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断捨離の果て

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 メニューも少し重ための少し高価な素材を使ったもののようで、いかにも昭和だった。辰巳刑事はそこまで感じてはいなかったが、清水刑事は、
――昭和の時代はまだ小学生だったか――
 と、親としか一緒に入ったことのなかった喫茶店を思い出していた。
 あの頃は、入ってすぐくらいのところにショーケースがあり、そこには幾種類かのケージが並んでいたのを思い出していた。子供の頃には、時々母親が連れて行ってくれていたので、よくそこでケーキを頼んだのを思い出していた。
 さすがに小学生でコーヒーはきつかったので、紅茶だったと思ったが、今はケーキセットをコーヒーで食べたいという思いを持ったまま大人になったのを思い出していた。
「私はケーキセットをモンブランとホッとコーヒーでいただこうか」
 と、清水刑事が言ったのを見て、辰巳刑事は少々驚いたようだったが、
「じゃあ、私も同じもので」
 と、辰巳刑事が答えた。
 昼食を食べてから、そんなに時間が経っていないので、食後のデザートと言ってもいいくらいだった。辰巳刑事はそれほどお腹が空いているわけではなかったが、この店でモンブランを食べる雰囲気を想像すると、それほどお腹が太るという感じがしないのが、何か不思議な気がしていた。
 さすがにケーキのショーケースは店の奥の方にあった。奥の方にあると、店の中が少し広く感じられるようで、これも、マスターのセンスなのではないかと清水刑事を感心させた。
 モンブランは小学生の頃から好きで、よく食べていた記憶があった。大学時代はさすがに昭和の頃の喫茶店がまだ残っていたので、よくモンブランを食べたが、警察に入り、都会に出てくると、都会にはすでに昭和の佇まいの喫茶店はほぼなくなっていて、コーヒーを飲むとすれば、チェーン展開をしているコーヒーショップばかりがいくつか駅前などにあるくらいだった。
 実は正直にいうと、清水刑事はそれらの店で飲むコーヒーはあまり好きではなかった。基本的にどこのチェーン店も、味に変わりはなく、コーヒーの濃淡ではなく苦みが強いことで、コクは感じられなかった。実際に注文しても、最後まで飲み干すことはできず、しかも、一緒にお冷を横において、一緒に飲んでいなければ、どこか気持ち悪さを誘うほどであったのだ。
「すっかり、コーヒーの味が変わってしまったよな」
 と辰巳刑事と、捜査に出た時、時間に余裕がある時などは、たまにチェーン店のカフェに寄ることがあったが、そう言って、溜息をついたことが何度かあったくらいだ。
 チェーン店のカフェがあまり自分に合っていないかも知れないと感じているのは、辰巳刑事も同じだった。
 辰巳刑事は清水刑事に比べて五歳くらい若いので、昭和という時代はほぼ知らない。
 昭和の名残の店のイメージは知っていると思うのだが、清水刑事ほど、昭和を懐かしいと感じるものではなく、それこそまったくの別世界ではあるのだろうが、それだけにすべて空想の世界の中に、レトロという言葉を感じているのだった。
 だから、年上の人がいう。昭和時代を、
「懐かしい」
 と表現する気持ちは分からなかったが、自分もそう言いながら懐かしさに浸っている人の隣で、勝手に想像を巡らせていることは好きだった。
 そういう意味での清水刑事との関係も好きであり、仕事で一緒にいる時であっても、ホッと気が抜ける、いや、気を抜いてもいい時間であることを自覚できるのであった。
 聞き込みにきたはずなのに、清水刑事は懐かしんでばかりで、まだマスターに声を掛けていない。辰巳刑事も苛立っている雰囲気もないように見ていると、二人が刑事だなどとは誰も感じないだろう、その時店にいた客は数人だけで、奥の方のテーブル席に、単独で座り、本を読んでいるか、ボンヤリと表を見ているかの初老に近い人たちだけだった。
――きっと常連さんなんだろうな――
 と、清水刑事はすぐに感じたが、今の時代のように、チェーン店のカフェで、耳にはヘッドホンをして、スマホをいじりながら、まわりに何が起きようともまったく感知しないとでもいうような若者連中とは明らかに違っていた。
――昭和の頃は、ああいうお客さんばっかりだったような気がするな――
 と清水刑事は感じていた。
 カウンターの奥には、最近あまり見ることのなくなったサイフォンでコーヒーを淹れていた。バーナーの日もまわりが青く、中に行くほど赤っぽい色に変わっていくというもので、下のお湯が熱せられて、上まで上がっていき、溢れそうなくらいになっているところを少し小さなしゃもじのような棒でかき混ぜているのを見ると、コーヒーの香ばしい香りが伝わってきて、
――そうそう、この香りだよな――
 と、うっとりするくらいの懐かしさに酔いっぱなしの清水刑事であった。
 頃合いを見計らってバーナーからサイホンを外すと、上に上がったコーヒーが下にゆっくりと落ちてくる。いかにもコーヒーの色を醸し出しているはずなのに、どこか向こうが見えてきそうなほどの透明さを含んでいるようで、これもコーヒーの魔力の一緒のようなものだと清水刑事を感嘆させていた。
 コーヒーカップに模様がついているのも嬉しかった。チェーン店のカップは、ほぼ白い普通のいわゆるマグカップであるが、この店は一つとして同じ種類のものはないというようなコーヒーカップであった。
 そういえば清水刑事が大学時代に常連としていた喫茶店に、コーヒーカップを自分で選べる店があった。カウンターの奥に壁に据え付け型の棚があり、まるでバーかスナックのような雰囲気の棚だったが、そこには綺麗にコーヒーカップが並べられていた、店は全体的に薄暗い演出だったのだが、そこだけが明るいという雰囲気に、清水青年は粋な雰囲気を感じていたのだった。
 今から思い出しても、数々のカップがあったが、一種類しか使わなかった。基本的に最初に来た人は、カップを選ぶが、このような凝った演出に感動する人ばかりではない。変な気の遣い方をする人は、
「毎回、カップを選ぶのに気を遣わないといけないのはきついな」
 と感じ、二度目はないという人もいたようだ。
 その店のマスターはそれでもいいと思っていた。
「それでも二度目以降来てくれた人を、私は常連さんと思い、大事にしていきたいと思うんだ」
 とマスターが言っていたのを思い出した。
 それこそ、今にない、
「古き良き時代のレトロ」
 というものではないだろうか。

                昭和のよき時代

 モンブランを一口食べ、子供の頃を思い出していると、
――昔はもっと大きかったような気がするな――
 と清水刑事は感じたが、だからと言って、残念に思っているわけではない。
 今の時代は昔に比べて、いいものを少量という時代なのかも知れないと思っていて、さらに以前は小学生で自分自身が小さかったこともあって、記憶には大きなものだとして刻まれていることに気付いたのだった。
 清水刑事は、コーヒーに砂糖を入れ、ミルクは使わない。
――ミルクを使うと、せっかくのコーヒーの味が落ちるからだ――
 と勝手に思っているが、チェーン店でのコーヒーを飲む時にミルクを使わない理屈とは異なっていた。
作品名:断捨離の果て 作家名:森本晃次