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短編集113(過去作品)

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 そこで時々出会っている女性に思い切って声を掛けた。普段、女性に声を掛けるなど小心者の木下には想像できないが、その時は、
「話しかけてほしいの」
 という雰囲気を彼女に感じていた。打ち解けてからその時の心境を明かすと、
「そうなの? そんなに物欲しそうな雰囲気に見えたのかしら」
 と言っていたが、
「そうじゃないんだ。話しかけてあげないと、君はその場を離れることができないようなそんな雰囲気に見えたのさ。でも、決して寂しそうな雰囲気じゃなかったんだ。それが不思議な感じなんだよね」
 と話すと、彼女は無言で頷いていた。
 彼女の名前は、秋吉文江という。
 文江は木下とすぐに打ち解けた。木下の思ったとおり、話しかけると、それまで静かな雰囲気だった彼女が、堰を切ったように饒舌になったのだ。
――誰かと話をしたい――
 という雰囲気が見え隠れしていた。だがそれも、誰でもいいという雰囲気には見えなかった。きっと木下以外の人が話しかけても会話にはならなかったであろう。
 時々、自信過剰になる木下だが、それは悪いことではないと思っている。自分に自信が持てなければ、ただの小心者なだけだということを自覚しているからだ。しいて言えば、「もう少し万遍ない性格であればいいのに」
 と感じるのは贅沢であろうか。
 それでも人から見れば分かりやすい性格のようで、意外と友達も多い。学生時代からの友達ともまだ数人交流があり、時々、相談にも乗ってあげたりしている。
 木下は、自分の意見を押し付けたりしないし、相手の話を最後まで黙って聞いている。それだけでも相手は安心するようで、最後に一言だけしてあげるアドバイスで、
「ありがとう、おかげで目からウロコが落ちたよ」
 と言って、感謝してくれる。
 押し付けでなければ、目からウロコが落ちるような意見というのは、最高の受け止め方である。それだけで木下は満足だった。
「でも結局、人のことは分かるだけなんだよな」
 自分のこととなればサッパリで、人に意見をしている手前、自分のことを相談しにくくなってしまった。たとえがおかしいかも知れないが、
「先手必勝」
 まさしく先にやった方が勝ちである。それでも冷静な目で見つめていればまわりが起こす行動と結果は、自然と教科書になるもので、最悪の展開を迎えることだけは、絶対にないだろうという自負もある。
 だが、文江の場合、実に謎の多い女性であった。一緒にいてもどこか影があって、悩みがないわけではないのに、決して相談してこようとはしない。
 悩みは見ていると、滲み出てくるもの。何かに悩んでいるのは分かっているが、それを悟られないような用心深さが実に周到である。芯はしっかりとした女性であることは間違いないようだ。
 だが、我慢している姿を見ていると、まわりが変に気を遣ってしまいそうだ。少なくとも彼女の同僚はそうではないだろうか。仕事中はずっとそばにいるのだ。無視しようとしてもできるものではない、限界というものがある。まわりに気を遣わせないようにしているつもりで、却って変な気を遣わせてしまう人間は、必ずまわりに一人くらいはいるだろう。もちろん、本人の意志に関わらずである。
 そんな環境に嫌気が差しているに違いない。
 木下は、気を遣ったり遣われたりする環境は嫌だった。
「相手が気を遣ってくるなら、こちらは本音でいくだけだ」
 というポリシーを持っている。その意識が無意識にまわりから見て、冷静沈着な男を演出しているのではないだろうか。人によっては、
「木下さんって、冷たい人だわ」
 と感じるだろうが、文江のような女から見れば、
「気を遣う必要なんてない人なんだ」
 と思わせている。
 木下にとっては、願ったり叶ったりの展開である。
 文江もどこか冷静で、まわりを他人事のように見ているところがある。時々どこを見ているのか、話しかけても上の空で聞いていないこともある。そこが哀愁を感じさせるという意味で、彼女の奥深さに興味を持たせるのだった。
 何度か図書館以外でもデートに勤しんだこともあった。
 だが、恋人同士という雰囲気ではない。会話もそれほどあるわけではなく、何かを言おうとして口篭っているわけでもない。
 考えてみれば、二人の性格からすれば当然とも言える雰囲気であった。どちらかが話さなければ、話をしないでもその場に違和感はない。会話がなければぎこちなさが出てくるような、そんな関係ではないのだ。
 デートといえば甘い雰囲気を想像するが、甘い雰囲気は二人の間に存在しない。見た目はおいしそうな料理でも調味料を使っていない食べれば、これほど味気ないものはないだろう。だが、それだけに実に自然だとも言える。お互いに探り合っているわけでもなく、一緒にいることに必然性を感じる。そんなデートがあってもいいのではないだろうか。
 文江とは、いつも土曜日に会っていた。待ち合わせるわけではなく、図書館に行けば会えるのだ。
 会えない日もあるが、会えないなら会えないで気にならない。一週間をもう一度過ごせばいいだけだ。
 二十歳になるまでは、一週間というと、痺れを切らすほど待ち遠しいものだった。学生であれば、授業の関係で、曜日の感覚がハッキリしている。就職してからも当然曜日によってする仕事が違うので、曜日の感覚は大切なのだが、仕事を離れると、そんな感覚はまったく忘れてしまう。学生の頃は、学校にいる間も、学校を離れてからも、それほど感覚的に差がなかったのである。それだけ学校にいても友達がいて、いろいろな話ができる。話をしたり、意見を戦わせることが、その時は一番楽しいことだったに違いない。
 学生時代には彼女がいた。
 それも二十歳過ぎてからすぐにできた彼女だった。成人式で自分が大人の仲間入りをしたという意識でまわりを見ると、
「少し違った見え方ができるようになった」
 という自覚を持ってからすぐだった。自己暗示を信じるようになったのもその頃からだった。
 社会人になってしまえば、学生時代が甘い時代だったと感じるが、その頃はそんなことは考えなかった。卒業前の半年で急に心境が変ってきたのを思い出していた。
「卒業までの半年で〜♪」
 そんな曲が昔流行っていたのを思い出していた。それは男女の関係からの唄だったが、それだけに限ったわけではない。ある意味、半年前では遅すぎるくらいではないだろうか。
 だが、木下には半年あれば十分だった。不安が大きくなる前に、実際に飛び込んでいったのもよかったのかも知れない。あまり考えすぎると袋小路に入り込んでしまうこともあると自覚している木下は、あまり考え込まないように努力をしていた。
 学生時代に付き合っていた彼女とは、実に清潔な付き合い方ではなかったか。身体の関係はもちろんあったが、清潔さというのは、お互いをあまり干渉することもなく、相手を尊重できる雰囲気が二人の間に出来上がっていた。
「あの二人、卒業したら結婚するんじゃないか」
 という噂で持ちきりだったが、
「結婚はないだろう」
 と考えていたのは、むしろ当人二人だけだった。
作品名:短編集113(過去作品) 作家名:森本晃次