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断捨離の果て

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 刑事がやってくると、本格的な捜査が始まった。鑑識も捜査を始めると、にわかに慌ただしくなり、近所の野次馬が集まってくる。
 野次馬は、どんどん集まってくるが、岸本はその中に見たことがある顔を見つけた。
――おや? あの人をこんなところで見るなんて――
 という人であった。
 その人は、確か医者ではなかったか、白衣を着ていなかったことと、学生時代に田舎で見たきり、ずっと会っていなかったので、最初はすぐに分からなかったのだが、岸本の方では意識がなかったにも関わらず、その人の視線が熱かったことで、意識をしたのだった。
 子供の頃は病弱だったこともあって、よく先生のお世話になったものだ。特に一度肺炎をこじらせた時、危ないと言われた時があったらしく、その時にずっと世話をしてくれたのが、その先生だけだった。
 名前は確か、松本先生と言ったような気がする。松本先生と思えるその人は、岸本に視線を傾けただけその後に、視線は花壇の方に向けられた。
 鑑識の方で、行われている捜査を熱い目で見つめている。その視線に気づいたのか、鑑識の一人が立ち上がり、じっと先生の方を見つめていた。
 その間に二人の間でアイコンタクトがあったような気がしたが、分かり合っているという雰囲気ではなく、視線で会話はしているのかも知れないが、立場的には警察医の方が強く、本当であれば松本先生の方は視線を逸らしたいと思っているものを、逃さないぞとばかりに見つめていて、まるで、
「ヘビに睨まれたカエル」
 の様相を呈していた。
 さすがにいたたまれなくなった松本先生は、その場を離れたが、それを見た警察医の人が追いかけようとしたが、急に我に返ったようにやめた。
 なぜなら、まったく同じタイミングで岸本も先生を追いかけようとしたからであり、自分が先生を追いかけようとしたことを知られたくないと監察医が思ったのか、後ろ髪をひかれながら、思いとどまったのだった。
 岸本も同じ気持ちだった。
 ただ、自分が第一発見者としての立場があるので、それを放っていくわけにはいかない、下手にその場を離れると、痛くもない腹を探られることになることを嫌った岸本も。その場を離れることができなかった。
 結局二人は、相手を意識しながら、第一発見者という立場と、監察医という立場、それぞれその場を離れることはできない。それをいいことにまんまと野次馬として現れ、すぐに消えてしまった松本先生のことを、二人ともすぐに忘れてしまうという状況に陥ったのだった。
 「先生、いかがですか?」
 と辰巳刑事が聞いた。
「そうだね。大体、死亡推定時刻は今から四時間くらい前ではないかな? ナイフで心臓を一突き、即死だったのではないか? それほど違溢れていないのは、急所をしっかり捉えているからではないかな? もちろん、凶器を引きぬくと、血は噴水のように噴き出すことになるだろうけどね」
 と監察医が言った。
「他に外傷はないですか?」
 と訊かれて。
「ないようだね」
 と医者は答えた。
 これを聞いて辰巳刑事は不思議に感じた。なぜなら、後ろから刺されているのであれば、不意打ちとなるので、身体に傷がないのは分かるが、真正面から刺されていているのだから、抵抗の痕があっても不思議はないということだ、
 抵抗の痕がないということは、それだけ、犯人と被害者は顔見知りであり、まさか刺されるなどということを想像もしていなかったということであろう。
 そのことは辰巳刑事は刑事の勘で分かっているし、監察医の方も、今までの経験から分かっているのである。
「時間的には、まだ人通りもあったかも知れない状態で誰も気づかなかったということは、声も出す暇もなかったくらいの即死だったでしょうね」
 と辰巳刑事がいうと、それを聞いた清水刑事は、
「人通りが少なかったのもあるだろうけど、ここまで即死だったということは、やはり、よほど顔見知りの犯行で、殺されるとは思わなかったということではないのかな?」
 と言ったが、それに対して今度は辰巳刑事が少し考えを巡らせて、
「確かにそうかも知れませんが、必ずしも顔見知りとは限らないかも知れませんよ。逆にまったく知らない相手だったので、意識することもなく殺されたのかも知れませんよ。つまりは、その人は自分が死んだことも分かっていないくらいにあっという間の出来事だったと言えるのではないでしょうか?」
 と反論した。
「なるほど、それもあるかも知れないな。でも、もしそうだとすれば、これは通り魔の犯罪ではないかということにもなる。このあたりで最近通り魔事件が起こったりしていたのかい?」
 と近くにいた警官に訊いたが、
「いいえ、そのような話はありません」
 という。
 もちろん、今日が最初の事件であり、これから多発することにならないとも限らないが、清水刑事にはどうも、顔見知りの犯罪を捨てがたいと思っていた。
 清水刑事は被害者のポケットの中や財布などを確認していた。カバンなどはまわりにはなかったが、それは最初から手ぶらだったのか、それとも犯人が持って行ったのか分からない、
 もしカバンを持って行ったのだとすれば、物取りの可能性もないとは言えないが、財布は残っていたカードも現金もお札で三万円近くある、財布に手をつけていないということを示したのであれば、札を一枚と小銭を残してくるくらいでいいのではないか、それを思うと、三万円も残っていたのだから、物取りではないだろう。
 そうなると、殺害は怨恨によるものなのか、それとも、カバンが持ち去られたりしたとするならば、そのカバンに秘密があるのかのどちらかということになる。
 しかも。怨恨であるなら、確実に顔見知りということになり、いきなり知らない人からやられたという話は成り立たなくなってくる。
 そうやっていろいろと考えていくと、たくさん可能性が生まれ、それを取捨選択することで、真実に向かって絞られてくるのだろう。
 可能性が広がっていく分にはいいのだが、取捨選択を怒っていくうちに絞られてきてしまった情報の中で、肝心な真実が捨てられてしまうということは避けなければいけない。それが加算法から減算法への転換期で難しいところであった。
 さてこの事件の真実に関しては、意外と時間がかかるような思いを清水刑事も辰巳刑事も感じていた。
 まずは、最初のうちには、事実を積み重ねていくことが大切だと思っている。
 清水刑事は財布の中を見て、
「被害者は、鳥飼次郎というようだな」
 と運転免許証を取り出して見た。
 被害者と免許証の写真を見比べてみると本人に間違いなかった。
 財布の中を物色していると名刺も出てきた。
 会社名を、「サクセスフード」といった。部署は営業部のようである。
 辰巳刑事に、
「ここに電話して、鳥飼さんが殺害されたことを知らせてやってくれ」
 と清水刑事は言った。
 辰巳刑事は、清水刑事の言いつけ通り、サクセスフードへ連絡を入れ、
「会社から、署の方に向かってもらうように依頼しました」
 と辰巳刑事がいうと、
 鑑識が現場検証が終わるやいなや、遺体を署の方の死体霊安室に運ぶように指示した。
作品名:断捨離の果て 作家名:森本晃次