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短編集113(過去作品)

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 愛子も聞き耳を立てながら興味深く聞いていた。
「一人の女性がいるんだが、彼女は一人の男性を好きになるんだ。でも、その男性が現れてすぐ、ちょうど五分後かな? もう一人の男性が現れる。その男性は五分前の男性とまったく同じ顔で、まったく同じように口説いてきて、まったく同じ愛して方をして帰っていく。女性はそれを気持ち悪がることもなく、むしろその立場を楽しんでいるように思っていた」
「なかなか興味深い話だね」
 今度はもう一人の男が相槌を打つ。
 愛子は話を聞いていて、以前に似たようなドラマを見たことがあるような気がした。だが、結末は覚えていない。話を聞いているうちに思い出すかも知れないと感じたが、無理に思い出すこともない。なぜなら、男が喋ってくれるのを聞いている方が、スリルと緊張感を味わえるからだ。
――最後に思い出した方が、リアルに感じるからかも知れない――
 そんな風に感じる愛子だった。
 男は続ける。
「だけど、その二人のまったく同じ人物も、一つだけ違うところがあった。それは色だったんだ。最初の男性は赤が好きで、五分後の男性は青が好きだった。だからプレゼントしてくれるもので、まったく同じものはない。必ず色だけは違っているんだ」
「彼女にしてみれば、それだけでまったく違う男性に愛されているように思うかも知れないね。だけど、自分が浮気をしていると感じないのは、同じ人間だと自分の中で割り切ろうとしているからじゃないかな?」
「うん、そうなんだ。俺もそう思う。さすがにドラマではそんな解説はないから、それぞれに想像するしかないんだけど、俺もそう思って見ていたんだ」
 愛子も同じ考えである。しかも愛子は自分が女なので、相手の女性の気持ちも手に取るように分かった。
――もし私が彼女と同じ立場だったら、きっと二人の話と同じことを感じたに違いないわ――
 と考えていた。
 浮気というのをしたことがない女性にはなかなかこの感覚は分からない。愛子は今までに浮気はしたことがなかったが、なぜ気持ちが分かるのか、不思議だった。ただ、同じ男性の中に二つの性格を持ち合わせているような男性に興味を持ったことがあった。
 付き合うまではいかなかったが、その人を見ていると、見ているつもりで、反対に後ろから見られているようなおかしな錯覚に陥ったものだ。
 だが、見つめられることが決して不愉快だったわけではない。
――こちらも見つめているのだから、相手から見つめられても悪いことではない――
 しかし同じ人間であって、一概には同じ性格だとは言えないもう一人の男性の存在を今の話のように順序だてて考えていたわけではない。漠然とした意識の中で考えていただけなのだ。想像力というのが果てしないということをその時にも感じていた。
 愛子も店の中で些細なウソをつくようになっていた。相手が客ではあるが些細なウソは、相手を気持ちよい時間を与えるのであれば、それも方便ではないかと思うようになっていたからだ。
 それもママさんから言わせれば、
「接客のテクニックでもあるわね。お店の中での男女関係なんていうのは擬似恋人のようなものだからね。お互いに気持ちよい時間であればそれが一番いいのよ」
「そうですね。擬似であっても、相手が気持ちよく呑んでくれていると思えば嬉しいですものね」
「お客さんから見ても同じことなのよ。女の子が自分たちの話で楽しい時間を過ごしてくれれば嬉しいものよ。だからお店での会話というのは大切なの」
 なるほど、お店に来る客は、中には昼間の時間を忘れたくてくる人もいるし、中には自分の教養を会話にして楽しむ人もいる。そういう人は昼間の仕事と切り離して考えることはしないのかも知れない。
 それだけに接客も難しい。
 昼間の仕事を忘れたい人に、思い出させるような話題を出すわけにはいかない。まったく違う話題でもあまり難しい話になると、却って疲れさせることになる。かといって、寡黙になるわけにもいかない。
 同じお客様でも、その日は、
「話しかけないでくれ」
 と言わんばかりの雰囲気を醸し出している人もいる。一人寂しく呑みたい時もあるだろう。だが、だからといってまったく話しかけないわけにはいかない。そんな時うまく声を掛けれるのは、やはりママさんだろう。
 ママさんはそれだけ貫禄があり、立場上も一目置かれるべきである。話しかけられた方も、とりあえずは返事を返す。ただそれだけで、場の雰囲気はかなり違ってくるだろう。
――さすがママだわ――
 愛子も感心する。昼間、会社で上司を見ている目とは少し違う表情を自分がしていることに気付く。
 会社にいると、もちろん見えないプレッシャーを感じることができる。店に出るようになるまでは感じたことがなかった。それまでは、上司は威張っているだけで、部下の気持ちなど何も考えておらず、気楽なものだというくらいにしか考えていなかった。
 だが、実際には上からのプレッシャー、下からは突き上げられる、そんな中間管理職の悲哀があるのだ。
 会社というのは組織で動いている。それだけに感情的になるとうまく機能しない。上司が部下を叱る時でも、感情的になっているように見えても、それでもかなり抑えているのではないだろうか。半分は演技に見えるのだ。
――そうでもしないとまわりに示しがつかないのね――
 自分なりに解釈していた。
 お店には課長クラスのお客さんが多い。愛子が昼間OLをしているなど知らない人たちが仕事での愚痴を零すのだ。
「すまない。あまり言うと酒がまずくなるね」
 と言って、自嘲することがあるが、聞いていてそれほど激しい剣幕ではない。酒の席でもしっかりと自分をコントロールできる管理職というのは、さすがだと思う愛子だった。
 ママも、ある意味管理職。経営者という立場はもっとシビアなのかも知れない。
 経営は決して楽ではないだろう。この店に限らず、どこでも皆同じ状況であろう。店を出せるくらいなのだから、誰かパトロンがいて、その人がかなりの援助をしているに違いない。パトロンだってどこかの経営者、人を見る目は肥えている。そんな男性から金を引き出せるのだから、ママもかなりの人物であるのは間違いない。
 パトロンと思しき客がこの店に来たことはない。少なくとも愛子が勤め始めてからは、そんな雰囲気の男性は来たことがない。
 店にいる時のママが、パトロンと二人きりでいる時のママではないことはハッキリと分かる。
 男性としてはどうだろうか?
 普段自分と接している人が、店を切り盛りしていたり、客を接待していたりする姿を見たいとは思わないだろう。
――ママもきっといくつもの顔を持っているに違いない――
 店で経営者として愛子たちに見せる顔、そして客の前に出た時の顔、そしてパトロンと一緒にいる時の顔。少なくとも三つは持っている。
 だが、本当の顔はまだ他にあるように思えてならない。化粧を落とした時の本当の素顔、それを想像することは愛子にはできなかった。
――自分でもよく分かっていないのかも知れない――
 愛子にしてもそうだ。
 店にいる時の顔、そして会社にいる時の顔、また家で化粧を落とした時の顔。それぞれの顔を持っている。
 もし、他の人から、
作品名:短編集113(過去作品) 作家名:森本晃次