短編集113(過去作品)
という言葉があるが、見えないものが見えてくると、それが焦りに繋がり、自分の世界を狭めていく。額に脂汗を掻くようになり、今まで気にしていなかったまわりを気にし始める。その時には、すでに自分への必要以上の興味を抱いて好奇の目をしているまわりから見つめられているのだった。それが苦痛なのである。
そこまで来ると、すでに他人を気にしている場合ではない。まわりをなるべく意識しないようにして、絶えず自分だけを見つめるという極端な内向的な性格になってしまっていた。
それが研修センターでの最初の半分だった。
就職してから大学時代とのギャップに悩む、
「五月病」
と言われるものがあるが、それに近いものだった。まわりから見れば鬱病のようなものだったに違いない。だが、場所は研修センター、誰もが寡黙で、同じような表情をして、黙々と勉強していた。ある意味、何を考えているか分からない雰囲気でもある。
五月病が入社してすぐの段階であり、しかも研修センター前半であったということは、木下にとって不幸中の幸いだったのかも知れない。
実際の五月に入ると、五月病は抜けていた。
研修センターでの勉強の意義が、自分なりに解釈できるようになっていたからだ。
確かに悩んでいたので、完全に研修に追いつけているわけではないが、後半に入れば入るほど、具体的な事例などを元にした講義だったことも彼には幸いした。
事例を元に話をしていると、思ったよりも頭に入るものである。
最初は一般論ばかりで漠然としたものだったこともあって、
「皆、本当に分かっているのだろうか」
と疑ったものだ。しかもまわりは皆同じような表情で、表情だけで考えていることが分かるはずもなく、
「まわりは皆敵なんだ」
という考えを持っている人もいるだろう。
まわりを皆敵視してしまうと、今度は自分も信じられなくなる。
大学時代の自分を思い起こす時も、楽しかった思い出だけしか出てこないようなら、かなりきつい研修になるだろう。楽しかったことが多いと、それだけ気付かなかったことも抱えたまま大学時代を過ごしたことになる。
気付かなかったことというのは、ふとしたタイミングで気付くこともある。もちろん、自分を見つめなおす気持ちがなければ成立しないものだが、それを木下は持っていた。まわりを敵視しなければならない気持ちも分かっていて、余裕のない精神状態には、往々にして宿るものではないかと考えていた。
研修センターでの一ヶ月を終えて、皆最初の時の表情とは少し変わってきていた。
「どこが変ったのだろう?」
ピンとは来ないが、鏡で見た自分には感じることができた。自分の目を見つめることができるようになったことが一番だったのだ。
研修センターでの生活は、木下にとって、どんなものだっただろうか?
それまでに缶詰になって縛られたことなどなく、そんな生活が信じられなかった。だが、やってみるとそれほど苦痛ではなかった。終わってみるとあっという間だったような気がした。
それから後は実地研修である。
現場の人はそれぞれの部署で、いろいろな考えを持った人がいる。同じ部署にも人がたくさんいて、人が増えるとそれだけたくさんの考え方が出てきて不思議はない。
中には、他の人を影で悪く言っている人もいる。
「ここだけの話なんだけどね」
新人の木下にまで人の悪口を漏らす人もいるくらいだ。
大学時代では考えられないことだった。木下が知らないだけだったのかも知れないが、社会人の世界では、一筋縄ではいかないという世界を垣間見た気がする。だが、それは今まで自分が経験したことよりも、かなりな部分で低俗だった。
「これが、社会というものか」
人間らしいと言えば人間らしい。本音の世界でもあるのかも知れない。だが、
「それを言ってはおしまいだ」
というのはどこの世界にもあるもので、当然学生時代にも暗黙の了解として、言ってはいけないことが存在した。それを皆分かっていたはずである。
大学を卒業して、次のステップに進んだのだから、それ以上の世界が待っていると思っていただけに、低俗な話題には辛いものを感じる。なかなか順応できなかったのは言うまでもなかった。
研修期間中に辞めていった同期入社のやつもいた。
会社の事務員と喧嘩して辞めたやつもいれば、何も言わずに静かに辞めたやつもいる。どちらの気持ちも分からなくはない。
――俺だったら、どっちだろう――
と考えさせられてしまうが、きっと黙って辞める方ではないだろうか。喧嘩するエネルギーを使うだけバカバカしいと思うかも知れない。
だが、ストレスを溜めることにもなるだろう。嫌気が差して辞めるなら、何かで解消しないと、そのまま気持ちを引きずりかねない。黙って辞めるくらいなら、
「もう少し頑張ってみるか」
と思うことだろう。
少なからず研修期間中には、そのことを何度か考えたことがある。だが、我慢する気持ちは研修センターでの缶詰生活で慣れてしまっていたのかも知れない。不幸中の幸いとでもいうべきか、それとも、会社側がその後の研修期間中のことも考慮に入れた研修センターでの生活だったのか、考えればキリがない。
そんな期間を乗り越えたからだろうか、半年経ってから自分の仕事ができてから、張り切れるようになった。
実際に先輩営業マンの人について取引先を回った時、最初は緊張でなかなか声も出ないのではないかと思っていたが、実地研修の期間が長く、そろそろ自分の仕事を持ちたいと思い、痺れを切らしかかっていた時期だったのも、功を奏したのかも知れない。
先輩のやり方を見ていると、なかなか興味深かった。あまり人と同じようなタイプの営業になりたくないという思いがある反面、ボキャブラリーが豊富ではないせいか、気がつけば先輩と同じような口調になっている。
学生時代であれば屈辱感を味わったかも知れない。だが、ここは自分の実力を発揮して、それが数字となって現れる世界。シビアな世界であることに違いはない。
営業成績は、可もなく不可もなく、平均的であった。落ちることもなければ、上がることもない。なるべく上がるように自分なりに努力はしているつもりだが、どこかに壁があることになかなか気がつかない。
「落ちないだけでもいいとしないと」
いつも平均的なラインをキープしている先輩からの話だった。
先輩はどう見ても保守的で、あまり冒険をしようとしない。営業会議でも発言はなく、ただメモを取っているだけだ。
メモを取っていても、その内容を実践しているようには思えないのだが、それが彼の性格なのかも知れない。
――気休め――
現状に満足しようという考えが見え見えに思える。現状を満足しようと思えば、目の前に見えている事実だけは、現実として受け止め、
「だからどうだというわけではないが」
というのだろうが、まわりの中における自分の立場だけはしっかりと把握していることが一番大切だと考えることだろう。
そのことに木下も、一年経って分かってきた。だが、木下にはどうしても従えないところがあった。
どこか冒険してみたいところがある。冒険が願望ではなく、
作品名:短編集113(過去作品) 作家名:森本晃次