断捨離の果て
なぜなら、そこには大きな妄想が書かれていて、読んでいるうちに、激しい苛立ちに襲われ、思わず歯ぎしりしてしまいそうになった。妄想の相手は誰というわけではなく、そこに書かれている淫靡な内容であったり、変質的な内容は、まるで猟奇殺人を描いた小説を、オカルト風にアレンジでもしているかのようだった。
だが、猟奇殺人をオカルト風に描くと、お互いにどこかでその強さを打ち消し合うところがあり、その存在が、次第に憔悴へと変わってくる。
焦りと猟奇の果てには何が待っているというのだろう?
そんなことを感じさせるその日記は、妄想だけで作られているものではないような異様な雰囲気を醸し出している。
オカルトが、都市伝説的な発想であれば、この日記は、都市伝説の宝庫だと言えよう。しっかり調べられている内容もあるが、何よりもその説得力に偉大さが感じられる。石ころの発想もその中に含まれているのかも知れない。
鳥飼の性格を彼の部屋から探ることはもちろん、聞き込みなどで得られるわけもなかった。そもそも聞き込みがうまくいかないだろうとは想像していたが、ここまで部屋の方が殺風景だとは思ってもいなかった。一体、鳥飼という男は何を考えていたのだろう?
「ここまで分からないと、思い切って奇抜な発想も許されるんじゃないですか?」
と辰巳刑事は言った。
「奇抜な想像とは?」
「例えばですね。やつは、実際に自分が殺されるということを予見していたのではないかという思いも成り立つ気がするんですよ。しかも。自分が死ぬと分かっていても、それを誰にも慌てて見せることはしない。普通なら、自分が死ぬと分かっているとすれば、慌てるか、人の苗から姿を消そうとするか、あるいは誰にも信じてもらえないと分かっていても、一縷の望みを掛けて、必死に訴えるかすると思うんですよね。まあ必死に訴えたとしても、だから命が助か戸などということはないんでしょうが、何もしないでこのまま終わるのは、誰だって嫌でしょう。でも、この鳥飼という男は、慌てることもなく、いつも普段と変わらない。それがまわりを不気味にさせて。やつに対して。これ以上のおかしなやつは存在しないと思わせられるのではないか。そう思うと、彼のこの世での存在自体が虚空であり、実際にあの世と行ったり来たりしている存在だと言われても、違和感を感じることはない」
というのだった。
「予見というのは、斬新な発想だね。でも、私もその発想は最初から持っていたんだよ。彼だったらありえないことではないというようなね」
と清水刑事は言った。
辰巳刑事の返事がなかったので、清水刑事が続けた。
「今まで、私が警察に入ってからいろいろな被害者を見てきたが、被害者の中でここまでまわりから不思議な感覚の人間に思われている人はいなかったような気がする。その感覚はそのまま犯人のものであり、結果として生まれた殺害の根拠が、不思議な感覚を司り、育んできたんであろうね。でも、被害者は、そこまで不思議な力を持っているかのように見えるのに、こうもやすやすと殺されたのだろうか? やはり君がいうように、やつは殺されるということが分かっていたということではないだろうか?」
と続けた。
「被害者だって、一歩間違えれば、犯人になっていたという事件も結構あったような気がしますね。ちょっと相手の方が早かったというだけで、先に殺されてしまった。それは相手に殺される前に、こっちが先に葬るというようなもので、目には目を、歯には歯をとでもいうのではないでしょうか?」
と辰巳刑事は言った。
「そうだな、お互いに殺し合うなんて話もあったような気がする。あるいは、まったく見えていない殺人がウラであり、結局皆が殺し合ったことで、犯人はおろか、重要人物が皆死んでしまったということもあったな」
と清水刑事は回想していた。
「殺し合いというのも壮絶でしたよね。完全に時間との闘いだったんだけど、結局お互いに死んでしまったので、どっちが勝ったのか分からなかったですめ。先に死んだ方が負けだというそんな単純な発想でいいのだろうか」
と辰巳刑事は言った。
「あの事件は動機が錯綜していて、お互いに自分が殺されると思っていて。それこそ、殺さなければ殺されるという発想であり、欲望というよりも、自分が助かりたい一心で、猟奇的な殺人になるのも無理もないことなのかも知れないな:
というのが、清水刑事の意見だった。
「私は、ちょっと怖い発想をしているんですけどね?」
と言って少し真剣な面持ちで、顔色がさえない辰巳刑事を見ていると、
――彼が何を言いたいのか分かったような気がする――
と感じた清水刑事だったが、
「どういうことだい?」
と聞いて、まずは辰巳刑事がどのようにその思いを話すか見てみたかったのだ。
「実は、今回の時間、一人殺されただけでは済まない気がするんです。しかも、ただの連続殺人ではないという予感がするのは、鳥飼という男のことを調べていくにしたがって感じる、後ろに蠢く猟奇的なものを感じたからなのかも知れません」
と言いながら震えている。
――そんなことだろうと思った――
と感じた清水刑事だったが、彼も唇が紫がかっていて、さっきから震えが止まらなくなっていることに気付いていた。
「自分でも嫌な感覚ですね」
と辰巳刑事は最後に付け加えた。
「鳥飼の部屋を見て、少し気になったことがあったんですけどね?」
と、辰巳刑事が口を開いた。
「どんなことだい?」
「松本先生という医者と鳥飼がよく話をしていたと喫茶店で訊いた時、後から来た男性が言っていた言葉を一つ思い出したんですよ」
と歩きながら握りこぶしを作って、顎の下に置いた。
「ん?」
「その男がいうには、鳥飼は医学にも興味を示していて、時々、松本先生から医学書を借りていたと言っていたでしょう?」
「ああ、そんなことを言っていたかな?」
「で、その時に、一冊借りては返す時に、今度はまた新しいのを借りるほどの興味深さを示していたというんです。ということは、一冊くらいは医学書があったもよかったんじゃないですか? 鳥飼の家にですね。それなのに、ほとんど本らしい本もなかったように見えたのが、どうも変な気がしたんですよ。もし、さっき喫茶店であの話を訊いていなければ、ほとんど何も感じることはなかったんですけどね。ただ気になったのは、彼が自分の興味を持ったことだけは、執念深く研究するという話だったのに、実際に主のいなくなった部屋は、そんな彼とはかけ離れた雰囲気があり。とても同じ人だとは思えないところがある。断捨離のように何もなかったのもその印象を当たられて仕方がないと思うし、そう思うと、どちらが本当の彼なのかって思いますよね」
というと、
「二重人格ということは考えられないかね?」
と清水刑事がいうと、