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短編集114(過去作品)

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同じ性癖



                同じ性癖


 最近になってお酒を呑むようになった緒方久志は、会社の呑み会に行くくらいで、自分から酒を呑むことなどなかった。
 大学時代から酒には弱く、呑み会があっても、
「どうせ割り勘なんだ。緒方はあまり呑めないんだから、食べておかないとな」
 と言われたものだ。一度コンパで呑めもしないのにまわりから勧められて、本人も呑めるつもりになって一気に行ったのがいけなかった。最初は恐々呑んでいたくせに、途中から、
――これくらいなら、何とか呑めそうだ――
 と感じたが、アルコールはそれほど甘くはなかった。親からも、
「お前は呑める家系じゃないんだから、アルコールはほどほどにしておかないとな」
 と言われていたのを忘れてしまっていた。アルコールが入ると大きな気分になって、何でもできる気がしてくるというのが少し分かってきた。無理をするということがどういうことかということを、身をもって体験した瞬間だった。
 会社に入っても、呑みごとにはあまり積極的に参加しなくなった。会社の行事であれば仕方がないが、それでも何とかこなしてきたのは、ゆっくり呑む飲み方を覚えたからかも知れない。
 そのうちにゆっくりと呑めるようになると、酒も怖くないことが少しずつ分かってきた。テレビドラマなどで、仕事が終わってからよく居酒屋の風景が映るが、雰囲気は好きだった。自分の居場所を見つけるという意味で、「居」という字が使われていると思ったものだ。
 疲れ果てた仕事からの帰り道、駅を下りてから、今まではずっと家に帰ることしかイメージしていなかった。帰り着いた先に待っているもの、暑い時期であれば、湿気に覆われた身体に纏わりつく気だるさ、冬の寒い時期であれば、凍てつくような冷たさに、そのどちらにも、疲れた自分を受け入れてくれる雰囲気を感じさせるものはない。
 そんな時見かけたのが赤提灯だった。
 いつも見かけているはずなのに、どうしてその日に限って見つけたのかを考えるまでもない。正直その日は少し精神的に余裕があった。その日までに仕上げなければならない仕事が無事終了して、祝杯でも挙げたい気分だったくらいだ。
 家に帰って、テレビでも見ようかと思うだけの毎日だったのに、その日は、仕事が終わる前からお腹が減っていた。同じお腹が減るのでも、それまでとはまったく違うものだったのだ。
 店に入ると、客は大勢いて、雰囲気も悪くなかった。アットホームな雰囲気を昔から好んでいた緒方は、時々聞こえてくる大きな笑い声に思わず微笑んでしまうくらいだった。
 これほど自分が居酒屋に馴染むものだと思わなかったが、誰に話しかけるともなく、一人で飲むだけだった。
 年配の人が多く、話を聞いていると、土建屋さんが多いようだった。スーツにネクタイ姿は少なく、身体のがっしりとした人が多いことも頷ける。
 小柄な緒方には肩身が狭い感じもなくはない。どうしても席は端っこになってしまう。
 最初はまわりの雰囲気を見ているだけで楽しいと感じていたのだが、次第に自分の居場所はここではないと思うようになってくる。
 気に入ったものがあれば続けるのが緒方の性格で、好きな食べ物でも飽きるまで毎日でも食べている。飽きてしまうと、今度は見るのも嫌になるのだが、それでも好きなものを続けることの楽しさを忘れられない。
 居酒屋も気に入っていた時期は毎日のように通った。最初の一ヶ月くらいは、ほぼ毎日だっただろう。そのうちに一日二日と空いてくると、二日空いたとしても、毎日来ていたような錯覚に陥る。そんな風に感じるようになると、飽きてきた証拠だった。
 店の中の雰囲気も嫌になってくる。人の話を聞いているだけで楽しかったのは学生時代までで、時間にゆとりがないとできないことだ。時間にゆとりを持とうとすると、精神的なゆとりもないと生まれない。社会人になると、どうしてもまわりを意識している時間が長くなり、居酒屋の雰囲気は自分に合っていないことに気付く。
 居酒屋に寄らなくなると、また家と会社の往復だ。前に戻っただけなのに、一度寄り道を覚えてしまうと、寂しさは以前の比ではなくなってしまう。
 会社の近くで夕食を食べて帰ることが多くなった。別にお腹が減っているわけではないが、まっすぐに家に帰ると、ラッシュに遭ってしまうのが嫌だったからだ。
 あまり遅くなるのも嫌だが、サラリーマン、学生といろいろな人でごった返す電車に乗るのが億劫な時期だったのだ。
 最近はあまりない定食屋が会社の近くにある。もう少し遅くなると飲む人も出てくるのだろうが、居酒屋と違って静かな雰囲気である。
 いつも緒方が顔を出す時間はほとんど客のいない時間帯である。いたとしても常連さんが数人いるくらいで、それも大学生が単独で来ている。話し声が聞こえるわけでもなく、雑誌を読みながらであったり、ついているテレビを見ながら、黙々と食事に勤しんでいるという雰囲気だ。
 気に入っているというよりも、他に行くところがないため、この店に寄っているのが現状で、少し物足りなさを感じながら帰宅する毎日が続いた。
 これも最初はただの日課として続いていたが、半月もすれば生活の一部。時々初めて店に寄った時のことを思い出しては、その時の心理状態を思い出そうとしている。
 なかなか思い出せるものではないが、明らかに違ってきている。
――最初に来た時の精神状態に戻ってみたいな――
 何気なしに生活しているつもりでも、以前の方がよかったと思うのは、気休めかも知れない。本当であれば、今がいいと思う方がいいに決まっているのだろうが、毎日を漠然と過ごしていれば、今から抜け出したいと思うものだ。以前の方がよかったと思えば、いつかは以前のような精神状態に戻ることができると考える。
「これ以上、堕ちることはない」
 どん底の時に開き直ると、このように感じるものだが、そんな心境に似ている。ネガティブに考えている証拠である。
 日頃のストレスをなるべく溜めないようにしようと思うと、余計なことを考えないようにするのが一番だと思う。
 下手に動けば傷口を広げてしまうという考えから来ているのだが、
「将棋の一番隙がない布陣は、最初に並べた時の布陣だ」
 という話を聞いた時から感じることだった。
「攻撃は最大の防御」
 という言葉もあるが、これもあくまで隙がない布陣を作った上での考え方だ。攻守交替については、野球が好きな緒方なので、学生の頃には野球を見ながら考えたものだ。
 他のスポーツのように、攻撃と守備が一瞬にして変わるわけではない。あくまでも一定の法則にしたがって、攻守が入れ替わるのだ。そんなスポーツは他には考えられない。だが、いつも見ていると、どちらが普通なのかという感覚がなくなってくる。
「攻撃は最大の防御」
 という言葉、冷静に考えれば、野球というスポーツには当てはまらないのかも知れない。だが、野球を見ていて白熱している時はそんなことは考えない。
――野球を見ていたのは、ほとんどが学生時代だったからだろうか――
 とも思うが、社会人になってからは、それだけ漠然としてしか野球を見ていないだけなのかも知れない。
作品名:短編集114(過去作品) 作家名:森本晃次