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短編集113(過去作品)

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 これでは苛めたくなるのも分からなくはない。しかも、相手の気持ちが変わりかけていることに気付かないのも何と思慮の浅いことだろう。愛kはどれほど面と向って言ってやりたかったか分からない。
 そしてしばらくすると、完全にともやを放っておくようになった。
 それもともやのそばには次郎がいることが分かっていたからだ。
「次郎君が何とかしてくれるわ」
 という思いが強く、ともやから離れても罪悪感を感じることはなかった。
「それにしても、どうしてあの時に助けたりしたのかしら?」
 あの時助けなければ、これほど中途半端な気持ちにならなかっただろう。もし、あの時に優越感に浸っていればどうなったかということも考えてみたりした。優越感に浸っていれば、きっと自分がともやを奴隷のようにこき使っていたかも知れないとも感じる。それでは助けたことの意味がなくなってしまう。
 そこまで分かっていたのに、この結末を予想できなかったのも辛い。だが、もしあの時に見て見ぬふりだけはできなかった。それができるくらいなら、ともやに対して優越感に浸ることを憂慮したりはしなかっただろう。そう思うと、自分の中で生じた矛盾に憤りさえ感じてしまう。
 それからしばらくして次郎と話をする機会があった。
「永瀬さんがともやを助けてくれた時は嬉しかったです。ありがとう」
 屈託のない顔は、すでに大人の風格を感じさせるものだった。
「いいえ、でもどうして今になってその話をするんですか?」
 二人は高校生になっていた。愛子はその頃になると、身長もまわりから見て目立たなくなった。成長が止まったというわけではないが、まわりが愛子に追いついてきたのである。
「ずっと愛子を見上げながら学生生活を送っていくと思っていたわ」
 と言っていた同級生がいたが、彼女の言葉を聞くまで、皆が自分に追いついてきた自覚がなかった。
「考えてみれば、見下ろすことがなくなってきたわ」
 と思い始めたのだが、確かに見上げていたのが同じ視線になる方が、見下ろしていたのが同じ視線になるよりもインパクトが強いものなのだ。
 次郎も、小学生の頃は見下ろしていたのだが、高校生になった次郎はバスケット部のエースで、男性の中でも特筆するほどの身長の高さになっていた。愛子が見上げる相手である。
 だが、見上げることにそれほどの違和感はない。見下ろされていても、違和感がないのは、まるで以前から見下ろされていたような錯覚があったからだ。それは身長の問題ではなく、次郎という男の子の存在自体が、愛子にとって見下ろされていると感じられたからかも知れない。
 ともやのことだけではなかった。次郎には意識していないつもりでも、どこか気にしているところがあった。もっともやはりともやのことが一番大きいのだろうが、どちらかというと、次郎に対してのイメージは、
――どこか分かりにくい人――
 というものだった。
 どこが分かりにくいのかというと、自分が小学生の頃から男性的なところがあると思っていたところに原因があるのではないか。ともやを助けるくらいの男意気があるのだから、逆に苛めている男たちの方がよほど女々しいと感じていた。そんな時でも次郎はいつも冷静で、苛められているともやを助ける時も冷静だった。
 考えてみれば中学になってから冷静で現実的なことに目を向けるようになった愛子の性格は、その時に見ていた次郎の性格に近づいたのではないかと思えたからだ。
 どうしても意識して見てしまう人に似てくるのは仕方がないことだが、愛子はそれが次郎であればいいと思った。むしろ次郎であることがありがたいとさえ思った。
 それでもどうして次郎と話をすることがなかったのか不思議だった。
 話をする機会がなかったというのが一番の理由だが、本当にそれだけだったのだろうか?
 中学時代というのは、今から思い出すと一番意識が飛んでいる時代であった。小学生の六年間、長かったように思っていても実際に思い出すとそれほどでもない。
――では中学時代――
 と思い、思い出そうとすると、今度は三年間である。高校時代がつい最近のように思えて、小学生の頃がかなり昔に思えるのだから、本当であれば中学時代が長く感じられるのだろうが、実際に中学時代の三年間は、
「本当に短かったな」
 という思いだけが残っている。
 この矛盾した心理は、やはり成長期の意識のなさがもたらすものなのかも知れない。
 中学時代は、冷静で現実的なものを見つめる時代であった。それだけに自分にとって希薄な時代であった。暗黒の時代であったという言い方も決して大袈裟なものではないと自覚している。
「だから、高校になってから初めて次郎さんとお話をしたのかしら」
 今から思えばそう感じられて仕方がない。
 高校時代になれば、次第に男性を意識するようになる。もっとも男性の方が女性を意識するのは露骨だったので、
「見られている」
 という思いが強かったため、あまり露骨な態度は取れなかった。それだけに息苦しいこともあったが、男性を意識すること自体は嫌なことではなかった。ある意味心地よささえ感じるほどであった。
「大人になった証拠だもんね」
 女の子同士の会話の中にもそんな言葉が出てきた。
 高校時代になると、男っぽかった性格もなりを潜め、自分でも可愛いと思える性格になっていった。
 男の子からは好かれるタイプだったかも知れない。
 何しろ高校になるまでの愛子を知っている人は、その変わりようにビックリしているだろう。
 考えてみれば、男っぽさのあった女性が急に大人の女性に変わっていくのだから、男性にとっては、ドキッとするかも知れない。まったく知らない女性と出合ったような新鮮さを感じてくれているのだと思っていた。
 男性から告白されることもあった。
 今までであれば、それほど意識しなかったはずなのに、告白してきた男性に対し、
「この人は相当の覚悟を持ってきてくれたんだわ」
 と思うようになっていた。
 自分の心が広くなってきた証拠である。
「相手のことを思いやることができるようになったら、大人になった証拠ね」
 母親が中学に入学する愛子に話してくれたことだった。愛子はその時には、
「そんなものなのかしらね」
 と自分にとって現実味のない話であれば、右から左へ聞き流すことが多かったが、決して言葉を忘れているわけではなかった。聞き流しているつもりでも記憶の奥にちゃんと残しているのだ。
 それがふとした瞬間に思い出される快感、今までにも何度あったことだろう。特に母親の言葉には重みがあった。いくつも記憶の奥にあるものだった。
 母親は、愛子が小学生の頃、夜のバイトをしていた。父親が単身赴任で二重生活をしているせいで、どうしても生活を助けるためには仕方がなかったことだったが、それを母親は卑屈に思うことはなかった。
 もし、卑屈に感じているような母親の言葉であれば、記憶の奥に残していることはなかったかも知れない。子供心に母親の存在を大きなものと感じ、それなりに尊敬もしていたことだろう。
作品名:短編集113(過去作品) 作家名:森本晃次