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断捨離の果て

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「診察は七時までですので、それ以降であればお話は伺えるということでしたが、その時でよろしいでしょうか?」
 と言われたので、最初から想定していた返事そのままだったので、迷うことなく、
「分かりました。その時にまた声を掛けさせていただきます」
 と言って、病院を出た。
 二人の刑事は、二時間という中途半端な時間帯を、その場所から十五分ほどのところにある被害者である鳥飼の自宅に向かうことにした。
 鳥飼の自宅や、近所への聞き込みは他の刑事が行っていて、その時の情報として、真新しいものは何も発見されなかった。
 鳥飼はm学校を出てから一人暮らし。友達がいるという話も近所や会社の同僚からも聞かれることはなかったので、基本的には孤独な性格なのだろう。会社でも目立たないタイプだということであったが、気になったのは、興味を持ったことに対しては、かなりの研究熱心だったということだ。
 それだけを聞くと、何やらオタクっぽく聞こえてくる。本当のヲタクは、アニメだったりアイドルに現を抜かすのだろうが、鳥飼のうつつは、その時々でいろいろ違っているようだ。
 しかし、辰巳刑事の中では、基本的にヲタクと変わりはないと思っている。いわゆる、
「ヲタク気質」
 と呼べるのではないかと思っている。
 鳥飼の部屋に入ってみた。一応現状保存をするという意味で、管理人にも、少しの間その部屋に手を出さないでほしいとお願いをしていた。その部屋で直接人が死んだというわけではないが、住人が殺されたともなると、管理人もあまり気持ちのいいものではない。少なくとも、四十九日なでは、最初から何もしない予定ではあった。
 実はまだ、鳥飼の住んでいた部屋に足を踏み入れたことのなかった二人は、この機会にいってみることにした。一度は他の捜査員が見ているので、後から自分たちが改めて入るのは少し気が引けたが、
「これも捜査のため」
 ということで、どんな発見があるとも限らない。
 そう思うと、自然と足が向く二人だった。
 この時の二人は、
「鳥飼の部屋に行ってみるか」
 という一言をどちらからも言ったわけではない。
 以心伝心というものだろうか、ただ、辰巳刑事と清水刑事の間であれば、それくらいのことは今までも日常茶飯事であった。
 鳥飼の部屋は、マンションというよりも、二階建てのコーポのようなところで、独身の一人暮らしとしては、ちょうどいいのかも知れない。
 間取りは一LDKの部屋で、リビングは八畳くらいの広さがあり、一人暮らしとしては十分な広さだった。
 だが、その割には部屋は質素なものだった。極端にいえば、何も置いていないと言ってもいいくらいで、広く感じたのはそのせいかも知れない。
 まったく何もない人も住んでいない部屋であれば、非常に狭く感じるだろう。そしてモノがたくさんありすぎても、狭く感じられる。中途半端なくらいが部屋を一番広く感じさせるのだが、鳥飼という男は果たして最初から何もない生活をしていたのか、それとも、ある日何かに思い立って、思い切った断捨離でも行ったのか、とにかく、殺風景と言っていいほどの何もない状態が、ある意味、この間取りの部屋を一番広く感じさせるのかも知れない。
「部屋を広く感じさせるつもりで、これだけの荷物しかないんだろうか?」
 と清水刑事は言ったが。
「ええ、私も同じことを考えていました。部屋を広く感じさせるのが目的か、それとも引っ越しでも考えていて、そのために、いつも荷物を揃えないようにしていたのかのどちらかだと思ってですね」
「というと?」
「マンションではなく、コーポというと、それだけ引っ越しには身動きがとりやすいもののような気もするし、彼は興味を示したことにはとことん一生懸命だという証言もあったじゃないですか。そんな鳥飼にとって、引っ越しは彼の中のトレンドではないかと思えるんですよ。つまり日常生活の中の一つのリズムのような、常習性のあるものだというような考え方ですね」
「なるほど」
「それにですね。私が思うに、かなり何も揃っていないかのように見えるこの部屋でも、対になるようなものはちゃんと揃っているんですよ。だから、もし断捨離をしていたとしても、考えながらやったはずです。でも、彼の性格から考えて。断捨離は何か違う気がするので、最初からこんなものではなかったのかと思うんですよ」
「というとどういうことになるのかな?」
「彼のこの部屋を見て、何もないからと言って、几帳面だというイメージとは違う気がするんですよ。あくまでも、彼にとって何か大切なものを浮き立たせるもの、それを演じさせる部屋になっている思惑は感じるんですが。肝心の、その大切なものが何なのかということは、私には分からないんです」
 と辰巳刑事はいうと、
「なるほど、そのあたりは、捜査資料には書かれていなかったね。最初に見た人がどこまで感じたのかということになるね。ただ、今の話を訊いている分には、この感情を文字にするのは難しい気がするんだよ。だから、捜査資料になかっただけで、この部屋に入ってきた人は、皆最初同じことを感じるような気がするのは、私だけだろうか?」
 という清水刑事に。
「いえいえ、そんなことはないと思います。清水刑事も、この部屋に入って同じことを感じたと私も思いましたからね。何か魔法のようなものを感じさせる部屋であるような気がしますね」
 と辰巳刑事が言った。
「でも、その魔法が今度の事件に関係があるかないかは、難しい気がするね」
「そうでしょうか? ただ事件と関係のないところで、被害者の性格的なものを考えた時、小部屋の雰囲気は実に参考になりそうなものではないでしょうか? 性格が丸見えというわけではないでしょうが、鳥飼という男の本質に迫れそうな気はしています」
「ということは、鳥飼という男性は分かりやすい性格だと言えるのだろうか?」
 と清水刑事が聞くと、
「いえ、逆に分かりにくいのかも知れません。それはきっと本人がそれを意図してまわりと付き合っているような気がするんですよ。しかも、彼はまわりに自分のことを分かってほしいとは思っておらず、一部の人間にだけ分かってもらえれば、他の人はどうでもいいというくらいに徹底した人間づきあいではなかったかということは、主のいなくなったこの部屋が教えてくれているような気がするんです」
 と辰巳刑事はしみじみと語った。
「辰巳刑事はどこか叙情的だね?」
 と言われ、清水刑事がどんなつもりで言ったのか分からなかったが、辰巳刑事はそれを聞いて照れ笑いをしていた。
 それを見ると、そこまでのつもりはなかったので、普段自分を誇張しない辰巳刑事が珍しく見せた誇張状態に、新鮮なものを感じた清水刑事であった。
 清水刑事が彼の部屋で一番興味を持ったのは、本棚だった。
 少々大きな本棚であったが、本は半分も埋まっていない。
 これから埋めるつもりだったのか、一種の断捨離の一部のつもりなのか、考えてみたが、本棚に綺麗に整理された本たちを見ていると、廃棄したり、古本屋に売りさばくようなことはないような感覚を覚えたが。どうやら、その感覚に間違いはないようだった。
作品名:断捨離の果て 作家名:森本晃次