断捨離の果て
「確かにそれはあるかも知れませんが。私の中ではそれは考えにくいんです。二重人格というのは、自分という一つの人間の中に二つあるいはそれ以上の性格があることですよね? その場合には。一人の自分が表に出ている時は、もう一人の自分は隠れている。一人の人間である以上、一緒に表に出ることはできないんですよね。しかも、隠れている方は意識がない。まるで夢を見ているかのような感覚なんじゃないでしょうか? そうなると、自分の部屋だって一つじゃないですか。もし自分が二重人格だということを知らなければ、自分の部屋にまったく興味のないものが置いてあるわけだから、なぜだろうって思うはずですよね。だから、そこで自分が二重人格だと知るんじゃないかと思うんです。でも、彼は死ぬ前に断捨離を行ったんですよね。うーん」
と言って、少し黙ってしまった。
「どうしたんだい?」
と清水刑事が聞くと、
「今、二重人格は考えにくいと言いましたが、ちょっと前言撤回させてください。さっきの部屋が殺風景だったのが断捨離だったとすれば、それはきっと彼が断捨離をする前に自分の興味がないと思っていたことに対してのものが部屋にあったことで、いろいろと考えたんだと思います。何しろ自分が意識していないのに、モノがたくさんあるわけですからね。そこで、彼は初めて自分が二重人格であるということに気付いたんじゃないでしょうか? そして、どちらかの自分はもう一方の自分の存在を認めたくないと感じた。だから断捨離を行ったんじゃないのかな? と思うんですよ」
と辰巳刑事は言った。
「うーん、好きなことには異常なまでの興味を示す人って、ひょっとすると二重人格が多いのかも知れないな。しかも、ジキルとハイド的な極端な二重人格であり、それを悟ると、もう一人の自分の存在を否定したくて仕方がない心境に陥る。そこで共存というのはできないものなのだろうか?」
と清水刑事がいうと、
「それは難しいと思います。好きなことだけに興味を示す人は、多分、自分には興味がないんですよ。自分に興味を持ち始めると、どんどん興味は深まっていって、他に目移りなんかしなくなる。だから自己愛の強い人というのは、あまり奇抜な考えや、人の意見をあまり聞かない人が多いような気がする。もちろん、私の勝手な意見ですが、一応経験に基づいたものですけどね。とにかく鳥飼のように、自分の好きなものには徹底的に研究しようとする人は、ある意味自己愛の強いと思うんですよ。だから、鳥飼の自己愛というのが、他の人のいう自己愛とは別のものではないかとも思うんです。いろいろ考えていくと、世間で言われているように、二重人格をあまりよくいう人って少ないですが、私は悪いことではないような気がするんです。ただ、ウケ止めてくれる人が少ない。それは、コロコロ話も性格も変わるので、捉えどころがなく、自分の常識では計れないところがあるからなじゃないでしょうか?」
と辰巳刑事は考えた。
「私はあまり二重人格の人を知らないので、どうも勝手に毛嫌いしていまっていて。少し反省気味なんだが、辰巳君にはどうやらよく分かるようだね?」
と、清水刑事は言った。
「ええ、自分が二重人格ではないかと思って、いろいろ調べてみたり、知り合いの医者に訊いてみたりしたことがあったくらいなんですよ。大学時代などは、心理学的な話に医学の話を織り交ぜるようにして、よく旅行に行って、こういう話をしたこともありましたよ。私の友達には医者を目指している人間も、心理学を研究しているやつもいましたからね」
と辰巳刑事が言った。
「心理学というとまた難しそうな気がするけどね」
と清水刑事がいうと、
「心理学も深層心理を考えれば、一つの物語を形成できるくらいの厚みのあるものですからね。何とか症候群だったり。何とか効果などという言葉がたくさんあるでしょう? それだけ心理学というのは、広く深いものなんだって思っていますよ」
「じゃあ、二重人格などというのも、心理学に属すると思っていいのかな?」
「もちろん、そうですよ。ただ心理学での研究は、統計的に見て、誰もが陥るような性格と、それ以外の誰もが持っている潜んでいるような性格を浮き彫りにするところがあるんですよ。それが、何とか症候群だったり、何とか効果と言われるものですね」
と辰巳刑事がいうと、
「中には、こじつけのようなものもあるんじゃないのかな?」
「それはあるでしょう。誰もが持っているようなことを、少し違って解釈すれば、それは同じであっても、別の心理になる。それが一種の症候群と呼ばれるものなんですからね」
「じゃあ、すべての心理は、何とか症候群や、何とか効果で言い表せるんじゃないのか?」
「ちょっと荒っぽい発想ですが、あると思います」
と、辰巳は苦笑いをしながら答えた。
辰巳刑事は、清水刑事がどこまで理解して質問を浴びせているのか考えていた。明らかに分かり切っていることをわざと質問として投げかけているのは、辰巳刑事を試しているからであろうか。
「心理学というのは。どうも大学の時に、理屈っぽいと考えていたやつがいて、親友だったんだが、心理学のために喧嘩をして、しばらく口を利かなかったことがあったんだが、彼はしばらくして病気で死んだんだ。何か辻褄も合わないことを口走ると思ったら、どうも脳の病気だったようで、それを知ったのは、死んでからだった、親友であった俺がきづいてやれなかったんだな。それから、別に心理学が悪いわけではないのに、心理学を悪者にすることで、私は、その友たちに対しての自戒の念を払いのけようとしたんだ。だが、できなかった。きっと心理学を好きだった友達をも否定することになるって分からなかったからなんだろうな」
と清水刑事はしみじみと語った。
「それはそうでしょう。でも、清水さんは、そんなに自虐することはないんですよ。そのお友達は、清水さんとお話できてよかったと思っていると感じます。相手が何を考えているかなど、しょせん誰にも分からないんですよ。だから、まわりに分かってほしいと思うし、自分も人を分かろうと思う。それはどこまで行っても、自分のためなんですよ。それは限界という意味ではなく、限界を作らないようにするために、どんどん伸びている証拠ではないでしょうか。そう思うと、私は清水刑事が、今苦しんでいる姿を見ていられないと思う反面、清水さんの中にもう一人誰かがいて、覚醒しようとしているように感じるんです。人間、必ず自分の中にもう一人が潜んでいるというのも、僕の考えだったりするんですよ」
と辰巳刑事は言った。
「二重人格を心理学に照らして考えるのが、怖いような気がするんだよ」
と清水刑事がいうと、