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短編集114(過去作品)

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 だが、そんな自分を自覚しながらまわりを見ていると、意外と皆同じ考えで仕事をしている人が多いことに気付いた。それまで先しか見ずにいた自分が一歩下がって見ることで、見えてこなかったものが見えてきた気がしたのだ。
 誰もが同じことを考えているわけではない。似たようなことを考えていても、程度が違ったり、気の紛らわせ方が違ったりしている。
 最初は、どうして見えてくるのか分からなかったが、これも結局、気持ちに余裕が出てきたから見えてきたのだと感じるようになると、またしても、クラシックを聴きたくなってきた。
「人生はどこかに節目があって、もう一度同じことを繰り返すことがある」
 と、大学の時の心理学の先生が話していたのを思い出した。
「これは私の意見も多分に入っているんですけどね」
 と、注釈が入ったが、なるほど、分からなくもない。その時の信子も、同じような心境に陥っていたのだ。
 会社への未練がなかったわけではないが、会社で男性が信子を見つめる目に歪んだものを感じたからだ。
 信子は社会人になってから、精神的なものと反比例して、ぽっちゃりし始めた。
 大学の頃までは痩せていて、ガリガリとまで言われるほどの自分を気にしていた。体格が痩せ型だと、まわりの目も暗い女性という目で見てしまって、元々あまり明るい方ではなかったので、嫌で嫌でたまらない体型だったが、それなりに納得がいっていた。
 体型が嫌というよりも、鏡を見た時にまるで、自分を睨み付けているように見えるところが嫌だったのだ。
 社会人になってからの自分は、精神的には余裕がなくなり、ストレスが溜まっているはずなのに、なぜか太り始めたのだ。
 だが、体型だけは変わっても、雰囲気の暗さは相変わらずだった。
 鏡を見るたびに、
「何をそんなに睨みつけているの」
 と自分に問いたい気分である。
 目力という言葉を聞くことがある。
 目は口ほどにモノを言うとも言われるが、相手に見つめられると萎縮してしまったり、気になっている人であれば、ドキドキしてしまったりする。だから目が綺麗な人は人から好かれるだろうし、睨んでいるように見られる人は損をする。
 一番厄介なのは、自分の目を自分で見ることができないというところにある。本人にその気はなくとも、見た人がそう感じてしまったらどうしようもない。中には鏡で自分の顔を見るのが嫌いな人もいるだろう。
 ぽっちゃりし始めれば、普通であれば、愛くるしい顔つきになるのだろうが、表情は相変わらずなので、まわりの男性は身体しか見なくなる。
 身体のラインは男性の本能をくすぐるような体型になってきていることは自分でも分かってきているが、顔が見たくないと思えば、自然に視線は胸や下半身に移ってくる。さらには後姿だけを意識するようになり、視線を浴びている方からすれば、
「気持ち悪いわ」
 としか思えない。
 まるでセクハラされているような気持ちである。しかも相手には感情はなく、ただ、身体のラインを見つめているだけというものだ。
「冷たい視線」
 といっても過言ではない。
 冷たいものをいうのは、得てして痛いものである。ドライアイスであったりすると、低温やけどを負ったりする。ドライアイス以外でも、冷たい風にしても、肌に当たると冷たく感じるものである。
「今までの私も冷めた目で見ていたっけ」
 そんな冷たい目で見られていた人はどんな気持ちだったのだろう。人から浴びる冷たい視線を感じると、そんなことを考えてしまう。
 それからの信子は、人に対して冷たい視線を浴びせることを嫌うようになった。それには人に対しての奉仕の気持ちを抱くのが一番である。
 今まで男性にもてたことなどなかった。それでも一通りの経験があるのは、付き合ったというところまでは行かなかったが、好きだった男性がいたからだ。
 彼は、信子にとって決していい男性ではなかった。その男もあまりもてる方ではなかったので、ちやほやされる女性が相手だと、なかなかうまく付き合っていくことができないと考えていた。
 時々、合コンに誘われることがあっても、あまり付き合わなかった信子だったが、
「たまには付き合ってよ。人数が足りないんだから」
 と半ば強引に誘われて、その時ちょうど時間が空いていたので、
「暇つぶしにはなるかな」
 という程度の軽い気持ちで参加した。
 その時に知り合った男性だったが、彼は最初から信子を見ていた。
 合コンの中でどうしても馴染めないで、場から浮いている人は必ず一人はいるものだ。そんな女性を狙っている男性もいるのだろう。それが、その男だった。
 あまり誘い方がうまいとは言えなかったが、そこが朴訥なイメージを与え、安心感に繋がった。
 最初こそ会話がなかったが、男も慣れてくると、いろいろなことを話してくれる。
 雑学などの知識が豊富な人だった。元々知的な男性を意識していた信子だったので、彼の知識の深さに感銘を抱いたのは自然なことだっただろう。
 そこからは、彼のペースだった。知り合ってから何回目かのデートで、シティホテルで二人は結ばれた。
 信子にとっては初めてのことだったが、違和感はなかった。
「初めてだったの?」
 彼はそう一言呟いたが、それ以上は聞いてこない。その時の信子の表情があまりにも無表情だったので、男とすれば、それ以上追求することを恐れたとも言える。
 しかし、ピークはそこまでだった。そこから先はお互いにすれ違いがあり、会話も少なくなってくる。お互いに次の約束をすることもなく、次第に自然消滅へと向かってくる。
「これでよかったんだわ」
 未練もなければ、後悔もない。ただ一人の男性が自分の前を通り過ぎて行っただけなのだ。
 自然消滅したことは、決して悪いことではないのだろうが、信子にとってはあまりいい男性ではなかった。信子には誰か強力に引っ張って行ってくれるような男性が必要なのだろう。
 自然消滅したことで、男性への見方が少し変わってきた。
 冷めた目で見ていたのが、さらに冷めて見るようになったのだ。自己防衛が働いているということに自分で気付かないでいた。
 小さい頃は感受性の豊かな子供だったはずである。
 あれは小学二年生の頃だっただろうか。母親が虫を殺しているのを見た。台所にいる害虫だったので、仕方がないことだったのかも知れないが、小さい子供にとっては、
「虫がかわいそう」
 としか見えなかった。
「お母さん、虫さんがかわいそうだよ」
 と少し小さな声で言った。子供心にも仕方がないという思いがあったのか、それとも母親という存在が怖かったのか、今となっては覚えていない。
「何言ってるのよ。これは害虫なのよ。殺しておかないと、食べ物を悪くして、今度は人間様がやられてしまうわ」
 かなりの剣幕だった。
 信子が控えめに言ったのも悪かったのかも知れない。煮え切らないような喋り方をする人が嫌いな母親だった。性格的にも竹を割ったような性格で、男勝りなところがあったのだ。
作品名:短編集114(過去作品) 作家名:森本晃次