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断捨離の果て

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「ええ、だから、どちらの殺人にも細心の注意が必要になってくる。もし、自分が相手の殺してほしいと思っている相手を殺したその時には、相手には鉄壁のアリバイが成立していないといけない。だから、タイミングは完璧でなければいけないし、実行する時は、絶対に自分の犯行を示唆するような証拠は残してはいけない。それはもちろん、目撃されていてもいけないし、指紋が残っていてもいけない。それだけ、自分が殺意を持った相手を殺す場合の何倍も気を遣うし、計画も綿密にして、その通りに実行されなければいけない。これほど緊張する犯罪もないのではないでしょうか? しかも、自分はあくまでも実行犯であり、ロボットのようなもの。実行することにメリットは何もないそんな状況に耐えられるかどうかというのも、問題ですよね」
 と辰巳刑事は言った。
「うんうん、そこまでは考えなかった。ドラマを見ているそこまでは感じないものだもんな。シナリオを描く人や監督がどこまで交換殺人を意識しているかということが大切なことだが、ドラマというのは、二時間なら二時間という枠がある。その中で演じるのだから、きっとそういう心理的な部分を描くのは難しいのかも知れないな」
「でも、ドラマだからこそ、心理的な部分は綿密に描かないといけないと思うんですよ。交換殺人というのは、確かにそのまま演じれば、これほど機械的で静かな殺人もない。表に出てくる部分はそうでなければいけないからね。だから、解決編に至るまでは、静かに展開してもいいのだろうけど、いざ解決編に入り、犯罪の回想に入った時は、いかに犯人の心理を描くことができるかというのが、難しいのではないでしょうか?」
「やはり、ドラマで描くのにはどこかに限界があるんだろうか?」
「本だと、心理描写の開設はできるけど、ドラマではそうもいかない。そのあたりが難しいところだと私は思うと」
 と、清水刑事は言った。
「もう一つ、交換殺人では大切なことがあるんですが、この部分があるから、実際の犯罪ではありえないと僕は思っているんですよ」
 と、辰巳刑事が、
――いかにも核心―-
 とでも言いたげにニヤリと笑った。
 辰巳刑事というのは、プライベートなことを言う時や、ニヤリと笑いながら話す時は、相手が清水刑事であっても、いや、清水刑事だからこそ、敢えて自分のことを、
「僕」
 ということが多い。
 事件などで清水刑事と相対した時は、
「私」
 というのだが、そうなると、この私という言い回しも、どこか形式的に感じられると思うのは、清水刑事だけだろうか。
「伺おうか?」
 と辰巳刑事がいよいよ話したいことに入ってきたと思った清水刑事も、そう答えた。
 これも二人の間ではいつものことであり、普通に無意識の会話であった。
「交換殺人というのは、普通なら成功する確率というのは、この痕に話すとおりでですね、限りなくゼロに違いと思うんですよ。でもですね。成功すれば、これほどの完全犯罪はないと言えるのではないでしょうか?」
 と、辰巳刑事は言った。
「なるほど、確かに成功すれば、お互いに自分とはまったく関係のない人間を殺しているのだし、主犯の本人には完璧なアリバイがあるので、これ以上安心なことはないんですよね」
 と辰巳刑事がいうと、
「でも、ここでいうところの成功というのは、どういうことなのかね?」
 という清水刑事の漠然とした質問に、最初は言葉の意味を察しかねていた辰巳刑事だが、すぐに理解したかのように、
「そうですね。何をもって成功というかですね。今から二十年くらい前までは、時効というのがありましたので、十五年犯罪が露呈しなければ、いくらその後露呈しようが、罪に問われることはない。でも、今は殺人事件のような凶悪犯には、時効はないんですよ。それを考えると、いつ犯罪が露呈しないとも限らない。それを絶えず考えながら生きなければならない。そうなると、死ぬまで決して安心できないということになる。十五年でも大変なのに、本当に耐えられるかどうかということですよね?」
「ああ、そういうことなんだ。いくら、冷静沈着に機械のように完全犯罪を成し遂げたとしても、精神的にどれだけ維持できるかが問題なんだよな」
 と、清水刑事はしみじみとそういった。
「しかも、交換殺人なのだから、相手が必ずあることですからね。自分だけの精神状態の問題ではない。むしろ相手がおじけづいて、自首でもしようものなら、こっちも罪になってしまう。相手が自首する覚悟を決めてしまうと、一蓮托生の自分も終わりになってしまうことは一目瞭然ですからね。そこまでどんなに完璧な犯罪であっても、あっという間にあっけなく犯罪は幕を閉じることになるわけですよ。これほど、情けないものはないと、見ている方も感じるかも知れませんね。下手をすると犯人に同情したりなんかしてですね。そんな犯罪って、考えただけでもありえませんよね」
 と辰巳刑事は苦笑いをしながら言った。
 これほどの複雑な笑いを見たことがないと清水刑事も思った。心底笑おうとしているのに、どうしても笑うことができない。そんな雰囲気である。
「そのあたりも、確かに実際の犯罪にはあり得ないところなんだろうね」
「そうなんですよ。肝心なところは、それぞれの犯人がお互いを少しでも知っているということを誰にも知られないことが大切なんですよ。交換殺人が実際に行われてしまうと問題になってくるのは、当然動機ということになる。誰が被害者に死んでもらうことで助かるのか、あるいは利益を得るのか、そのあたりから捜査は始まりますよね」
 自分たちは捜査のプロだという意識の元に話をしている辰巳刑事だった。
 辰巳刑事は話を続ける。
「そして次に被害者や容疑者のまわりとの関係を探ることになる。その中に、同じように誰かに対して殺人の動機を持っている人がいて、その人の動機を持った相手が同じように殺されていると分かればどうだろう? ただの偶然として考えるだろうか。確かにありえないという考えの中でも、一応捜査の基本として、疑わしいことはすべて調査するという考えがあるだけに、一応は調べるでしょう。そうなった時、お互いに相手のアリバイは完璧すぎると却って、怪しいと思う人もいるかも知れない。だからそう思わせないようにするには、絶対に二人の関係を知られてはいけないんですよ」
「なるほど」
「それとですね。自分が殺しを行っている時、相手は完璧なアリバイを得る必要がある。だから、交換殺人は絶対に同じタイミングではできないと言えるんですよね。しかも、二人の関係を知られてはいけないという理由から、この二つの殺人が絡んでいるということも絶対に知られてはいけない。それぞれが単独犯でなければいけないという条件もここに加わってきます」
 と辰巳刑事がいうと、
「うんうん」
 と頷きながら、清水刑事も少し前のめりになっているようだ。
 それだけ辰巳刑事の話が核心に近づいていることが分かっているからであった。
作品名:断捨離の果て 作家名:森本晃次