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断捨離の果て

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 確かに、親しい人がいなくても、そこにいるだけで、話しかけてもらえる人もいるようだ。その人が人徳だというよりも、話題性が豊富であったり、いろいろ話をすることで、話しかけた人も勉強になるような相手であれば、誰でも話しかけたくなるというものだ。マスターの話しぶりから考えると、きっとそういうタイプの人間なのだろうと思うのだった。
 すると、ちょうどそこに一人の男性が入ってきた。彼はマスターがすぐに誰かと会話中であるのを悟ったようだが、気にすることもなく、カウンターに腰かけた。
 マスターが話し中であるのが分かっているのに、カウンターにわざと腰を掛けるというのは、彼が常連で、その席が指定席なのではないかと思わせた。
 彼はなるべくカウンターの二人を意識しないようにしていたようだが、意識をしているのを隠すのが苦手なようで、そういう意味では彼は正直者なのだといえるだろうと、感じた。
「いつものコーヒーで」
 と言ってスマホを取り出してその画面を見ようとした彼が気になったのは、二人が先に注文したモンブランだ。
 よく見ているとおいしそうに見えたのか、次第に彼の視線が熱くモンブランに注がれているのを感じたが、彼は我慢できなくなったのか。
「僕もモンブランをもらおう」
 と言って、ニコニコして二人の刑事を見た。
 最初は無視しようと思っていたが、ひょんなことからモンブランが取り持ってくれた仲のように感じられ、彼自身、照れ笑いをするしかなかった。
 マスターはそんな彼を見ながらニコニコと笑っていた。最初は何が起こったのか、どうして彼が照れ笑いをするのか分からずにいた二人の刑事も、話しかけるチャンスだと思ったのか、
「常連さんですか?」
 と訊ねると、
「ええ、ほぼ毎日来ていますよ」
 と言った。
「ここはなかなかレトロな雰囲気でいいですよね。昭和を思い出せる感じがするんですよ」
 というと、その人も、
「私もギリギリ昭和を知っている年代の一人ですからね。マスターよりもいくつか年は上です」
 と言ってニコニコと笑っている。
「昭和という時代は、今からは信じられないような時代だったような気がします。ビデオが一軒に一台あったというわけでもなかったし、CDなどが普及し始めたくらいでしょうか? まだレコードやカセットテープなどがほとんどで、電話もケイタイなどもなく、テレフォンカードが主流だったですものね」
 というと、
「そうそう、パソコンもマウスなどもなくて。こーボードの矢印キーだったり、エンターキーが主流でしたよ」
 とマスターが答えた。
「そんな古い時代だったんですね?」
 と、マスターとペアルックの女の子が驚きながら答えたが、正直生まれですら二十一世紀くらいだろうから、昭和などの時代には、影も形もなかったことだろう。
 それを思うと、時代の流れに著しさを感じ、
「ついこの間まで昭和だったような気がするんだよね」
 とマスターは言った。
「僕は伊藤博文の千円札は懐かしいですよ」
 とさっき入ってきた客がいうと、
「いやあ、僕は子供の頃、五百円札がありましたよ」
 とマスターが言った。
「五百円札って誰でしたっけ?」
「岩倉具視」
 というと、
「何をした人でしたっけ?」
 と客がいうと、マスターは答えられなかった。
「明治維新前後での公家の代表」
 というのが一番なのだろうが、マスターは言葉が見つからないようだった。
 さらに昭和から平成に変わる頃というのを思い出してみると、いろいろと面白いものもあった。それを思い出しているのがマスターで、
「そういえば、鳥飼さんもこの店に来た時、昭和が好きだって言ってたよな」
 とマスターは昭和という発想からなのか、それとも刑事が訊ねてきたのが、
「鳥飼が殺されたことだ」
 ということを意識してからなのか、その時のことを思い出したようだ。
「鳥飼さんって、そんなに年でしたっけ?」
 ともう一人の客が言ったが、どうやらこの人も少なくとも鳥飼という客の存在は知っているようだった。
「ああ、そうだね。ここで、昭和のクイズのようなことをやったものだよ」
 本当は尋問しているのは刑事の方だったのだが、話が被害者である鳥飼の話になり、しかも相手が鳥飼を最低でも知ってはいる人間ということもあり、黙って聞いているだけで、こちらのほしい情報が得られそうな気がしたので、敢えて口を挟むようなことはしなかった。
「どんなクイズをしたんですか?」
「じゃあ、ここで再現と行こうか?」
「再現?」
「ええ、その時のクイズをここでやってみようって寸法ですよ。面白くないですか?」
 とマスターがいうので、
「それは面白いですね」
 と、清水刑事が乗ってきた。
 もう一人の男性が、鳥飼が死んだのを知ってか知らずか、マスターは、ひょっとすると、鳥飼への追悼の意味もあり、このようなクイズの再現を言い出したのか、それであれば、刑事としても、それに乗っかりたいと思ったのだ。
「じゃあ、四人でまいりましょう。そのクイズというのは、昭和が平成に年号が変わったその前後、どのようなことがあったかというのを、並べていくんですよ。三十年くらい昔のことなので、幅を持たせて、前後三年くらいであれば、いいんじゃないかということにしましょうね。それにね、まあ、クイズと言っても、答えを出していくだけなので、優劣をつけるもおではないんですけどね」
 とマスターはいい、最初に自分から答えた。
「では私から言いましょう。まずは、国営の柱が民間に変わったなんてのはどうですか?」
 というと、もう一人の男性が、
「なるほど、国鉄がJR、電々公社がNTT、専売公社が日本たばこってやつですね?」
「ええ、そうです」
「じゃあ、企業という意味でいくと、プロ野球で二球団が身売りして、本拠地も移った」
「なるほど、南海がダイエーに、阪急がオリックスにという頃ですね。そういう意味で行くと、昭和の頃は関東、関西という二大地域に球団が集中していたということと、鉄道会社が球団を持つというのが昭和だったということだったのかも知れないな」
 と、もう一人の客は言った。
「これは、少しマイナーな話だとは思うのですが、当時あった相互銀行が普通銀行に変わっていったのも、確か平成元年だったと思いますね」
「ああ、そうそう、覚えていますよ。通帳が変わりましたものね。でもね、もう一つ忘れてはいけないものが始まっているんですよ。分かりますか?」
 と言われて、誰もが一瞬言葉が出なくて。場は膠着したが。それを待っていたかのように口を開いたのが清水刑事だった。
「消費税の導入……。さらに言えば、バブル経済の崩壊などですかね」
 というと、まわりが一気に膠着から解き放たれ、
「そうそう、それがあった。一瞬息苦しい気分になったけど、言ってくれてよかったです。お客さん、よく覚えていましたね?」
 ともう一人の客がいうと、
「ああ、いえいえ、偶然ですよ。ねえ、マスター、鳥飼さんとこういうクイズをされていたんですか?」
「ええ、そうですね」
「鳥飼さんはその頃ってまだ子供だったと思うんですが」
作品名:断捨離の果て 作家名:森本晃次