未解決のわけ
「そうなんですね。ところで鮫島さんは、俳句などお好きですか?」
という不思議な質問を清水刑事がした。
「それはどういうことでしょう?」
「いえね。うちの署の女の子の中に、最近、文化サークルの講義の中で、俳句教室というのはあるらしいんだけど、そこに通っているらしいんですよ。そのお時に、鮫島さんらしき人を見たと言っていましてね」
というと、
「えっ? それは人違いでしょう。私は俳句など興味はありませんからね」
と言って、清水刑事の質問を一蹴した。
「今度はもう一度事件の話に戻りますが」
と言って、また話がコロコロと変わった。
こんなことはほとんどしない清水刑事だけに辰巳刑事は不思議に感じていたのだ。
「はい、何でしょう?」
「あの現場であなたが死体があるとは思わなかったけど、あの場所を覗き込んだのは、いつもよりも、明かりが明るかったからだとおっしゃっていましたが、本当にそうですか?」
とまた不思議な質問だった。
「ええ、そうですよ」
「それは、まわりの明るさに比べて明るすぎるから、そう感じたんじゃあありませんか?」
「いえ、そうではないと思いますが」
清水刑事が何を言いたいのか、辰巳刑事にも鮫島にも分からなかった。
「いえね、工事関係者に訊いたんですが。あの電機は明るさの調節などできるものではないという話だったんですが、本当はどうだったんでしょう?」
と言われて、鮫島は明らかに動揺していた。
「言われてみれば、そうだったかも知れません。気が動転していたんでしょうかね?」
と、表情は笑っているが、顔色は真っ青だった。
明らかに何かに動揺しているのは間違いないようだ。
「表の扉はどうですか? あそこも何か勘違いうがあったのではないですか?」
と言われて、頭を必死に回転させているようだったが、思ったよりも回転していなかった。
「いや、ハッキリとは覚えていません」
と言われて、清水刑事は。
「じゃあ、ハッキリとはしていないということですね?」
「はい」
としか答えることのできない鮫島は、もう完全に意識はうつろだった。
このまま攻めていけば、簡単に落とせるのではないかと辰巳刑事が考えたところで、
「ありがとうございます。今日のところはこれくらいでいいでしょう。鮫島さんもお疲れのようですから」
というと、一方的に話を終わらせた。
鮫島の顔から一気に汗が噴き出したのは、ホッとしたからなのかも知れない。逆にいえば。それだけ責められたことは、彼にとって、予想外のことだったのかも知れない。
辰巳刑事と二人きりになった清水刑事は、今のを思い出して、思わずニヤッとほくそ笑んでいる様子だった。
「辰巳刑事。今の彼を見ただろう?」
「ええ、でも清水刑事は何がしたかったんですか?」
「彼の慌てる様子が見たかったのさ。彼の証言はことごとく、都合よくできている。それだけに一見、非の打ち所がないという感じなんだけど、それだけに鮫島には鉄壁の安心感があった。ちょっとつついただけであれだけ焦っていたんだ、今ここで変に追い詰めるのもよくない。一部だけが分かって、全体が分からなければ、意味がないからね」
と清水刑事は言った。
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「それにしても、明らかに途中で鮫島の様子が変わりましたよね。どこからだったんだろう?」
と辰巳刑事は考えていた。
「わからないかね?」
「ええ」
「私が俳句教室の話をした時さ。あの話には明らかに矛盾があったのに、あの男はそんなことにも気づかなかった。君だって、おかしいと感じただろう?」
「ええ、うちの署の女の子が鮫島を見かけたと言ったところですよね。あいつは今度の事件のことでうちの署に来たことなどないだろう? それなのに、うちの署の女の子が意識するはずはないんだ。もし意識したとしても、それをこの事件を捜査している私に話すわけはないんだよ。だから、彼は最近、この署を訪れているんだ。目的は何だったのか分からないんだが、その目的よりも、彼が署に立ち寄っていたということの方が気になるだろう?」
「ええ、そういえば、彼はうちの署に来ることをなるべくしたくないような話でしたよね? 確かに第一発見者で参考人でもないのだから、署に来ることを強制はできないけど、あんなに署に来ることを拒むというのは、ちょっと変だとは思っていましたね」
「そうだろう? そこが気になったんだ」
「それにしても、俳句教室と鮫島が関係あったんですか? 清水さんが急に俳句教室の話などをするから、どこからでてきたのだろうって思いましたよ」
と辰巳刑事は言った。
「いやね、あれは本当に偶然だったんだけど、僕も俳句教室に少し興味があって、一度カルチャーセンターにいってみたんだけど、その時に鮫島に似た男が、うろちょろしていたんだ。入ろうかどうしようかというよりも、俳句の先生をじっと見ていたのでね。おかしいと思ったんだ。その時のことを、昨日は忘れていたんだけど、今日、もう一度鮫島の顔を見た時に、思い出したんだ。本当はあんなに責めるつもりはなかったんだけど、あおの時の態度と、今回のあまりにもできすぎた都合のいい証言に感じた時に思い出した昨日の鮫島とが頭の中でシンクロして、ついついあんな口調になったというわけさ。最初はまずいなとも思ったが、彼の反応があまりにも想定していた反応だったので、思い切ってその後も責めてみたんだ。だけど、ああいう男は下手に追い込んでしまうと、何をするか分からない。せっかくボロを出そうとしているのに、殻に閉じこもられたら、どうしようもない。そう思って、今日はすぐに開放したんだ。本当はもっと聞きたいこともあったんだけど、あの様子では本当のことを言ってくれるような気がしなかったのでね」
「そういうことだったんですね」
「ああ、辰巳刑事にもヤキモキさせたかも知れないけど、あの男が何かを知っているのは間違いない。そして、今回の事件は、、裏で自分たちが知らない何かが動いているような気もしてくるんだ。そこで問題になってくるのが昨日の奥さんさ。あの人が我々の捜査にどんなかかわりがあるか分からないんだけど、彼女は交番でもいいようなことを、いきなり警察署の我々のところにいいに来ただろう? まるで今身元の分からない人が殺された捜査をしているのを知っているかのようにね」
と言いながら、清水刑事は虚空を見つめていた。
「この事件はおかしなことが多いような気がするんですが、何かがつながれば、意外と芋づる式に出てくるような気がするんですけどね」
と辰巳刑事が言ったが、
「そうかな? 何か一つカギがなければ、開かない開かずの間を通り越してしまうそうな気もするんだ。それが自分たちに見えていない事件のような気がしてね」
と、清水刑事はどうやら、
「自分たちには見えていない事件」
ということをやたらと気にしているようだった。
――こんな清水刑事は珍しいよな――
と辰巳刑事は独り言ちた。
「とにかく、少しだけ鮫島は泳がしておこう。ただ、誰か一人尾行させることだけは怠らないようにしようじゃないか」
と清水刑事は言った。
「分かりました」
と辰巳刑事は言うしかなかったのだ。