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短編集114(過去作品)

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 笑わないわけではないが、その笑顔は律子の数分の一でくらいである。
「何がそんなに面白いの?」
 と言いたげな表情は、人によっては、
――バカにされている――
 と感じる人もいるかも知れない。
 律子はそこまで感じることはなかったが、それも無意識に彼に対して気を遣っていたからだ。
「人に気を遣うくらいなら、そんな人と関わらなければいいんだわ」
 仕事での付き合いではそういうわけにはいかない。だからこそ、プライベートな付き合いでは、人に気を遣うような、そんな付き合いになるくらいなら、そんな人とは付き合いをやめるに越したことはない。
 気付かなかったのは、律子の側に彼への特別な感情があったからに他ならないが、それが悔しかった。無意識になるほど相手のペースに乗せられてしまっていたこと、気付かないほど相手の策略にまんまと嵌ってしまったことが、悔しいのだ。
――可愛さ余って憎さ百倍――
 すぐに心の中に憎しみに近いものが芽生えてきた。それでも露骨に嫌がるのは彼女のポリシーに反している。律子にしてみれば、相手に気付かれないようにこちらのペースに巻き込みながら、うまく別れることを望んでいる。
 相手は何しろポーカーフェイス、何を考えているか分からないところがあるのだから、何を考えているかなど、勝手に想像してもいい。しかし
――違っていたらどうしよう――
 と考えてしまえば、まさに相手の思う壺。簡単そうに思えるが、意外と難しい。あまり男というものを知らない律子にはどう接していいか分からないところもあった。
――彼にとって、律子という女性はどんな存在なのだろう――
 余計なことを考える必要はない。それでも考えなければ余計に視線が気になる。気になって目を合わせてしまえばこちらの負けだと思うのだが、ついつい目が合ってしまうこともある。
 次第に彼からの誘いも少なくなってきた。もし、これが他の男性であれば、誘いが少なくなると癪に触るのだが、相手が彼なら、
――このまま自然消滅も悪くないか――
 と思うようになった。彼にも同じ気持ちがあるのか、それとも律子の気持ちが分かっているのか、自然消滅への道をまっしぐらだった。
「よかった。これでいいんだ」
 一抹の寂しさを感じながら、何となく開放された気持ちになっていた。
――しばらく、男性を意識するのはやめよう――
 と思うようになった。
 一抹の寂しさを紛らわすために旅行に出かけたことがあったが、結局一日で帰ってきた。最初は数日の休暇をもらって、着の身着のままで出かけた。元々一人旅が嫌いではない律子は、学生時代を思い出していた。
 二十歳代の女性の一人旅は珍しくはないだろう。だが、特急列車を使うわけではなく、荷物もそんなに下げているわけではないのは、旅行だということをまわりに悟られたくないからであった。
 海が見える海岸線をひたすら走るローカル線、車窓から見える海は想像通りのものだった。今までに海岸線を走る電車に乗ったことのない律子だったが、時々夢で海岸線を走る電車の車窓を眺めている自分を見たことがあった。
 その時の意識は海へ向っていたわけではなく、海を見ている自分の姿を意識していたのだ。
 いつも登山ばかりをしていた彼へのあてつけというわけではない。逆に彼を冷静に見ることができるのは、山が育んだ「静」なる部分が、海の「動」の部分に反応したからかも知れない。だが、律子は決して海が好きなわけではない。むしろ山が好きな方である。そういう意味で静かで寂しい海を想像してしまうことが多かった律子だったので、その時の旅行がどんなものになるか、密かに楽しみだった。
 夢というのは、決して主人公の視線で見るものではない。主人公である自分が出ているのを後ろから客観的に見ている。目が覚めてから覚えていない夢がある時は、意外と自分が主人公と同化しているからではないかと思ったことがある、夢とは考えれば考えるほど不思議なものだった。
 その時は温泉での一泊だった。
 雑誌で見た時に、露天風呂から見る海が綺麗だったのがよほど印象に残っていたのだろう。都会とは程遠い景色で、これが自分の家から二時間ほど電車に揺られたところで繰り広げられる光景だとは思いもしなかった。
 最初から単線のローカル線、単線であるがゆえに、途中の駅で離合のために数分の停車がある。それを考えれば二時間といっても、実際の距離的にはそれほど遠いところではない。
 海岸線は、最初砂浜が広がっていて、海水浴場も夏になると設営されるようで、ちょうど秋の旅行だったので、海の家は畳まれていた。
 海水浴を好まない律子に夏の賑わいが想像できるわけもなく、まるで、
――つわものどもが夢の跡――
 と言った雰囲気を感じさせる海の家の残骸を、ただただみすぼらしさだけを胸に見つめるだけだった。
 次第に、砂浜が消えていき、電車のスピードが落ちてくる。カーブが増えてきて、線路は海岸に近づいてくる。反対側には山がせり出してきて、山と海の狭間の崖の中腹のようなところに線路が作られている。
――これこそが想像していた海岸線のイメージだ――
 と律子は感じていた。
 途中にはいくつかの小さなトンネルがあり、蛇行を繰り返すうちに、方角がすっかり分からなくなっていく。
「本当に途中に駅があるのかしら」
 と感じるほどに蛇行は激しかった。
 いくつかかのトンネルを越えていくと、またしても、小さな砂浜が見えてくる。
 入り江になっているところが見えてくると、その奥に民家が見えてくる。砂浜の入り口には小さな船が停泊していて、その場所が漁村であることを教えてくれた。
 駅に着くが、人は誰も乗ってこない。静まり返った村が、目の前に横たわっているだけだった。
 活気のなさを感じながら電車が発車していくと、途中に似たような村がいくつもあり、そのどれにも駅が存在した。人の乗り降りは結局数人に限られていた。
 大きなかごを持った老人が乗り込んでくるが、老人同士で会話はない。
――田舎の人って、もっと会話があるものだと思っていたのに――
 もっとも、心が冷めている律子にはそのことに対しての感情が湧いてくるわけではなかった。すべてがただの通過駅である。
 目的の温泉がある駅に到着すると、予約をしていたので、マイクロバスが迎えに来てくれていた。
「いらっしゃいませ」
 十人は乗れるバスで、ボディには宿の名前が書かれていた。一人だけで乗るのはもったいないと思ったが、あまり客がたくさんいるのも嫌なものだ。もし、他に誰か客がいたとしても、会うことはないだろうと最初から思っていたのだ。
 宿に着いて、他の宿泊客について聞いてみると、
「今日はお客さんだけですね」
 と答えてくれた。
「うちは常連さんが多いんですよ。温泉の効能がスポーツ選手に効くといって、数名のお客さんが贔屓にしてくれていますね」
「じゃあ、季節的にはいつ頃が多いんですか?」
「やはりシーズンオフということで、冬が多いですね」
作品名:短編集114(過去作品) 作家名:森本晃次