短編集113(過去作品)
悪意のない二重人格
悪意のない二重人格
二重人格というのは、まったく違う性格が一人の人間に宿っていることをいう場合が多いだろう。だが、実際には本当にまったく違う人間ばかりであろうか。そんなことを考える人も少なくないだろう。
ジキル博士とハイド氏のように、悪魔と天使が共存している人を二重人格と言っている場合が多いが、それだけではない。
――長所は短所と紙一重――
と言われることが多いが、長所と短所がまったく違っていればそれだけでも二重人格に見えてしまう。逆に普通に暮らしている人であっても、相手によって性格が変わる人もいる。変えなければ付き合っていけないような相手もいるからだ。
相手も同じことを考えているかも知れない。
「この人とは適当に付き合っていけばいいんだ」
と思えば、口数が増えることもないし、相手の話に適当に相槌を打つだけの場合もある。それこそ無責任ではないか。
かといって、あまり真剣に考えて、相手に意見しても、
「それくらいのことは自分も考えているよ」
といなされれば、一生懸命に考えたことを情けなく思えてくることだろう。
永瀬愛子は、自分も二重人格だと思っている。自分が二重人格だと思っているということを話せる人もいるが、その人に信頼を置いているわけではない。なぜならば、
「人は誰でも二重人格だと思うの」
という話をして、その話に同じ思いを抱いてくれる人にであれば、二重人格だと思われても別に構わないと思っているからだ。
二重人格といってもいろいろな性格がある。中には騙されたと感じる人もいるだろう。大人気ないとさえ思える関係にウンザリしている人の話を聞いたこともあるが、自分には関係ないと思っていた。学生時代の頃のことである。
愛子も、そろそろ三十歳が近くなってきた。
結婚という言葉を意識しないわけではないが、結婚すれば幸せになれると思っていたのは小学生の頃までだった。中学に入ってからというもの、急に現実味を帯びた考えをするようになって、クラスの男の子たちから、
「男みたいな考えをしているな」
と言われたこともあった。
「そうよ。悪い?」
悪びれていたが、内心では少なからずショックだった。発育が他の女の子よりも早熟だったからかも知れない。身体も小学生の女の子にしては大きな方だった。小学生くらいであれば、男の子よりも女の子の方が成長が早かったりする。クラスの中でも一番背が高かったくらいではないだろうか。
胸の膨らみも他の女の子よりも目立っていた。何度男の子に触られたことだろう。
「エッチ」
と、言ってはいたが、女の子として見てくれていると思うと嫌ではなかった。小学生の頃はそれでも、
「夢見る少女」
だったのである。
白馬に乗った王子様が、必ず目の前に現われるというような物語を自分にシンクロさせて、そんな夢を見たいと思っていた頃があった。
夢に見るだけでよかった。子供が急に大人になれるわけではないが、いずれ大人になるのは決まりきっている事実なので、それまでは夢で見るしかない。だが、大人になれば現実になることだと思って疑わなかった。愛子の小学生時代は、そんな女の子だったのだ。
メルヘンチックな自分に酔っていたと言ってもいい。寄っている時の自分がいじらしく、少女の気持ちをずっと持ち続けていたいと思っていたのも事実である。
中学に入って急に我に返ったように現実的になったのはなぜだったのだろう。今から思えば一人の男の子を好きになったからかも知れない。
「普通男の子を好きになれば、もっと気持ちがウキウキしてくるものじゃないの?」
と言われたが、愛子の場合は、現実味を帯びた考えをするようになった。
好きになった男の子は、これと言って目立つところのない男の子だった。
小学校の頃から同じクラスになったこともあったが、話をしたことすらなく、意識したこともなかった。
ともや君と言ったっけ。今でも思い出す時がある。
いつもオドオドしていて、女の子を見る目と男の子を見る目が違っていた。物静かな性格のためか、苛めの対象にもなっていて、小学生の頃は苛めを受けていたようだ。
そんな苛めの瞬間を見た愛子は、
「やめなさい。何よ、あんたたち」
さすがに身体が大きくて迫力のある愛子に言われたので、苛めていた男の子たちは、おずおずと引き下がった。愛子にとっては、
「ざまあみろ」
と言いたいくらいで、思わず正義感に自己陶酔してしまったくらいだ。
助けた相手は、まだオドオドとしている。
「あ、ありがとう」
と一言言って、その場をすぐに立ち去った。愛子にしてみれば、本当はもう少し話してみたい気がしたが、冷静に考えると、その時に話さなくてよかった。その時の愛子は完全に優越感に浸っていて、ともやは劣等感の固まりだったに違いない。そんな時に話をしても対等で話ができるはずもなく、彼を違った意識でしか見ることができなかったはずだからである。
その時はそのままで、次第に彼を意識の外に置くようになっていた。
身体の大きな女の子は、小学校を卒業する頃には自分の身体がコンプレックスに感じるようになっていた。
身体の成長に精神面が追いついていなかったからで、小学校を卒業する頃にやっと、精神的にも恥じらいのようなものを感じるようになっていた。
小学生の頃は、身体の大きさを、
「自分は男の子のようだ」
と思っていた。女の子として生まれたけど、実際は男の子なのかも知れないとさえ思っていたほどで、そのことを悩んだりはしなかった。
好きな男の子がいるわけでもない。それよりもか弱い女の子を守ってあげたいという気持ちの方が強かった。
女の子を苛める男の子に対して敵意むき出しだったからである。
男の子が男の子を苛めているところにはあまり興味がなかった。見て見ぬふりをしていたと言ってもいいくらいだが、あの時どうしてともやを助けようと思ったのか、自分でも分からなかった。
ただ、自分の中で何かが変わり始めていたとすれば、ともやを助けたあの時からだったに違いない。
「自分の中にもう一人自分がいるんだ」
と感じるようになっていたのだ。
ともやにも一人だけ友達がいた。
それが清水次郎という男の子だったが、彼はいつもともやのそばにいた。一度愛子がともやを助けた時があったが、それはちょうど次郎が駆けつけられない時であった。
そんな時をまわりも狙っていたようだ。卑屈なまわりの狙いに、愛子もさすがに腹が立った。だが、初めてともやを助けたことで、自分が英雄にでもなったかのような錯覚を覚えた。しかもその感覚がしばらく続いた。
ともやは頼ってくる。最初は、自分が助けた相手に対して、まるで主従関係のように思え、優越感に満ちていた。面と向って話さないのは、本当に優越感が自分の中を支配するのが怖かったからだ。
だが、次第にそれも億劫になってくる。頼ってくる相手を見ていると、苛められる理由が分からなくもないからだ。
「まるで女の腐ったような性格だわ」
作品名:短編集113(過去作品) 作家名:森本晃次