断捨離の果て
「ええ、でもあの人はその時代が好きだったので、別にそれでよかったんですよ。研究熱心な人だったからですね。自分の興味を持ったことはどんどん研究する方だったんですよ。それがあの人の一番いいところではなかったでしょうかね」
とマスターはそう言って。遠い目をした。
その様子を見たもう一人の客は、やはり鳥飼が殺された事実を知らないのだろう。
「どうしたんだい? マスター」
と気楽に声をかけた。
「いやぁ、実はね」
と、マスターが話しづらそうにしながら、清水刑事をチラチラ見るので、それを察した清水刑事は、警察手帳を提示し、この時とばかりに、話し始めた。
「実は我々は警察の者なんだけどね。その鳥飼さんが、先日亡くなったんですよ。それでいろいろお聞きしたいとこちらに寄ってみたんですが」
というと、
「あれれ、鳥飼さん亡くなったんですか? 刑事さんが来られているということは殺されたか何かですね?」
「ええ、それで鳥飼さんのことについてご存じならお教えいただきたいと思いましてね」
と清水刑事は言った。
それを聞いて、その客は少し困ったような顔をしていた。
「それがね、僕もあまり詳しくは知らないんですよ。亡くなった人のことをあまり悪くいうのは憚るんですが、あまり話をしたこともなくてですね。まあ、それもあの人が話下手だったのと、協調性がほとんどない人だったので、気の合う人としか話をする人ではありませんでした。だから、今マスターから、あの人とクイズなんかしたって聞いたものですから、ビックリしてそれでどんな内容だったのか興味を持ったというわけです」
というと、さらに思い出したかのように続けた。
「あっ。そういえば、さっきも話が出ていましたけど、確かにあの人は自分が興味を持ったことは、とことん調べるところがあるのは本当のようですよ。ここである時別の話題になった時、皆そんな話題が出たことなど忘れていたくらいなのに、そのことについて、ネットや図書館で調べてきたと言って、かなりの量の、まるでレポートのようなものを作ってきたのを見た時、ビックリしましたね。好きなことに興味を持つことと、持った興味を徹底的に調べ上げて、それをまとめる能力には頭が下がりましたよ」
と言った。
「なるほど。それだけ研究熱心な人は得てして、孤独だったりすることもあると言いますから、鳥飼さんもそうだったのかも知れませんね。協調性がないというのも、実はただそう見えただけで、実際に話をしてみると違ったかも知れない。そんな気がします」
と、横から辰巳刑事が言った。
「ただ、あの人の特徴としては、女性にモテたというのが、僕の印象でしたね。それほどイケメンでもないし。それなりに年は取っているし、どこがいいんかって思いましたが、今の話で何かが分かったような気がします。きっと気が合う女性がいれば。結構話がはずんだりしたんじゃないですかね」
と、その客は言った。
「そういえば、そうかも知れない。鳥飼さんが一時期忙しくてこれなかった時も、一人の女性が鳥飼さんを気にして、毎日のようにここに来ていたんですが、その時の彼女は会えないことを寂しがっている様子はなかったんですよ。自分は彼を待っている自分に酔っているだけというような雰囲気に感じたので、結構いいお付き合いをしているんじゃないかって思いましたね」
とマスターは言った。
「鳥飼さんというのは、どんなものに興味を持っていたんでしょうね?」
と清水刑事がいうと、
「それは、その時々で違っていたような気がしますよ。歴史だったり、スポーツだったり、時には本当に女性のことだったりと、下手をすれば、来るたびに興味が変わっていることもありました」
とマスターが言った。
「さすがに一日で興味が変わるということはないとは思いますが、頻繁に変わることもあったということかな?」
と清水刑事が聞くと、
「ええ、そうですね。ただ、それはあの人の精神状態に影響していたかも? 精神的に落ち着かない時は、興味が比較的コロコロ変わっていたような気がしますね。ただ、人間というもの。そんなものではないでしょうか? 今から思えば、彼は目立たないけど、精神的な浮き沈みが激しかったような気がしますね」
とマスターが言った。
「それは二重人格的ということですか?」
「それは違うと思います。彼は気移りをするように見えたけど、意外と芯はしっかりしているんじゃないでしょうか? マスターもそう思わないですか?」
「そうですね」
と曖昧な答えしか返ってkなかった。
断捨離の部屋
「じゃあ、最近は鳥飼さんはどんな人と一緒に、どんな話題を話していたんでしょうね?」
というと、
「私は分かりません」
とマスターは答えた。
本当に知らないのか、知っているけど、いくら死んだ人とはいえ、プライバシーというよりも名誉の問題でもあるのか、それとも、問題は話をしていた相手にあるのか、清水はその気持ちの奥を計り知ることはできなかった。そこへ、もう一人の客が話に割り込んできた。
彼はよくいえば気さくで、裏表のない人間のようだが、彼の前では秘密は作らない方がいいようだ。一歩間違えれば、すべてを暴露されてしまいそうだからであった。
「鳥飼さんがよく話をしていたというと松本先生じゃないかな?」
と言い始めた。
それを聞いた辰巳刑事が、メモをしながら、
「松本先生? 教師か何かですか?」
と訊ねると、
「いいえ、町医者なんですよ。このあたりに昔からある医者の何代目かの人で、結構近所の人が通ってきているので、そこそこ繁盛しているんじゃないかな?」
と言った。
「ほう、個人病院のお医者さんなんですね? おいくつくらいの人なんですか?」
と聞くと、
「そろそろ五十歳くらいじゃないかな?」
と彼は答えた。
確か、死んだ鳥飼という男はまだ三十代くらいではなかったか?
「鳥飼さんは、まだお若かったですよね?」
「ええ、三十代前半くらいじゃなかったですかね?」
「それなのに、話がそんなに合ったんですか?」
「ええ、そうなんですよ。だから私も不思議に感じたので、覚えていたという感じですね」
と訊いたその目で今度はマスターを見ると、マスターは少し気まずい表情になっていた。
その表情は、マスターも知っていたということを示しているような気がして仕方がない。
だが、そのことに辰巳刑事は触れることをしなかった。
――どうせ、隠そうとしているのであれば、余計なことを口にすることはないだろう。それよりももう一人の男を突いた方が、こちらの知らなくてもいい情報まで教えてくれそうな勢いだ――
と言わんばかりだった。
「ところで、その松本先生というのは、何科の医者なのかな?」
「基本的には外科だって聞いたけど、でも、町医者なので、内科も胃腸科も、一通り見ているようですよ。まるで診療所の先生という雰囲気ですね」
「まさか、その松本先生という人は、白衣でこの店を訪れることはないでしょう?」