未解決のわけ
「そうですね。相手のためになると思ってやっても、相手を苦しめるだけになってしまうことだってないとは言えない。警察官が殺人の教唆についていろいろと考えるのは、下手をすると、それこそが罪なのではないかと思うくらいですよ」
と、辰巳刑事は言った。
「ところで私が一つ気になるのは、この事件で表に出てきているのは、詐欺を行って一度捕まっているのに、また整形しているということは、殺された男は、何かの犯罪を計画していたということになると思えば、殺されたのはその返り討ちではないかという思いを抱くことができると感じたのと、その男や、訴えてきた女。そして、詐欺に関わる集団ということで、すべてが父親の若狭教授の因果が子に報いということになるのではないかと思うことなんだよ。こうやって考えると、あっという間に事件はまったく見えなかったところから急にいろいろ結びつきが見えてくる。まるで、殺人現場の明かりがそこだけ明るすぎたのと同じイメージじゃないかい? これも偶然で片づけられるものなのだろうかと感じるんだ」
と清水刑事は言った。
「私は今変なことを考えているんですが、意外とこの事件って、すぐに解決するんじゃないかって思っているんですよ。というのは、こうやっていろいろ考えていることが、そのうちにすべて現実となって表れてきて、あれよあれよという間に表に出てきて。自分たちが考えていることが、間違っていなかったということに行き着くんだけど、それを知ってしまうと、何かやるせない気持ちに陥りそうに思う。これはどういう心境だと言えばいいんしょうね?」
と、辰巳刑事は言った。
実はその考えは清水刑事にもあった。ただ、実際に起こっているのは殺人事件であり、殺人事件ともなると、そう簡単な楽観視はできない。あらゆる場面を想定するという意味で、この考えもその中の一つだと思えば納得がいくが、殺人事件の捜査というのは、たくさんの状況の中から、少しずつ考えられないものを省いていく減算法である。ただ、まったくないところから集めてくる情報は加算法。
「犯罪捜査というのは、加算法から減算法で導いていくものだ」
と常々言っているのは、清水刑事ではないか。
そんなことを考えていくと、次第にこの事件がまるで夢ではないかと思えてくる不思議な感覚に陥っていた。
「やはり、この事件の裏には、何か誰か本当に殺したい人がいて、その人への殺人をごまかすために行われた可能性があるということでしょうか?」
と、辰巳刑事は言った。
「その本当に殺したい人いうのは、殺害動機のある人がたくさんいて、その人たちの気持ちが一つになることで、成立したという考えだね? 例えば、詐欺行為や偽善団体などの行為で騙されたり、親の身勝手な欲望で、生まれてきたこともたちが不幸になってしまうということだね。だから、その一人を殺し、その罪を本当に殺したい相手に擦り付けるかのような状況を作り出して、まずは社会的に抹殺し、最後には本当に抹殺する。そんなやり方だろうね。それこそ、ハゲワシ集団の主旨を逆に使うようなものだ」
と清水刑事がいうと、
「ひょっとしてハゲワシ集団というのは、そんなかつての映画をほしいままにした芸能人が、かつて自分の知らない間に世間の中に誰かその人や、さらには世間に対して恨みを持つ一人の復讐者を生み出したことで、その人の手助けをするための詐欺行為なのかも知れないという考えもできるわけですね」
と辰巳刑事がいうと、
「私もそう思うんだ。だから、今回の事件は、そのあたりの理屈を分かるか分からないかで決まってくる。どんなトリックや、アリバイやなど関係悪、動機というものが分からなければ、絶対に行き着かないという真相。それが今回の事件の裏に潜んでいる秘密なんじゃないかって思うんだ」
と清水刑事は言った。
この事件はよく分からないことが多く、逆に表に出てきていることを積み重ねていくだけでは、違った道が見えてくる。あたかもそういう発想から作られている事件で、ある意味、
「細部まで計算された犯罪だ」
と言えるだろう。
しかし、その細部を素直にだどっていけば、見えてくるものもあるはずだ。
これだけのシナリオを描いた人間が、一人で考えたのか、数人の合作化は分からない。この事件の骨格を考える時、
「主犯と、共犯が存在しているのではないか?」
という考えに行き着くと、
「主犯と共犯ではなく、共犯と思っている人は、実は教唆」
であり、主犯の預かり知らないところで事件をごまかそうとしているかのような糸を感じる。
そう思って行くと、その先に見えてくるのもとして、
「自分たちの知らない裏の犯罪が介在しているのではないか」
と思えてくると、今度は、目に見えている事件が不可解であり、逆に分かりやすいところもあることから、本当の犯罪はこれではなく、裏に潜んでいることではないかということであった。
見えている殺人は、複数の中の一人が、現状この男が生きていると自分が生きていくうえで困る。つまりは彼が困っているということは、集団での犯罪に支障をきたすということになる。腹違いの子供がたくさんできてしまったことでの、どうしようもない男が生まれてしまったという悲劇でもあった。逆にこのどうしようもない一人の義兄弟を葬るということを考えた時、すべての計画も組み立てられたと言っても過言ではないだろう。そして、彼を殺すという正当性を保たせるために、
「だったら、彼を殺すことをこの計画の一部にしてしまえば、この犯罪がさらに完璧になるわけだ。どうせ、あんな男は生きている価値もない人間なんだ。それだったら、俺たちの計画のために、最後の最後くらい初めて人間らしく殺してやればいいんだ」
ということで、意見は一致し、さらにやつの殺害計画が、この犯罪計画をさらに強いものとしたに違いない。
清水刑事はそのあたりの話を、辰巳刑事に話した。
辰巳刑事も納得する話であったが、
「じゃあ、犯人たちは、どのあたりまで、警察が看破してくれればいいと思ったんでしょうね?」
と辰巳刑事は言った。
「どうなんだろうね? 辰巳刑事にもある程度は分かっているとは思うんだけどね」
とニコニコしながら、清水刑事は話した。
清水刑事としては、ある程度事件の輪郭が見えたことで、満足しているようだ。
本当であれば、自分の手で逮捕し、検挙というのが一番なのだろうが、清水刑事には自分に検挙はできないと思っていた。それは、警察の捜査力では、犯人たちの計画に追いつくことができず。彼らの思い通りに事件が進展していくような気がしている。それを警察がどうすることもできないことに対しては憤りを感じるが、同じような憤りでも今までに感じていたものとは明らかに違う。
それはきっと納得の上での憤りなので、自分として承諾できるものだという考えであった。
「やつらの行動は、畜生道や衆道のような、タブーに対しての挑戦でもあり、抵抗でもあったんだ。さらに、ここで断ち切ろうという強い意志もあった、そういう意味で、私はどうしても、彼らを憎むことはできない。どんな結末になろうともね」
と、清水刑事は一人呟くように言った。