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十五年目の真実

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 そのせいか、自分の親が仕事をしている姿も想像できない。
――部下に対してどんな態度を取っているのか、想像したくもない――
 と感じるのだった。
 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、友達の家に行ってすぐは、一時間が結構時間がかかったような気がしたが、夕方の一時間は、あっという間だった。
「今日は、皆泊って行っていいわよ」
 という友達の両親の声が聞こえてきた。
「わーい」
 と友達の歓喜の声が聞こえる。
 それでも中には、
「うちの親、許してくれないよな」
 という友達もいて、自分と同じような立場の人もいるのだと感じたことで安心したのだった。
 しかし、その安心がぬか喜びであることに気づくまでに、そんなに時間がかからなかった。
 なぜなら、他の友達は自分の親への説得に難航した時、友達の親が電話を替わり、説得することで、皆自分の親から了解をもらっていたからだ。
 中学生でも、
「相手の親が説得してくれることを、無碍に断るような失礼なことはしないだろう」
 という思いは抱いているものである。
 しかし、いざ自分の親になった時、皆と同じように友達の親に替わってもらったが、どうも様子が違っていた。友達の親の方が、何やら説得されているようで、
「ああ、はい」
 としか言っていないのだ。
 そのうち、
「西村君、替わってほしいっていうんだけど」
 と言われて電話を替わると、
「あなた何やってるの。さっさと帰ってきなさい。お父さん、呆れているわよ」
 というだけだった。
 電話を切ってから、友達のお母さんからは、
「ごめんなさい。お母さんを説得できなくて」
 というと、
「いいんですよ」
 というと、友達のお母さんは、申し訳なさそうな表情とは別に、少し嫌そうな表情になった。
 その時は分からなかったのだが、どうやら西村自身が、
「しょせん、誰が説得しても同じなんですよ」
 と言いたげだったことを感じたからだった。
 西村自身ではどこまで自覚があったのかは分からないが、そうでも思わないと、一人だけ家に帰される自分の屈辱感を解消できないと思うからだった。
 せっかく説得してくれようとしているのに、その態度はないだろうと思うのだが、説得がうまくいかなかったからと言って、西村自身の憤りをどこに持って行っていいのか分からない感覚を、下手に説得などしてくれない方がまだよかったかも知れないと感じたのを、悟られたのかも知れなかった。
 結局、そのまま帰るしかなく、しかも、友達のお母さんに嫌な思いをさせてしまったという後ろめたさを落ち着いてから感じたのだ。
 その時、なるべく尾を引かないようにしないといけないと思えば思うほど、忘れられないものになってしまったのだった。
 これをトラウマというのかも知れない。時々この時のことを今でも夢に見たりする。ただ、夢の内容は毎回違っているようで、何しろ夢というものが、いつも目が覚めるにしたがって忘れていくものであるから、たちが悪い。
 覚えている夢というと、怖い夢ばかりである。そういう意味では、中学の時の屈辱を夢に見るというのは、覚えていても不思議のないようなものであるが、目が覚めると、やはり半分覚えていて、覚えている部分すべてが、違っている部分だけのように思えることで、毎回まったく違う夢だと思っていたが、最近になってから、実はそうではないということに気が付いていたのだった。
 三十歳になった今は、一人暮らしを初めてからそろそろ五年が経とうとしているので、家族と一緒に暮らしていた時との違いを感じるようになっていた。
 中学生のあの頃に起こった、いや自分が招いた事件を公開しても始まらないが、思い出さなければいけない時があるような気がして、それが今なのだと思うのは何か理由があるからだろうか?
 まずは、節目節目が曖昧な感じがしている。規則正しい生活をしていないというのが一番の理由であるが、家にいる頃で一番鬱陶しいと思っていたのが、この
「規則正しい生活」
 だったのだ。
 本当は規則正しい生活が一番いいのは分かっているのだが、それが毎日となり、慣れてくればいいのだが、慣れるどころか億劫でしかなくなっているのであれば、それはその人にとって苦痛でしかなく。苦痛の押し付けが却って生活リズムを崩すことになるのを誰が気付くというのだろう。
 人間には、バイオリズムがあり、精神、肉体、などがサインカーブを描き、微妙に重なっている部分と離れる部分を形成している。つまり、毎日を同じリズムで暮らしてみて、少しでも馴染まなければ、違うリズムを模索するのが本当である。
 しかし、バカの一つ覚えのように、同じリズムを押し付けるのが、彼の親だった。
 例えば食べ物でも、小さい頃に好きだと言った料理を、いつまでも好きだと思っているのである。
 普通であれば、一度好きになったものを、そう簡単に嫌いにはならないのだろうが、子供が好きだと言った言葉をそのまま信じて、
「好きなものを与えておけば、それでいいんだ」
 と思っているわけではないだろうが、
「これでもか」
 とばかりに食べさせられれば、好きだったものも飽きてきて、嫌いになってくるのも無理もないことであろう。
 与える方は、そんなことを考えてはいない。しかも、昭和の考えを持った父親のそばにいると、
「好き嫌いなどあってはいけない」
 という考えから、飽きるなどありえないと思っている父親の影響から、分かるものも分からないと言えるのではないだろうか。
 それが母親の悪いところであり、父親の言いなりになっている母親を見ていると、父親よりもたちが悪く感じられる。何と言っても、
「自分の意見など持っているのだろうか?」
 という思いが強く、いつ頃からか、父親よりも母親の方が嫌いになっていった。
 それまで父親に対しての不満が大きかったものが、母親にどうしてその矛先が向けられたかというと、一つには学校での苛めを見ていて、そう感じたのだ。
 その頃の西村の中学校というと、苛めが横行していた。さすがに自殺者までは出なかったが、いつ誰が自殺をしてもおかしくない状況だった。苛めのやり方は結構陰湿で、先生だけにではなく、まわりの生徒にも分からないように苛めが進行していたようだ。もちろん、知っていて見てみぬふりをしている連中が多いのは分かっているが、西村のように苛めっこグループにも苛められている人ともかかわりのない人には見えないようにして、目に見えている連中には、大人へのバリケードのような役目をしていた。
 先生の方も、本当は分かっているのかも知れない。分かっていて、何もしない。
「君子危うきに近寄らず」
 というやつだ。
 西村は、そんな分かっているくせに、何もしない連中を毛嫌いしていた。下手をすると、苛めをしている連中よりもたちが悪いと思っている。その思いが父親に対しての母親と重なってしまったのか、母親の方が嫌だというのは、そういう見解を持っていたからであろう。
 西村は、友達の家から帰らされたちょうどその頃だっただろうか。見てはいけないものを見てしまったのだった。
作品名:十五年目の真実 作家名:森本晃次