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短編集114(過去作品)

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 小学生の時、スポーツは嫌いだった。特に野球に相撲、そしてゴルフである。
 どれもテレビ中継されるもので、すべてスポーツ好きである父親にチャンネルを奪われていたからだ。
 日曜日のゴルフは、日曜日の夕方という時間帯でもあり、せっかくの休日、どこにも連れて行ってもらえなかった時はテレビでやっているゴルフのせいだと思っていたが、間違ってはいないだろう。
 野球に相撲はテレビでやっていれば見るようになったが、ゴルフだけはどうしても見る気になれない。紳士のスポーツと言われているが、一番観客としては現実離れしているからだ。
「選手と一緒に歩いて回らなければいけないし、座って見れるものでもない。面白くないだろうに」
「好き好きさ」
 ゴルフ中継を見ている父親に声を掛けたことがあったが、当の父親もギャラリーとして実際に見たことはないようだった。だから、そんな中途半端な答えしか言えないのだった。
 定食屋にはテレビはなく、BGMが流れているだけだった。それも和風の店であるにもかかわらず、メロディだけの洋楽だった。
 洋楽は学生時代から聴いていたので違和感はないが、落ち着いた佇まいに似合うようにアレンジされている。違和感を感じないのはそのためだった。
 食事が終わると、いつもであればまだ少し入るかも知れないという程度にお腹は満足している。元々後から来るタイプの緒方は、腹八分目のところでやめておかないと、後になってしゃっくりが出たりしてきつくなってしまう。慣れてくればだいぶいいのだが、慣れるまでは厄介な体質である。
「困ったものだ」
 理由は分からないが、歩いたりするとお腹にガスが溜まってくるのではないかという自己分析だった。
 だが、ある日、いつものように定食を食べて、ホッとしていると、またしてもお腹が減ってきた。さすがにまた食べると、しゃっくりが止まらなくなって苦しむのは嫌だと思い、とりあえず、店を後にして、ゆっくりと歩いて帰ることにした。帰る途中にあるコンビニで、小腹が空いた時に軽く食べれるようなものを買っていけばいいという程度の考えだった。
 店の表に出ると、すでに表は真っ暗、夜の帳が下りていた。
 その日はそれまでの真夏日から少し秋の気配を感じられるようになっていて、風が冷たいくらいであった。
 前の日までは風が吹いても生暖かく、何と言っても湿気を感じていたので、不快指数はかなりのものだっただろう。身体にへばりつく湿気には、風が当たっても空気お重たさのためか、体力を消耗させられるだけだった。
――まるでプールの中を歩いているみたいだ――
 決して大袈裟ではない。特に今年の湿気は異常だった。
「俺だけがおかしいのかな?」
 人に聞こうにも、漠然としていて比較対象がないため、なかなか解明できるものではない。だが、それも一転、昨夜の湿気はどこへやら、さすがに秋が来てもおかしくない時期になってくると、昼間の暑さを忘れさせてくれるほどの涼しさを、朝夕の冷え込みが与えてくれる。
 何よりも視界がくっきりとしてきた。それまでは見えているはずなのに、ネオンサインもぼやけていて、信号機もハッキリとした色に写っていなかった。
 涼しくなってハッキリと見えてくるようになると、それまでがいかにぼやけて見えていたのかが今さらながらに分かってくる。
 信号機の赤と青がハッキリとした色で見えてくる。青信号は前日までは緑に見えていたはずなのに、涼しさで意識がしっかりしてくると、色が真っ青に見えてくるものだということは以前から分かっていた。その意味でも、
「秋がやってきた証拠だな」
 と感じられる。
 夜の街を歩いていて、昨日までは空気に何とも言えない匂いを感じていた。湿気を帯びた空気、雨の降る少し前など、石のようなコンクリートのような匂いがしていたものだ。昼間の直射日光がアスファルトに熱を込め、夕方になって下りてきた湿気を帯びた冷たい空気がアスファルトの熱気で埃もろとも蒸発しているところから埃やアスファルトの焼ける匂いを感じるのだろう。空を見ると怪しげな雲が浮かんでいるのを感じると、間違いなく雨が降ってくる。
「意外と気象予報士よりも当たっているかも知れない」
 と一人で嘯いたりしたものだ。
 湿気で汗がベタベタしていて、喉も乾いてきた。なぜかウイスキーが呑みたくなってきたのは、そこにスナックのネオンサインがあったからだろうか。
 紫色に見えた色は、暗い雰囲気を醸し出していたが、それは湿気を帯びていたからかも知れない。とりあえず中に入ってみることにした。
 店内は、思ったよりも狭く感じられた。緒方自身が今までスナックというものを知らないからだろうが、部屋の暗さが狭さに拍車をかけた。
 どちらかというと、「恐怖症」と呼ばれるものは、まずダメな緒方である。高いところは足がすくみ、狭いところは心臓がドキドキし、暗いところは、汗が出てきて止まらなくなる。
 ある意味、「恐怖症」と呼ばれるものには共通性がある。高いところから下を見るとまず感じるのは、距離の遠さである。下から見ているよりも明らかに遠く感じられるのは、視界が広くなるからであろう。そのことは、最初から分かっていた。
 狭いところ、暗いところへの恐怖感は最近になって感じるようになった。
 電車に乗っていて、眩しいからといってブラインドを下ろしていると、何となく気持ち悪くなってくる。最初はなぜなのか分からなかったが、表が見えないのに、シルエットとなって表の景色が見えることへの恐怖感だった。
 それは暗いところにも通じるものがある。
 暗いところは光の恩恵を受けないことで、目の前に何があるか分からない恐怖である。
子供の頃に見た夢で、明るいのに歩いていて足元が急に抜けて、まっさかさまに下に落ちていくのを感じたことがあった。
 夢の中だとリアルな恐怖を感じることはないはずだと思っていたが、足元が抜けて落ちていく感覚だけは、夢から覚めても生々しく残っていた。
――夢だと思っているだけで、本当は別の世界から落ちてきたのかも知れない――
 SFのような話だが、理解できないことを素直に考える方が、疑問に思っているよりもマシである。
 狭いところと暗いところ、一見すると矛盾する恐怖のように思う。
 暗いところはどれだけの広さか分からないところが恐怖であり、狭いところは、狭いということがハッキリと分かっているから恐怖なのだ。
 高いところにしてもそうである。視界が広いだけに、すべてのものが小さく見え、狭さすら感じさせるものである。薄暗さに恐怖を感じることがあるとすれば、それは高所恐怖症に近いものがあるに違いない。
 店の名前はスナック「パラソル」。女性の名前や、果物の名前が多いと思っていたのは、偏見だったのかも知れない。
 それにしても、「パラソル」とはスナックらしからぬ名前である。店の名前に興味をそそられたといっても過言ではない。
 その時の客は、一人だけだった。奥のカウンターで一人で飲んでいて、ママは中央で、洗い物をしている。一見会話はなさそうだった。
「いらっしゃいませ」
作品名:短編集114(過去作品) 作家名:森本晃次