断捨離の果て
「アクセスフードという会社からだと、一時間半くらいで、署の方に来れるということでした。どうやら、社長が帰社してから、訪れるということになっているそうです」
と、辰巳刑事は言った。
「うん、分かった。こちらも現場検証が終われば、すぐに署に戻ろう」
と清水刑事が言った。
その後、現場検証が続けられたが、目新しい発見はなかった。付近にはやはり何も落ちておらず、そこで抵抗した痕がないことを証明したかのような状態だった。
警察署に戻った辰巳刑事を、すでに来ていたサクセスフードの総務部長を名乗る人物と社長の二人が待ち構えているというような格好になっていた。
「これはどうも、ご足労願って、申し訳ございません、まずは遺体をご確認いただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
というと、
「ええ、よろしくお願いあいます」
ということで、死体霊威暗室の暗い扉を開けて、二人を案内した。
顔に掛かっている白い布をめくると、そこには、文字通り安らかに眠りに就いている男性がいた。今にも起きてきどうだったが、明らかに起きてくるはずのないその顔は、薄暗さからか顔色が分からなかったのが、幸いしているのだろう。
もっと、苦しそうな形相を想像し、見た瞬間に顔をそむけるような表情だと思っていたのは、ナイフで刺殺されたということを訊いたからだったが、思ったよりも安らかだったことで、身元確認は本当に用意なものだった。
「はい、うちの鳥飼君に間違いありません」
と社長がいうと、後ろに控えている総務部長も黙って頷いていた。
「そうですか。いや、これはありがとうございます」
と言って、二人の刑事を含む四人は、死体霊安室を後にした。
総務部長はそうでもなかったが、社長の方は、一刻も早く死体霊安室nなどという場所から離れたいと思っていたようだ。やはり、いくらS会社社長と言っても、人の亡骸をずっと拝んでいるのは、辛いものがあるからであろう。
四人は刑事課の応接室で正対し、さっそく聴取を行った。
「鳥飼さんというのは、何か殺されるような感じの方だったんでしょうか?」
と辰巳刑事がさっそく聞いてみた。
「うちの会社は、少数精鋭のこじんまりとした会社なのですが、営業部と呼ばれる場所は、いつも事務員しか事務所にはいない部署です。それはうちの会社に限ったことではなく、どこの会社にも言えることではないでしょうか? 勤務時間中のほとんどを営業に出回っているので、、基本的には我々は会社にいる間のことしか分かりません。ただ、彼の受け持ちの営業先から彼に対してのクレームなどは一切ないので、トラブル用もないと我々は自覚しています」
と社長は言った。
「そうですか。会社内でも誰かに恨まれているというような話もないんですね?」
「ええ、今も言いました通り、うちの会社は少数精鋭ですので、もし何かがあるようですと、すぐにウワサになったりして、我々の耳にも入ってくるはずです。そうだよな? 総務部長」
と話を振られた総務部長は、
「ええ、その通りです。私もそのような話は聞いておりません。今日もこちらへ伺う前の短い時間ではありましたが、営業課長は元より、他の部や課の長の人に少し聞いてみましたが、そんな様子はなかったということです」
と総務部長は言った。
「そうですか、どうしてもこういう事件は、怨恨から探ってみるのが最初ですので、お聞きしたわけですが、会社ではそういう話はないというわけですね?」
と辰巳刑事が念を押すと、
「ええ、そうですね」
と、顔色を変えることなく、総務部長は答えた。
「そうですか、わざわざご足労願いまして、申し訳ありませんでした。もしまたお話をお伺うこともできましたら、その時はご連絡を差し上げますので、世と市区お願いします」
と言って、二人には帰ってもらった。
残った辰巳刑事と清水刑事は顔を見合わせて。
「今の二人の証言をどう思うかい?」
「別にきになるところはないかと思いますが」
と辰巳刑事が答えると、
「じゃあ、君は、今回の殺人を会社内のトラブルとは思っていないということかな?」
「一見そういう感じがしていますね。ただ一つ気になっているのは、帰宅途中でも家の近くだということなんです。もし会社関係の人の犯行だとすると、犯人の心理として、犯人と被害者の接点である会社と、なるべく離れたところで犯行を行いたいという意識が働くと思うんです。そういう意味で、被害者が殺されたのが、帰宅途中の自宅の近くというのは、今の心理を考えると当て嵌まるような気がして、犯人が会社関係の人ではないという結論は早急な気がしています」
と辰巳刑事は言った。
この意見には、清水刑事も賛成らしく、
「そうだな、除外するには、無理な気がするな」
と言った。
次に二人が捜査を行ったのは、プライベートなところだった、彼の家の近所を訊きこんでいると、近所に一軒の喫茶店があった。
喫茶店の名前は、
「ダンケルク」
という名前のようだった。
「ダンケルクって、どこかで聞いたような名前だな」
と辰巳刑事がいうと、
「第二次大戦の時に、連合軍がドイツ軍に追われて撤退したフランスの都市の名前だよ」
と清水刑事が言った。
清水刑事は歴史が得意だったので、覚えていたのだろう。
「ああ、そうでしたね」
と、辰巳刑事は言った。
二人は店の前までくると、そのお店がまるで昭和の佇まいを残す、いかにも懐かしい雰囲気にどこかホッとしている二人がいた。
店の中に入ると、客はまばらだった。ちょうど時間的にはランチタイムには遅い時間で、逆にディナーには早すぎる。昼下がりから、夕方にかけての時間くらいであった。店の外観はレンガ造りを基調にしていて。それだけに、ところどころの白壁も目立った。レンガ部分が昭和のレトロさを思わせ、白壁部分がどこか高貴なイメージを与える。それがこの店の雰囲気をいいイメージに醸し出しているのだった。
辰巳刑事は。
――レンガ部分が、ダンケルクという店の名前を彷彿させる気がするな――
と感じていた。
内装は表の雰囲気とはこれまた違い、木目調の柱に、壁は白壁、まるで、雪山のコテージのような雰囲気があった。入り口を入ってすぐに十人掛けくらいのカウンターがあり、テーブル席は五つくらいの店で、テーブル席はすべて、窓のそばにあった。
入り口の扉は気でできていて、扉を開け閉めすると、上の方に設置してある鈴が重低音な落ち着きを感じさせる音を醸し出した。これもいかにも昭和の演出であった。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥にはマスターと、手前には二十歳前後の女の子がニコッと微笑みながら出迎えてくれた。
店の中に入った瞬間二人は、自分たちが聞き込みで来たのだということを一瞬忘れてしまいそうなほどの雰囲気に酔っていた。まるで別世界に来たかのような感じがしたのだった。
おしぼりとお冷を出してくれた女の子は、タータンチェックのセーターを着ていて、よく見るとマスターとお揃いである、これが制服のようなものだとすると、やはりこの店は昭和のレトロさをイメージを意識しているのではないかと思わせた。