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断捨離の果て

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 チェーン店のコーヒーにミルクを使わないのは、
――元々味が薄いのに、ミルクを入れると、それほど苦みが消えるわけではないコーヒーがたださらに薄くなるだけなので、苦みだけが倍増する気がする――
 という理由からだった。
 本格派のコーヒーでミルクを使わない理由とはまったく違ったものだったのだ。
 だから知らない人は、清水刑事が単純に、コーヒーのミルクが嫌いなだけだと思うことだろう。確かに、コーヒーに遣うミルクは実際には嫌いであるが、コーヒーに入れる入れないの理屈は。それ以前のものだったのだ。
 モンブランを一口食べて、コーヒーを一口飲み干すと、清水刑事はやっと意を決したかのように仕事を始めたようだ。
「マスターは、こういう男性をご存じでしょうか?」
 と一枚の写真を見せた。
 その写真は、鳥飼次郎のうん天免許証の写真だった。
 マスターがその写真を見ていると、女の子も寄ってきて、一緒に写真を見ていた。
「これ、鳥飼さんじゃない?」
 と、最初に答えたのは、女の子の方だった。
 そう言われてマスターが再度手に取ってみると、
「ああ、確かに鳥飼さんだ。あの人はいつもニコニコしているので、こんなすましたような表情を見せたことがなかったので、すぐに分からなかった」
 と、マスターは言い訳をした。
 それを聞いていた女の子もしきりに、
「うんうん」
 と頭を下げていたが、まったくその通りだと言っているのだろう。
 確かにいつもニコニコしている人を見ていると、どれが本当のその人の顔なのか分からず、普段一番多い表情を写真に魅せられても、すぐにはピンとこないくらいではないだろうか。
「そんなに、鳥飼さんというのは、表情豊かだったんですか?」
 と辰巳刑事が聞くと、
「ええ、まあ、表情は実際には一つじゃなかったかと思うんですが、その理由は表情を見ていると、その時の感情の度合いが何となく分かるんですよ。それは、感情ごとに表情を変えているわけではなく、自然と変わっているからなのではないかと思うんです。だから鳥飼さんの表情って、案外種類としては少なかったんじゃないでしょうか?」
 とマスターは言った。
「なるほどですね」
 と辰巳刑事は納得していたが、
「実は今刑事さんからそう言われて、考えてみるとそれを思い出したんですよ。鳥飼さんという人は、表情が豊かだったということを思い出すと、人にあらたまって言われた時に、さらに深く感じてみると、そんな今まで感じたことのなかった感覚を覚えたとでもいうんでしょうかね」
 とマスターがいうと、またしても、その横で女の子がニッコリと微笑んでいた。
「このお店のような昭和の懐かしさを感じさせるお店だと、結構常連さんが多いんでしょうね?」
 というと、
「ええ、ほぼ常連さんでもっているようなものです。やはり若い人は、おひとりでは入りにくいんでしょうかね。たまにインスタ映えというんですか? ネットに挙げるのを目的に訪れる若い人はいますけどね」
 と、マスターは言った。
 やはり若い人の中にも、レトロな雰囲気が好きな人は結構いるのだろうと、清水刑事は感じていた。
 確かにインスタ映えを目的に来ている人はいるだろう。しかし、インスタ映えを目的にくるのだとすれば、少なくともこの店の雰囲気を、
「人気が出る。注目される」
 として見ているわけである。
 その人に表面上、興味があろうとなかろうと、他に興味を持つ人がたくさんいると認めていることは、やはり、無意識にその人も好きなのだろうと思うのだった。
「ところでですね。この鳥飼さんなんですが、昨日死体で見つかりました」
 と辰巳刑事がいうと、
「えっ、そうなんですか? それはビックリです。殺されたか何かしたんですか?」
 とマスターが聞くと、
「どうして殺されたと思われたんですか? 殺されるような何かがあったのでしょうか?」
 と辰巳刑事は訊いた。
「いえいえ、刑事さんがわざわざ聞き込みに回っているということは、自然死や事故ではないということですよね。あるとすれば自殺か、殺人かということになる。正直自殺するような人ではなかったので、殺人の方が可能性が高いと思って訊ねたわけですよ」
 と、落ち着いて答えた。
「そうですか。いや、おっしゃる通りなんですが、自殺ということは確かに考えられません」
 と辰巳刑事は言って、警察が自殺はありえないと思った結論を思い出していた。
 被害者はナイフによる刺殺であり、凶器は胸に突き刺さっていた。他に傷もないので、鑑識結果によるように、死因は胸の刺し傷である。凶器のナイフを引き抜くと、夥しい血液が流れ出ているはずであり、ナイフを抜き取らなかったのは、当然犯人が返り血を浴びたくなかったというのが本当のところであろう。
 さらにナイフには指紋はまったくついていなかったという。被害者は死んだ時手袋をしていたわけではないので、死んでから自分で手袋を外せるわけもないし、やはり、犯人が手袋をした手で、被害者を一突きにしたと考える方が自然である。
 もう一つの理由としては、突き刺さっていたナイフの角度である。
「これは自分で刺すことのできない角度に突き刺さっている。いくら両手で持ったとしても、胸の真ん中を刺すわけではなく。心臓なので少し左側に刺すことになる。自分で刺せば、利き腕の力が強いとして、もし右利きであれば、右から左に力が強く働くことになり。自分の身体の前から後ろに向かって貫かれる形になり、身体の外側へと離れていくことになるはず。
 それなのに、ナイフは身体に真正面から突き刺さっている。その方が傷口が小さく、血が噴き出す隙間もなくなるということで、これほど性格につき貫かれるということは、自分では差していないということの証明と言えるのではないだろうか。
「ゆえに、これは自殺では絶対にありえないというのが、鑑識の見解です」
 ということだった。
 最後のナイフの角度の見解を聞くまでもなく、自殺ではないことは当たり前に思えた。あくまでも最後の件は、
「ダメ押しの意見」
 であり、刑事としての勘によらなくても、一般人が考えても分かることであろう。
 となると考えられるのは殺人しかないと考えられるが、マスターの意見としても、被害者は自殺をするような人ではないという認識を持っているのであれば、それも自殺ではない証明と言えるのではないだろうか。
「殺人ということになると、何か恨みを買っていたかも知れないということでしょうが、正直、この店に来ている鳥飼さんを見る限り、よく分からないんですよ。いつも一人でいて、誰かと話をしているところを見たこともないし、電話がかかってくるという様子もなかったからですね」
 とマスターは言った。
「このお店で誰か親しかった方はいますか?」
 と聞かれたマスターは、
「さあ、どうでしょう? 人から話しかけられると、結構話題性のある人なので、会話には事欠かなかったようだけど、自分から人に話しかけにいくことはなかったので、もし親しい相手がいたとしても、表から見て分かるような仲良しの人はいないような気がしますね」
 と言っていた。
作品名:断捨離の果て 作家名:森本晃次