったのだが、実は本当の犯人は、君のお父さんだったんだよ」
と、またしても、耳鳴りがしてくるような告白だった。
しかし、最初にいった、
「犯人は自分ではない」
という言葉の方が衝撃だった。
その理由は、十五年前から思っていたことを、直接聞かされたからなのかも知れない。
「でも、どうしてお父さんが?」