未解決のわけ
ただ、交換殺人を普通の共犯者とは種類が違うと思っていることで、この犯罪が交換殺人ではないことは分かっているが、共犯者がいたとして、普通の殺人における共犯者とは種類が違うという発想を持ったのではないかと考えたのだった。
そんな交換殺人が頭の中にあって言葉に出たということは、清水刑事は少なくともこの犯罪に交換殺人をかぶせて見ていたのかも知れない。
清水刑事のような冷静沈着な考えを持った刑事にしては、少し軽はずみな考えなのではないかと辰巳刑事は感じた。
しばらくすると、清水刑事は冷静さを取り戻したようだ、
今までなら、清水刑事のこんな言葉を、まるでうわごとのように感じ、無視していたかも知れないが、今回はどうしても無視することができなかった辰巳刑事は、
「交換殺人とはどういうことですか?」
と聞くと、
「交換殺人? 誰がそんなことを?」
と清水刑事に言われて。
「覚えていないんですか?」
と聞き返した。
「まさか、この俺がそんな言葉を呟いたということか?」
と聞くと、
「ええ、そうです。確かにそう言われました」
と辰巳刑事がいうと、清水刑事が少し考えて、いや、何かを思い出そうとしているかのように、
「いや、何かを思い出そうとしていたのかも知れないが、少なくとも無意識だったのは確かだよ」
と、なるべく違った印象のイメージを与えたいという感情があるようだった。
「そおそも、交換殺人なんて、小説家、ドラマの中での話であって、実際にはあり得ませんよね?」
というと、
「確かにそうなんだけどね。実際の犯罪に対して、考えられることが結構入っているような気がするんだ。特にデメリットの部分にね。デメリットの部分を考えていると、メリット部分の矛盾をしてきすることができる。つまり、メリットとデメリットが矛盾という形で結び付いているんだよ。だから逆にその要素を一つ一つ考えていくと、別のまったく違った犯罪を形成できるのではないかと思うんだ。そうすれば、実際の事件にも理解するうえで考えられる結論を持ってくることができるのではないかと思うんだ」
と、清水刑事が言った。
「そんなものなんですかね?」
とあまり興味のないかのような言い方をしたのは、辰巳刑事にとって興味があるということの裏返しのようなものであった。
「この事件には、何か共犯者のようなものを感じるんだ。ただ、その共犯というのも何か普通の共犯とは違ったイメージを持つんだけど、考えすぎなのだろうか?」
と清水刑事は言った。
「いえ、私もこの事件には今までにないものは確かに感じますね。どうしてすぐに死体が発見されるように明るくしたのか、しかも、普段は閉まっているはずの扉が開いていたり、それなら第一発見者の鮫島が、そのことを言わなかったりですね。鮫島が扉が開いていたということで何かまずいことがあるなら別ですけどね」
「そういう意味では、本当に鮫島の供述を信じてもいいのだろうか? 彼は何かの目的があって、あの場所に忍び込んだ。だが、死体を見つけてしまった。そのまま立ち去ればいいものを立ち去れない何かがあったということだろうかな?」
「そういえば、先ほどの奥さんですが、あの人は今回の事件と何も関係ないんでしょうか? わざわざ我々に遭ってまで何かを言いたかったわけでしょう? あの奥さんも何かを隠しているような気がしてきて、おかしな機運になりますね」
と辰巳刑事は、頭を描き始めた。
「少なくともあの写真と、被害者は似ても似つかぬ相手だった。しかし、少なくとも一人は殺されているわけだから、行方不明者がもう一人はいないと理屈に合わないわけだよね? 被害者が誰なのか、行方不明になった人がこの事件に関係があるのかということは、一つの次元で考えてみる必要があるだろうね」
と、清水刑事はいう。
「まさか、二つの事件が絡み合って、おかしな形に見えているということはないでしょうね?」
と辰巳刑事がいうと、一瞬、清水刑事がビクッとなって、反応した。
その様子を見逃さなかった辰巳刑事は、何かに閃いた。
――ああ、そうか、清水さんが、「交換殺人」というワードを口にしたのは、そういう含みがあったからな――
と感じた。
つまりは、表に見えない犯罪があり、それを感じた時、小説に出てくるような交換殺人というシナリオが見えてきたということであろうか?
あまりにも安直な発想に思えたが、奇抜であればあるほど、辰巳には的は捉えていないまでも、焦点は合っているような気がして。無碍に無視できない意見のように感じた。
「どちらにしても、鮫島にももう一度会ってみないといけないな」
と言って、二人は鮫島のところに顔を出した。
彼の会社は、犯行のあった駅から急行電車で二駅のところにある。車で行くと約三十分、、、、思ったよりも都会に会社はあった。
柵渠ビルが乱立した一体ではあったが、その中でもひときわ目立つビルの一室に。彼の事務所はあった。
一階ロビーからセキュリティがしっかりしていて、受付で彼の会社に繋いでもらうと、しばらくしてから、エレベーターで降りてきた。
「どうされましたか? まだ何か私にご質問でもあるんでしょうか?」
と言って、思ったよりも落ち着いた様子を見せていた。
ただ、その様子は至って落ち着き払っていて、気持ち悪いくらいだった。
だが、様子だけを見ていると、刑事の訪問は最初から分かっていたかのように見えるのは、彼が戦闘モードになっていると感じたからであろうか。
「ああ、いえね、少し確認させてほしいことがあるので、お伺いした次第ですね」
と清水刑事は、一度面識があるだけに、気さくな言い方だった。
「それはそれは、何でしょうね」
と、ニヤニヤした表情の奥には、敵対意識の表れである眼光が、煌びやかに見えていたのが特徴だ。
「まず、最初なんですが、昨夜死体を発見した時、あなたは、表が開いていたとおっしゃっていましたね? あれは本当ですか?」
「ええ、いつも、ダンプが出入りする場所からカギがかかっていないのが分かっているので入っていました。それが何か?」
というと、
「おかしいですね。現場の人は毎日カギを掛けているし、朝来た時もカギはちゃんと閉まっていると証言しているんですよ。そこがまず引っかかりましてね」
と清水刑事が、いかにも疑わしいという目で見つめながら、追い詰めるように、身を乗り出して威圧した。
しかし。清水刑事には、こんなことで相手がひるむことはないと思っているので、すぐにそっくり返るような姿勢になった。明らかに相手を挑発している時の、清水刑事の態度であった。
「ところで鮫島さんは、おひとりなんですか?」
と清水刑事が話を変えた。
「ええ、結婚しているわけではないですよ」
「ご家族は?」
「田舎の方にいます。今はこちらに出てきて一人暮らしです」
「いつ頃出てこられたんですか?」
「もう、十年以上にはなりますよ。
「なるほど、じゃあ、このあたりの街は、もうすっかり慣れているわけですね」
「そうですね。でも、何か昔から知っていたような気もするんです。懐かしさというんですかね?」
と言った鮫島を見ていると、清水刑事はやっと質問のあらしをやめた。