未解決のわけ
一体何がよくて何がいけないのか、誰が分かっているというのだろう?
この団体が人を騙しているのだということを、団体の中で、一般の人は分かっているのだろうか。少なくとも、有名人が亡くなった時の寂しさを癒してあげるという慈善事業だと思っているはずだ。もし詐欺だと分かれば、集団はその時点で終わりなのかも知れない。
だが、彼らのことを、
「詐欺だ」
と言って訴えてくる人は誰もいなかった。
よほどうまく立ち回っているのか、それとも本当の慈善団体なのか分からない、しかし、被害届が出ていない以上誰にも踏み込むこともできず、世間としては、悶々とした気分になっていたことだろう。
「ハゲワシ集団」
なる名前は意外と知られていた。
詐欺集団として知られているのであれば、分からなくもないが、まったく違うことで知られていたのだ。
ハゲワシ集団というのは、持ち上げ屋をしながら、他にもいろいろなことに手を出していた。
つまり、冠婚葬祭ディレクター出身の人であれば、芸能人の不幸に顔を出すのだろうが、それ以外の人も少なくはない。中には元プロ野球選手であったり、Jリーガーなどという人もいる。
スポーツ選手の場合はどうしても、身体が元なので、怪我と紙一重のところでプレイしているプロ選手は、いつ怪我をしたり、身体を壊すか分からない。鳴り物入りで入団してきたにも関わらず、一勝どころか、一軍のマウンドに立つことのなく、戦力外通告を受けるというのも仕方のないことだ。
そんな選手に対して、世間は冷たい。
「契約金泥棒」
などという言葉が叫ばれるようになり、嫌な思いをすることになるだろう。
そういえば、野球などで他国籍の選手を、昔は
「外人」
と言っていた。
しかし今では、
「外国人」
と一般的に言われているが、実はこれは差別用語でも放送禁止用語でも何でもないのだ。
ただ、
「外人と呼ばれることを嫌がるやつがいる」
というだけのことで、別に外人と言っても、
「ガイジン」
と言っても、それは、
「日本国籍を保有していない人」
というだけのことで同じ意味になるのだった。
どうも日本人は言葉に対して敏感なようで、
「放送禁止用語」
なるものが存在する。
差別用語であったりするのが一般的なのだろうが、読んで字のごとし、
「何かの理由でその放送で使用してはいけない言葉」
ということのようだ。
しかし、放送禁止用語と言っているだけで、別に法律で禁止されているわけではない。あくまでも日本には、
「表現の自由」
が憲法では保証されているのだ。
もし、妄想禁止用語が罪になるのであれば、法律的な根拠が必要である。
「相手を侮辱したり名誉を棄損したりするものであったり、個人の自由やプライバシーに抵触するものであれば、個人の尊厳の侵害であったり、個人情報保護法違反であったりするものだ」
また、日本の放送界においては、いわゆる放送禁止用語というものは存在しない、あくまでも番組基準の解釈の中で行われる判断である。
ただ、視聴者からのクレームなどがあった場合には、視聴者が絶対だということで、放送禁止用語とされることが多くなるであろう。いわゆる、
「放送コードに引っかかる」
という程度になるくらいのものだ。
外人ということばは、その放送禁止用語にさえも引っかからないのだ。
横道にそれてしまったが、ハゲワシ集団における活動は、多岐にわたっているということであった。
そんな中で、最近この団体が、文化的なところにも顔を出しているということが話題になっていた。
それは、一流国立大学で有名な東阪大学の教授まで勤めた若狭教授が、この集団に入会してきたからだった。
若狭教授
若狭教授は、博士号も持っていて、俳句研究においては、現代日本の三本の指に入るほどの大先生である。
そんな先生が何を思ったのか、ハゲワシ集団に入団してきた。
教授は年齢的にはすでに七十歳近くになっていたので、普通の会社であれば、とっくに定年退職であったが、名誉教授として現役でもあった。
そんな先生が得体の知れない団体に入団して、しかも、自分の財産から少し寄付までしているのだ。
驚いたのは団体を収めている理事であった。
「若狭教授ともあろうお方が、私どものような地道な活動をしている私どものところに来てくださり、さらに寄付までしていただけるなど、思ってもおりませんでした。ありがとうございます」
と口では言ってはいるが、自分たちのことを、
「地道な活動」
という言葉で示すのは、何か含みがあるような気がした。
しかも、理事長は、まったく笑顔を見せない。あまり愛想笑いばかりをしている理事長というのも気持ち悪く、何かあるのではないかと思わせるが、ここまで笑顔を押し殺しているように見られると、本当に何かあると思わないわけにはいかないだろう。
「いえいえ、私は皆さんの行動に敬意を表しているわけで、私もご一緒できればと、この年になって考えたわけです」
と、若狭教授の方が愛想笑いをしているようだ。
これではどちらが寄付をしたのか分からないと言った立場で見てしまうと、これほどおかしくも滑稽な情景もないかも知れない。
「若狭教授と言うと、俳句の方では現代では屈指の先生だと伺いましたが、今でも大学に在籍されておられるわけですか?」
「ええ、名誉教授という職についてはおりますが、まるで非常勤の相談役のようなもので、何かその時の集まりがなければ、存在も忘れられているというようなものです。特に私のようなもう七十を超えた人間は、後進に道を譲るということをしないといけないですからな」
と言って笑っている。
それを見て理事は、その笑いが不気味に感じられた。
この団体に理事はあるが、理事長という職はない。取り締まり理事という職があり、いわゆる理事長のようなポストである。
なぜ名前が違うのかは分からない。ただ団体の登録の時には、理事長となっているようだった。
取り締まり理事のこの人は、名前を京極という名前だった。
「京極理事さんは、私のことを、よくご存じなのかな?」
と若狭教授が聞くと、
「いや、それほどよくは知りません。ただ、東阪大学には、若狭教授という俳句の権威がいるというのを伺ったことがあるくらいです」
有名人であれば、もっと知っていてもらった方が嬉しいのは当たり喘のことであるが、若狭教授は別にガッカリした様子もない。それだけの力量を持った人なのか、落ち着きがハンパではないように見える。
しかし、取り締まり理事くらいになると、それくらいのことは常識の範疇だった。それなのに、どうしてあまり知らないようなことを言ったのか、教授には少し不思議で、それだけにこの理事のことが気になってきた。
それがあったからなのかどうか分からないが、入団のきっかけになった最初の一点があったとすれば、この取り締まり理事の京極氏に出会ったからではなかっただろうか。