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十五年目の真実

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 もし、その男がそこで倒れたままだったり死んだりしていれば、誰かが発見した時点で、救急車なり警察なりを呼ぶはずだ。特にこの時間だから、駅はパニック状態になっていても無理もないだろう。
 それなのに、駅の構内では何事もなかったかのようにいつもの喧騒とした雰囲気になっていた。
 彼はホッと胸を撫で檻下。本当によかったという顔をしたのだ。
 そんな彼がホッとしているところを後ろから背を叩く者がいた。
 彼はドキッとして後ろを振り向いたが、その顔はギョッとしているように見えたが、それはきっと自分が普段からは想像もできないような形相にビックリしたからではないだろうか。
「どうしたんだ? 顔が真っ青だぞ」
 と言われて、吸い込んだ息をフーッと吐き出した彼は、目の焦点も合っておらず、脱力感だけはやたらと目立っていた。
「なんだ、西村か。脅かすなよ」
 と言って彼が振り向いた先にいたのは、何と西村俊樹であった。
 今ビクビクとしているこの章の主人公とも言うべき彼は、西村の同級生の中学生だった。
 名前を下北悠馬といい、彼は学校でも言いたいことを思わず口にしてしまい、何度も後悔してきた経験のあるちょっと危ない系の少年だった。
 だから、こんなことが起こったのだが。西村は下北を見つけて、顔色が悪いことから、このまま放ってはおけないと思い、駅の中にあるパン屋のイートコーナーに誘った。
「まあ、朝食でも食べながら、ゆっくり落ち着こうじゃないか」
 と言ったのだが、彼の普段からの素行を知っているだけに、また何か余計なことを言って、損をしているのではないかと思った西村が気を遣ったのだ。
 当たらずとも遠からじのその状況に、下北は西村に思い切って、さっきまでの状況を説明した。
「なるほどな。君はそんなに外人が嫌いなんだ」
 と言われて、
「ああ、嫌いなんてもんじゃない。虫けらにしか思えないやつらが多いとまで思っているくらいさ」
 というのを、西村も言いすぎだということもなく、西村が何を考えているのかを探っているようだった。
「まあ、でも今の話を訊いている以上では、その男は我に返って、トイレを出て行ったんだろうな。しかも、最初に自分が殴りかかっているんだから、警察に訴えるわけにもいかない。何しろ言葉が通じないうえに、日本の警察がどういうものかもわからない。下手をすれば、いきなり逮捕されかねないからな」
 と西村は言った。
 だが、西村は確かに外人がトイレから出ていくところは見た。その時その外人は一人ではなかった。誰かに抱えられるようにして出て行ったのだが、抱えている誰かがどんな人なのか分からなかった。外人を負ぶってい居たような感じだったが、その様子はよほど気にしていなければおかしいということに気づかないだろう。それだけ朝の駅というのは喧騒とした雰囲気だからである。
 西村は、もちろん抱えられている男が外人だったかどうか分からなかったが、ふとした弾みに見えたその顔が印象的だった。日本人のようだが、どこか外人ぽい。言葉をしゃべっていなければ、日本人にしか見えないだろう。
 抱えている人が慌てているのが見えた。どこに向かっているのか、早歩きでまわりを意識しながら駐車場に向かい、そのまま車の中に押し込んで、どこかに走り去ってしまった。一連の流れは見ていたが、事情が分からなかったので、少し思いを残したまま、最初に男を見たトイレの前までやってくると、そこで下北を見つけたというわけであった。
「下北君は、このまま学校に行こうと思っていたんだろう? それにしては早くないかい?」
 と聞くと、
「うん、クラブの朝練でね。試験中は控えるように学校からはお達しがあったんだけど、僕たちが所属している卓球部は、今度の大会でいい成績を収めないと、廃部って言われていたんだ。だから、学校側も廃部がかかっているということで特別に練習を許可してくれたというわけで、朝練のために、早く学校に行くつもりだったんだ。それなのに、あの外人のせいでひどい目に遭ったよ」
 というので、
「そうか、それは大変だったな。ちなみにその外人ってのは、東南アジア系なんだろう? ということは日本人と見分けがつかないくらいなのか?」
 と聞かれて、
「ああ、俺も最初は日本人だと思っていたくらいで、喋り出すと、訳の分からん早口じゃないか。俺はあの喋り方を聞くと虫唾が走るんだ。その時もきっと無意識に余計なことを言ってしまったんだろうな」
 と、どうやら、自分が言った言葉も覚えていないくらいのようだった。
 西村も実は下北に劣らぬほど、外人というものが嫌いだった。
 下北の場合は、性格的に黙っていることが嫌いなやつなので、公然と、自分が外人嫌いであることを公言していたが、西村はさすがにそこまでのことはなかった。だから、西村は下北が外人嫌いなのを知っているが、逆に下北は西村が外人嫌いなことを知らないだろう。
 そういう意味で、下北に対して西村は親近感を覚えているが、逆の場合はどうだろう?
 本当にお互いに親近感を覚えているようなら、もう少し距離が縮まってもいいような気がするので、きっと下北の方では、西村に親近感を抱いていないことは確かであろう。
――まあ、それも仕方がないかな?
 と西村は思っていたが、実は別の意味で下北は西村に親近感を抱いていた。
 西村が家族に対して、苛立ちを覚えているというのは、前述の通りであったが、下北も同じだった。

              目には目を歯には歯を

 彼も家族の間がいつも不仲で、その理由を自分に押し付けているように思えて仕方がなかった。
 いや、実際にそうだったのだ。そうでなければ、夫婦喧嘩が終わってから、
「お前なんか産まなきゃよかった。そうすりゃあ、こんなことにはならなかったのに」
 と母親から何度も罵声を浴びせられた。
 母親は真剣にそう思っているようだった。夫婦喧嘩の理由はいつも決まっていて、旦那の浮気だった。嫉妬深い母親は父親に露骨に腹を立てる。しかし、父親は聞く耳持たないと言わんばかりに無視を決め込む。第三者として見ていれば、旦那を嫁さんが集中的に苛めているかのように見えてくる。それが父親の狙いでもあった。
 やり過ごすこともできるし、まわりは母親のヒステリーが頭に残ってしまい、母親が嫉妬からあることないこと旦那を責めているだけにしか見えなかったからだ。そういう意味では母親は正直ではあるが、損な性格なのだろう。
 だが、その母親のその性格が下北に遺伝したのだ。
 ひょっとすると、母親とすれば、自分の鏡のように似ている性格をしている息子に苛立ちを覚えているとすれば、それはきっと、息子も父親と同じ男だという解釈でいるのかも知れない。
 本当はそんな解釈はメチャクチャであり、容認できるものではないだろうが、母親はそれを貫いていたのだ。
 母親が何かに激しい憎悪を抱いているのは分かっていた。だがそれが何かは分からない。――ひょっとすると、従っているように見えながらも憎んでいるのは父親なのかも知れない――
 と感じた。
「可愛さ余って憎さ百倍」
 という言葉もあるが、ひょっとすると、そういうことなのかも知れない。
作品名:十五年目の真実 作家名:森本晃次