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断捨離の果て

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 この時は、怖いという感覚はもちろんあった。しかし、それ以上に好奇心が強かったのは紛れもない事実だろう。そんな好奇心は今までになかったはずだし、変に好奇心を持ってしまったことで、気持ちの中で、怖いと感じているものの正体を確かめなければ仕方がなくなっていた。
 それを好奇心というのだということを後から気付いたが、その時は素直な感覚だったに違いない。
 それは、前を向いても後ろを見ても、どちらにもいけない状態に似ていた。それは、本当に半分まで来ていて、前も後ろも同じ距離に見えたことで、頭の中が混乱している状態を作り出していることに違いはなかった。
 そこに転がっているものが、黒くて、鋭利ではないがドンがって見えるものが、真上を向いているということは分かっていた。その真下から、左側、つまり、垣根で隠された方向に向かって、何かが伸びているのを感じた。
「人間の足だ」
 ということにはすぐに気付いた。
 しかし、なぜそこに人が寝ているのか分からないだけに、そっちの方が怖かった。
 酔っ払いが酔って寝てしまったのかと思ったが、これだけの寒さの中では。このままなら凍死しないとも限らない。
 ただ、放っておくわけにもいかない。少しだけ考えた岸本だったが、とりあえず警察に連絡をするしかないと思った。ちょうど表に掲示板があり、照明もあったので、そこの端の方に、
「痴漢やひったくりに注意」
 というポスターが貼ってあり、警察署の電話番号が書かれていた。
 とにかく放っておくわけにはいかないと思った岸本はその電話番号にっ連絡をした。
「もしもし、こちらは駅前公園から連絡をしているものですが」
 と岸本がいうと、
「通報ですね。どうされました?」
「公園の花壇のようなところで人が倒れているようなんです。怖くて状況は見ていないんですが、この寒さの中放っておくわけにはいかないと思いますので、どなたが来てくれませんかね?」
 というと、
「分かりました。一番近い交番から人を向かわせます。お手数をおかけいたしますが、警官が到着するまで、その場にいていただけませんでしょうか?」
 と言われたが。警察に通報した時点で、それくらいのことが覚悟をしていたので、別にためらうことなく、
「分かりました」
 と答えた。
 十分くらいしてから警官がやってきたが。その間、岸本は、最初に見つけたところから、ずっとその足元の様子を見ていた。もし、目を覚まして起き上がったのであれば、それでよし、と思っていたのだが、ずっと見ている限り、まったく動く素振りはなかった。まるで凍り付いてしまったかのようなその様子に、岸本は次第に気持ち悪さを募らせていった。
 それは、それまでにまったく感じていなかった可能性ではなく、最初は。
「まさか」
 と思っていたことだが、時間が経つにつれて、次第にその思いが強くなっていった。
 その思いとは、
――まさか、死んでいるのではないだろうか?
 という思いであり、それは凍死などというレベルではなく、実際の殺人事件ではないかという感覚だった。
 自分が警察に連絡をしたのも、もしあのまま放っておいて、翌日になって死体が発見され、自分がその場を通報もせずに逃げたということを誰かに通報でもされれば、自分の立場が危うくなってしまうのは、火を見るよりも明らかだ。
 少なくとも一度は報告しておけば、第一発見者という立場にはいられることができる。
ミステリー小説などでは、
「第一発見者を疑え」
 という言葉があるが、それはあくまでも被害者と関係のある第一発見者の場合である。
 ここで自分に関係のある人が殺されている場面の第一発見者になるなどというのは、あまりにも確率的には低いものだろう。逃げ出すよりも、よほど第一発見者になる方がましである。
 警官が二人でやってきたが、
「通報をいただいた方ですね。倒れている人がいるというのはどちらですか?」
 と訊かれて、何も言わずに、指だけを刺した。
 本当なら声に出して言わなければいけないのだろうが、まったく身動きをしない相手に気持ち悪いという思いを抱いたのと、もう一つはあまりにも寒いので、唇が凍ってしまったかのように声を出せなかったのだ。
 声を出せば、まるで氷のようになった文字の塊りが口から出てくるという、まるでギャグマンガのような感じに思えたくらいだ。
 二人の刑事は、垣根の左右から、中腰でゆっくりと近づいていた。まるで森の中に潜んでいる熊でも恐れているかのようだった。
「大丈夫ですか?」
 と、頭の側も警官が声をかけるが返事はない。
 さすがにこれだけ寒い中、眠っているだけだとしても、声を出すことができないくらいに凍えているに違いないからだ。
 あと数歩で、男の身体全体が見えてくると思われたその瞬間、二人の警官は、ほぼ同じところで、やはり同じように、
「わっ」
 という声を出して後ろにたじろいだ。
「こ、これは」
 と言って。今度は走って垣根の向こうに駆け寄り、垣根の向こうで寝ている男を上から覗き込んでいるような体勢になっている。
 一人の警官が、胸からたすきにかかっている無線を手に持ち、通報しているようだった。相手は警察署なのだろうが、ハッキリとは聞こえなかったが、その様子が所々は聞き取れた。
「はい、殺人事件です」
 という言葉、
「胸を刺されています」
 という物騒な言葉が耳に飛び込んできた。
 どうしてそれだけ分かったのかというと、警官も興奮しているので、自然と肝心なところは声が大きくなるのだろう。だから、岸本にも聞こえたに違いない。
 岸本は、分かっていたとは言っても、最悪だった事態に、どうしていいのか分からず、警官の指示に従うしかないと思えた。
 そして、警察署から刑事や鑑識がやってくるまでの少しの間。今度は、三人で待つことになった。
「君は、どうしてこの道を通っていたんだい?」
「飲み会の帰りだったんですが、こっちが近道なので、自然と公園を抜けていこうと思ったんです。商店街もどっちにしても、適度な街灯しかついておらず。人通りもそんなにいないので、近道を通ろうという意識は別におかしなことではないんじゃないでしょうか?」
 と、岸本は答えた。
「なるほど、分かりました。ところであなたは、ここから前に進んで、向こうの人を一目でも見ましたか?」
「いいえ、見ていません」
「でも、まったく動いていなかったとはいえ、確認をしていれば、もし寝ているだけなら、救急車を呼ぶとかできたんじゃないですか?」
 と言われて、
「ええ、確かにそうかも知れませんが、完全に凍り付いている感じだったし、覗き込むのが怖かったから、警察に通報したんですよ」
 と言い訳をした。
 しかし、完全に言い訳でしかなかった。冷静になって考えると、自分のしたことを思い出して、後悔の念で、顔を挙げられないほどであった。
 相手が死んでいてくれたおかげで、大きな問題にならなかったが、見殺しにしてしまったのだとすると、どうしようもない後悔で、しばらく立ち直れなかったかも知れない。

              昭和レトロ
作品名:断捨離の果て 作家名:森本晃次