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短編集114(過去作品)

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 クラシックはボーカルがあるわけではない。ボーカルがあると、文章と歌詞とが重なってしまって読めないだろうが、ボーカルがない分、集中できる。クラシックといっても、軽音楽に近い音楽だと、リズムに乗って読むこともできた。
 音楽を聴きながら文章が頭の中に入っていくと、自分が主人公になっていくような錯覚を覚えたりする。
「これが読書の醍醐味なのかな」
 主人公が女性であっても男性であっても関係ない。読んでいる本の主人公が本という狭い世界の中でもがいている様が見えてくると、主人公が二次元の世界から、三次元のこちら見ているのが分かってくる。
 見ている相手は、本を読んでいる自分である。何かを話し掛けてくるかのように見えるが、本を読むのは自分だけではない。どんな人間が読んでいるのか分かるはずもないのに、同じようにこちらを見つめている。
 気がつけば、自分の中に主人公が入り込んで、同じように本の世界を眺めている。
「小説をドラマ化することがあるけど、小説を読んでからドラマを見ると、どこか物足りなさがあるのよ」
 という話を聞くが、読み手と主人公という関係を、ブラウン管の中の俳優が演じることができないからだ。
 ブラウン管の中の俳優は、ビジュアル化されたもので、こちらに語りかけてくるものはない。確かに主人公になりきって、演技しているに違いないが、それは読者一人一人ではありえない。物足りなさを拭えないのはどうしても仕方のないことだ。
 中学生の頃はいろいろと夢を見るものだ。
 しかし、実際の社会をどれほど分かっているかというのは疑問である。見えない部分が大きいから、夢も見れるのだろうが、見えていない部分に思いを馳せるのは、実に楽しいことだ。
 それもその時に分かるのではなく、しばらく経ってから分かる。すぐに分かってしまうと、早すぎる成長に、身体がついて来れなくなってしまうだろう。
 人との協調性がなくなってしまったのも、この頃だっただろう。本を読むようになってまわりの人たちが漫画やアニメに現を抜かしているのを見ていると、どこかバカバカしくなってくるのだった。
 特に電車に乗っている時などに本を読んでいる自分と、ゲームをしていたり、友達とバカ話をしている人たちとを比べると歴然としている。想像するだけで、まわりの人たちが情けなくなってくる。
 もちろん、思っていることを露骨に顔に出したり、態度に出したりはしていないが、どこかそんな気持ちで見ていると、相手にも何となく分かってしまうようで、そんな状況がお互いに距離を深めていく。
 信子に未練はない。友達がまわりにいなくとも、本を読んでいたり、クラシックを聴いているだけでよかったのだ。
 だが、どこか一抹の寂しさを感じていた。それが何なのか、しばらくは分からなかった。
 ある日、一人の男の子が気になり始めた。それまで男の子を気にすることなどなかった信子だったが、初めて胸がドキッとしたのである。
「こんな気持ちになるなんて」
 どこか懐かしいような気持ちであった。それまで男の子を意識したことなどないくせに、なぜ懐かしさがこみ上げてくるのだろう。それを思い出させてくれたのが、小学校の頃から一緒だった葉月の存在である。
 葉月とは、一人でいるようになっても話をする唯一の友達だった。本を読むようになってまわりが情けなく見えていても、葉月にだけは、そんな思いのかけらもなかったのは、普段から話をしていたからである。
 本を読むようになったのも、
「本を読んでいると、自分の世界に入り込めるのよ」
 という言葉を聞いていたからだ。もし、その言葉を聞いていなければ、いつまでも集中することができずに、本を読むなんてできなかったであろう。
 本を読むことは、集中力ではなく、自分の世界に入ることだと悟るまでにかなりの時間が掛かった。飽きっぽいところがあるくせに、一度目指したことはなかなか諦めないところがある信子である。
「短所のすぐそばに、得てして長所があるものなのよ」
 と言っていたのも葉月である。自分が何かに気付く時、その時に思い出されるのはいつも葉月の言葉であった。
 気になる男の子が現れた時、信子の身体に変化があった。ムズムズする感覚である。初めて身体の中から、何かが湧き出してくるような感覚である。
 その男の子は図書館で見かけた。それまで週に数回図書館に出かけていたのに、どうして見かけることがなかったのか不思議だった。まずは、そのことを確かめたいと思っていると、
「よくお会いしますね。いつも来られているんですか?」
 と彼の方から、こちらの気持ちを見透かしたように話し掛けてきた。
「ええ、月、水、金曜日と、学校が終わってから来ています」
 他の曜日には塾に行っていた。中学も三年生になると、そろそろ受験を気にしなければならなかったからだ。
「僕もそうなんだけど、じゃあ、気がつかずに会っていたかも知れないね」
「そうね。初めて会った気がしないものね」
 初対面の相手なのに、今までに何度も会っていて、馴染みのある人との口調になってしまっている自分にビックリした。
 彼は名前を遼といい、部活でバスケットをしているという。道理で身長が高くて、それでいて目立たないが筋肉の付きがいいわけだ。少し日焼けしているところもスポーツマンっぽくて精悍な漢字を受ける。
 それまで筋肉質で、肌の黒い男性を軽蔑しているところがあった。顔を見ていると、ニキビが目立って、眼つきも鋭く、まるで獲物を狙うオオカミのようである。成長期なので、自分の身体の成長を抑えることができず、ニキビとなって現れるのは分からなくもないが、どこかギトギトしたものを感じ、背伸びだけをしているように見えるからだ。
 だが、図書館で出会った彼には、逞しい面もありながら、どこか女性のようなしおらしさのようなものがある。誰にでも優しくできるような雰囲気があり、何よりも笑顔が爽やかだった。ニキビなどまったくなく、気持ちをどこに抑えているのか分からないほどの雰囲気に、却って捉えどころのなささえ感じられた。
――きっと、この人はもてるんだろうな――
 と思い込んでしまったのも無理のないことである。
 それでも、図書館にいる時だけは、二人だけの話をすることができる。ある意味、誰にも知られていない自分を、ひょっとして本当の私ではないかと思える自分を出すことができるのは、ここだけである。
 いつも一人で出かけていた図書館だったが、ある日、葉月がやってきた。公共の施設なのだから、知っている人が誰もこないわけもない。ただ、葉月以外の知っている人はとても図書館に来るようなそんな人たちではない。家でゲームをしているか、それとも、どこかのファーストフーズかファミリーレストランにたむろして、ワイワイ大声で他愛もない話に花を咲かせているかのどちらかである。
 気持ちに余裕を持つことで、まわりを見ることができるようになった信子にとって、図書館は神聖なところである。
 遼にとって、信子がどんな存在であるか、信子にとって遼がどんな存在であるかなどは分からない。記憶の中に残っていく人であることには違いないだろう。
 ある日、葉月から
「遼を好きになった」
作品名:短編集114(過去作品) 作家名:森本晃次