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断捨離の果て

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「ああ、それはないですね。でも、一度白衣で来たことがあったけど、別に本人は服装など気にしていないようでした。別に白衣だからって、別に関係ないという顔でしたよ」
 とマスターが言った。
「じゃあ、間違えて白衣を着てきたわけではないかも知れないということですね?」
「ええ、松本先生に限って、間違えてということはあまり考えられないですのでね」
 とマスターがいうと、それを聞いたもう一路の客が、打ち消そうとして一瞬身を乗り出したが、そんな彼をマスターが目でけん制した。
 真正面から見ているわけではないので、どんな表情になっているのか分からなかったが、その表情はかなり険しかったように思えた。
 すっかり、彼は怯えてしまい、それ以上、何も言えなくなってしまった」
 その代わりに、主導権はマスターに移ったようだ・
 しかし、少し気になるのは、この男が入ってきて。まわりに遠慮なく振る舞う態度を最初に見せた時は、マスターはそれを見逃した。鬱陶しそうな顔をすることもなく、
――このマスターは、気が大きな人だ――
 と感じさせるほどだったのに、松本先生の話に及んでからは少し、様子が違ってきたようだ。
――マスターはここで松本先生が登場してきては都合が悪いことでもあるのだろうか?
 と、辰巳は感じていた。
 清水刑事がどう思っているか分からなかったので、清水刑事を見たが、清水刑事の目は、マスターの一挙手一同を見逃すまいと、必死になっているように見えた。
「松本先生という人と、鳥飼さんは、前から仲が良かったんですか?」
 と清水刑事が聞くと、
「そうですね。たまにお話をしているのは見かけましたね」
 とマスターが答えた。
「どんな話だか分かりますが?」
 と清水が聞くと、
「詳しくは分かりませんが、一度自分の知り合いの、いとこだとか言っていたような気がしましたが、その子が何とかいう病気だということで、松本先生に話を訊いていたようですよ。あの雰囲気は、どこの病院がいいのかというようなそんな話だったんじゃないでしょうか? 下手な人のウワサよりも、実際の医者に訊いた方がいいと思ったのかも知れませんね」
 とマスターは答えた。
「確かに、命に関わるような病気なら、真剣にもなるというものですよね。でも、それなら医者との会話としては、ありふれた内容ということになりますね」
 と清水刑事がいうと、
「ええ、そうでしょうね」
 と、清水刑事は、さりげなく、最初にマスターが松本先生の名前を出さなかったことへの弁解に手を貸しているかのようだった。
 マスターはそれを分かっているのか、次第に清水刑事に恐縮し、敬意を表していた。
「松本先生や、鳥飼さんは、よくこの店に見えられるんですか?」
「そうですね。結構来ますよ。最初の頃は二人ともすれ違いであったり、タイミングの悪さからか、お互いを知らなかったようですが、半年くらい前から、どちらかの行動パターンが変わったんでしょうね。それまですれ違いばかりだったのが、まるで示し合わせたように、店で会う確率が高くなったんです。偶然にしては出来すぎていると思うくらいだったですが、最初はそれでも、あまり話をするわけではなかったんですよ。でも、いつの間にかお互いを意識し始めて次第に話すようになったようですね」
「最初に会話を持ち掛けたのはどっちだったか分かりますか?」
 と辰巳刑事が聞くと、
「確かあれは、松本先生の方からだったと思います。先生は鳥飼さんと一緒になることを、まるで運命みたいだって、はしゃいでいたくらいですからね」
「じゃあ、いつかは話をしてみたいと思っていて、その時に意を決したんでしょうね」
「そうだと思います。松本先生は結構人見知りなところがあるので、自分からはなかなか行ける方ではないんです。でも、鳥飼さんと仲良くなってからは、他の人に対しても自分から行けるようになり、そういう意味では、先生にとって鳥飼さんは恩人のようでもあり、師匠のようでもあったのかも知れませんね」
「師匠として慕うようなことはありましたか?」
「ええ、あったと思いますよ。鳥飼さんは、おだてに弱い方だったので、先生が感謝の意を表すと、結構喜んでニコニコしていましたからね。そういう意味では二人は案外合っていたのではないでしょうか? 相乗効果のようなものが見え隠れしているような気がしていました」
 と、マスターが言った。
 それに対して、もう一人の客は、口を挟まず、終始、
「うんうん」
 と頷いているのだった。
「鳥飼さんは、松本先生の病院に罹ったことはあったんでしょうかね?」
 と清水刑事が聞くと、
「それは分かりません」
 とマスターは答えたが、そこでやっともう一人が口を開く機会があった。
「たぶん、ないと思いますよ。鳥飼さんは、松本先生に対して、あまりいいイメージは持っていなかったようなんです。結構辛辣な悪口を、先生のいないところで言いふらしているという話は聞いたことがありました」
 と訊いた清水刑事は。
「君がその話を伝え聞いたということは、相当その話が触れ回っているということになるのかな?」
 と辰巳刑事が聞くと、
「いいえ、そうではないんです。私は独自のウワサのルートを持っていて、そこから伝え聞いたんですよ。だから、その時の話を知っている人は、ほとんどいないんじゃないかって思います」
 と、男は言った。
 どちらにしても、この松本という先生がどんな人なのか探ってみる必要はありそうであった。
 ひょんなことで立ち寄った喫茶店で、一人の町医者の情報が得られたというのは、ある意味収穫だった。マスターの話や。他の常連客の話も聴けて、レトロな昭和の味を出していることの喫茶店は、捜査の出発点としては、よかったのではないだろうか。
 その時点では、他に得られる情報もないということから、喫茶店を出て、そこから歩いて五分くらいの松本医院に向かってみることにした。
 町医者ということなので、あたかも昭和のいで立ちを想像していたが、さすがに平成に建て替えを行っているようで、綺麗な病院であった、外観は白壁が貴重で、手前には数台の車を止めることのできる駐車スペースがあり、二台ほどの車が止まっていた。自動ソアを開くとすぐが待合室になっていて、数人が待っていた。ほとんどが高齢者で、誰も黙して語らずの状態で、雑誌や新聞を読んでいた。まさに慣れたものである。
 だいぶ寒くはなってきていたが、本格的な風邪の季節はまだ先だったので、これくらいの患者数なのか、それとも時間的に夕方近くになっているので、たまたまこれくらいの患者数なのか、辰巳刑事も清水刑事もあまり病院に馴染みはないので、そのあたりの検討はついていなかった。
 病院の基本的な診療時間は受付が七時までであり、受付採集が六時半となっていた。時計を見ると六時半まで、まだ二時間近くあった。
 受付で二人は保険証の代わりに警察手帳を示し、
「この間亡くなった鳥飼次郎さんのことで、少しお伺いしたいのですが」
 と告げると、最初警察手帳を見た受付嬢は、一瞬たじろいだ雰囲気だったが、すぐに冷静さを取り戻し、インターホンで先生に連絡したようだった。
作品名:断捨離の果て 作家名:森本晃次