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短編集114(過去作品)

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 緒方は田舎で育っていたので、自由奔放な性格であったが、ある程度の常識はわきまえた子供だった。それはやはり父親の性格からくるものだろう。今から思えば無口ではあったが、曲がったことの嫌いな一本気な性格だった。竹を割ったようなさっぱりとした性格でもあったので、それなりに人望も厚かった。
 小学生の四年生になると、父親が転勤になり、通勤が辛いということで、都会に引っ越すことになるが、それまでは、よく田舎の家に、同僚の人を連れて遊びに来ていたものだった。
 おみやげが嬉しかった普通の子供であったが、きっと友達と楽しく喋っている友達を見ていると、それが本当の父親の性格だったことに、今さらながら思い出す。引っ越してからは誰も客を連れてこなくなったのも、家族に対する配慮だと思っている。引っ越してしまわなければならなかったことへの負い目と、都会に引っ越してからは、少し自重しないといけないと感じたのだろう。
 従兄弟と一緒に遊んでいた友達は、ワンパクなところがあるだけで普通だと思っていたが、ある日従兄弟を呼び出して、嫌がることをしていた。
「やめろ、何してるんだ」
 現場を見つけてしまい、逃げ出す友達、してはいけないことをしていたんだという意識があったのだろう。
 従兄弟はその場で倒れこんで泣き伏している。なだめようとしても、顔も上げられないようだ。スカートがはだけ、下着が下ろされている状況に、子供である緒方がどうしていいか分からなかった。
「見ないで」
 と言って泣いている従兄弟を見て、胸がドキっとした。
――かわいい――
 不謹慎であることは重々承知しているが、心からそう感じたのだった。
――恥らっている女の子をかわいいと感じるんだ――
 それが好きだという感情だということなど分かるはずもない。なだめているうちに次第に普段の従兄弟に戻って、それ以降、そのことを口にすることは二人の間ではなかった。友達も近づかなくなったことで、このことを口にする人は誰もいなくなり、誰も知らない禁句になっていた。
 中学になってから従兄弟に会う機会があったが、彼女は大人の女性に近づいていた。子供の頃の幼さを知っているだけに、余計に大人に見える。第一印象で、ドキッとしてしまったのを覚えている。きっとそれが緒方にとっての初恋だったに違いない。
 その頃から少し自分が正常ではないのではないかと思うようになった。中学に入ってから、同年代の女の子よりも、小学生の女の子の方がかわいいと思った時期もあった。
「ロリータ・コンプレックス」
 そんな言葉を知らないわけではないが、きっと思春期の一時的な迷いがあったのかも知れない。
 にきび面の自分が嫌いだった。友達の中にはすでに大人の身体になっていて、彼女をいつも連れているやつを見ていると、
――どうしてあんなにきび面がいいのかな――
 と思うようになり、鏡で自分の顔を見た時に同じような汚い顔でいることが耐えられなかった。
 中途半端な成長をしている自分を同年代の女の子が相手にするはずがないと思っていたのだ。
 ママさんの話を聞いていて、そんな恥ずかしい時代があった自分を思い出して、顔が真っ赤になっていた。
「どうしましたか? 暑いですか?」
 悟られたことがさらに恥ずかしく、
「いえ、そんなことはないですよ」
 お絞りでごまかすかのように顔を拭いた。ママさんは話を続ける。
「そのマンションなんですが、坂の手前からあれだけ大きく見えていたのに、実際に坂を上ってくると、思ったよりも小さく感じたんですよ」
「あまりに近くて錯覚を起こしたんじゃないですか?」
「私も最初はそう感じたんです。坂の前から見ているのも、上ってきてからでも、結局上の方を見上げることには変わりありませんからね」
 気がつけば、ママさんはビールを飲んでいた。コップを口に持っていき、喉を潤している。
 実においしそうに呑んでいる。スナックという商売上、客にたくさん飲ませなければならないので、おいしく呑むように訓練されていたのかも知れないと思うのは考えすぎだろうか。
 確かにママさんのいうように、上から見るのと下から見上げるのでは、距離感も大きさも違って見れるが、同じ下から見上げるのでは、距離が違っても、最初に感じた大きさが狂ってくるなどということはあまり考えにくい。
「それで、どう感じたんですか?」
「自分の体調が悪いからだと思ったんですね。坂を上ってきて、かなり息も切れていましたし、でも、それくらいの坂でここまで息が切れるとは思ってもみなかったので、ちょっとビックリしました」
「身体は覚えているんでしょう。私など学生の頃は毎日のように坂を上って通学していましたから、身体が完全に覚えているんですよ。でも、大学に入ってからほとんど坂を歩くことがなくなって、たまに坂を歩くと息が切れるようになりました。身体が覚えているので、以前のように動けると錯覚しているんでしょうね。それが災いしてしまうんだと思っています」
「私も以前は坂が多いところで過ごしていましたので、確かに上り始めるとスイスイ上っていける感覚があるんです。あなたのおっしゃるとおりかも知れません」
 と少し俯いていたが、すぐに頭を上げると、
「でも……」
 首を傾げるようにして目の前にあるグラスを見つめていた。
「でも?」
「ええ、錯覚かも知れないんですが、その時の私にはどうしても錯覚に思えなかったんですね。エレベーターを上って、友達の部屋に入ったんですが、友達にその話をすると、あなたもそう感じたのねって言われたんですよ」
「じゃあ、そのお友達も同じような感じになったことが?」
「いえ、友達がではなく、友達が招待する人皆そうらしいんですよね。その時招かれたのは、実は、半分は私にそれを試したかったかららしいんですよ」
「じゃあ、ママさんも策略に嵌った?」
「そういうことになりますね。でも、そういう策略だったら嵌ってみてもいいですよ、何となく腑に落ちないですが、面白い話ですよね。私はそのことがずっと頭から離れなくて、時々友達のところに行くようになったんです。でも、そのうちに友達が億劫になってきたのか、露骨に嫌がるようになりました。すると不思議なことに、その感覚がまるでウソのようになくなってきたんですよ。それまでは感覚が残っていたのにですね」
「それこそ錯覚ではないですか?」
「そうかも知れませんね、錯覚に陥るための、錯覚というやつですね」
「暗示に掛かりやすいタイプなのかも知れませんね」
 そう言って、緒方は自分を考えた。
「タマゴが先か、ニワトリが先か」
 と言われた時に、すぐに父親を思い出していた。自分が従兄弟の女の子への異常な感情を持ったのは、父親の遺伝だと思って、逃げようと考えたのを思い出していた。
 トンネルから出る時に見た父親の黄色い顔、その時に、将来の自分を見ているように思ったのもまんざら突飛な発想ではなかったのかも知れない。父親が死んだ経緯だが、噂で聞いた話によると、不倫相手の部屋からの帰りだったということである。しかも相手は、二十歳そこそこの女の子で、見た目は高校生に見えたという。
作品名:短編集114(過去作品) 作家名:森本晃次