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未解決のわけ

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 確かにそこには資材搬入や。土砂の搬出などにトラックが往来できるように、大きな扉が観音開きで作られている。高さも三メートル以上はある高さなので、よじ登ることは手や足に吸盤でもついていない限り不可能だろう。
「じゃあ、向こうの出口というのも無理なんですか?」
「ええ、無理でしょうね。その人が第一発見者というのもなんか怪しいですね」
 と親方はいう。
 確かに、いくら工事現場とはいえ、普通のサラリーマンが簡単に出入りできるような作りにしているわけはない。確かにセキュリティのようなものはないかも知れないが、そうなると、中から誰かが手引きをしたということになるのか? 清水刑事にはよく分からなかった。
 そうなると、明かりの話どころではなくなってくる。第一発見者の鮫島という男の動向が何を考えているのか、よく分からない。
「あっ、いや、ありがとう。それじゃあ、また伺うことになるかも知れないけど、その時はまた」
 と言って、そそくさと引き上げていく二人の刑事を見て、親方はさぞ滑稽に感じたであろう。
 いつも威張り散らしている感覚のある刑事が、自分の一言で、バツの悪そうな顔をしてそそくさと逃げ出すように引き上げていくのだ。自分が撃退したわけではないが、相手が警察だということもあって。これほど面白いことはないと思ったことだろう。さぞかし、指をさして大越で笑ってやろうと思ったことであろうか。
 二人の刑事も、さすがに恥ずかしさがぬぐえなかった。
――どうしてこんなことになったんだ?
 と感じている。
 特に勧善懲悪をモットーにしている辰巳刑事の憔悴は激しいものだった。歯ぎしりとともに、目が血走っていて、上司であっても、迂闊に声を掛けられないと言った雰囲気である。
「とりあえず、署に戻りましょう。第一発見者の鮫島にはもう一度遭ってみる必要がありますよね」
 と辰巳刑事が声をかけると、
「もちろんだよ。あいつ、ぬけぬけといかにもというような話をしやはって。警察を舐めるにもほどがある」
 とさすがに清水刑事も頭に血が上っている様子だった。
「でも、変ですよね。こんなにすぐに分かりそうなウソをあんなに平気でつけるというのもおかしいし、何も死体を発見したからと言って、後ろめたいことがあるんだったら、警察に通報しなければいいんだ」
 と辰巳刑事がいうと、
「そうなんだよ。そこがおかしいんだ。でも、そういう矛盾をすべてひっくるめても、一つだけは達成せなければならない理由がそこにはあった」
「それは何ですか?」
「それは第一発見者になることだよ。しかも、これは刺殺や考察ではなく毒殺だよね? だからいつ死ぬか分からない。死んだところを自分が第一発見者になるために、被害者をつけていたとすれば、何か理屈もわかりそうなものだ」
「ということは、あの扉を開けたのは、鮫島ではなく、被害者だったということになるのかな? そして、誰か内部の人間が入れるような手引きをした?」
 と辰巳刑事がいうと、
「理由は分からないが、そう考えるのが一番な気がする」
 と清水刑事が答えた。
「そうなると、共犯者がいたということなのか、それとも、被害者の側に仲間がいたということなのか、少なくとも被害者と犯人、そして第一発見者の鮫島と、さらに、もう一人いたということになるんでしょうね」
「そうだな、そして、鮫島と、このもう一人は同一人物にあらずなんだ。そうなると鮫島とこのもう一人の関係は本当にまったくないのかということが問題になってくる。少なくとも、鮫島はすぐにバレそうなウソを言ったわけだから、そこに何か思惑があるんじゃないかな?」
 と清水刑事は考えている。
「どうも気になるのは。毒殺でいつ死ぬか分からないというのは、普通はアリバイ作りに使われることだよね。でも、もし第一発見者の鮫島が被害者を追いかけていて、自分が第一発見者になるというのが目的だとすれば、何かがおかしいですよね。理屈的に矛盾が生じているというか、この共犯というのも見えてこないし、もし、今回のカギの話がなければ、共犯なんて発想も出てこなかったですよ」
「そう考えれば、この共犯がいたということを我々が知るのも時間の問題だったわけだよな。犯人、あるいは犯人たちにとって共犯者を知られることは問題ではないのか、このタイミングで知られるようにわざと仕向けているのか、そのあたりにも何かありそうな気がしないか?」
「そうですね、第一発見者の鮫島も、もう一人とは違った意味での共犯なのかも知れないですね」
 とそんなことを辰巳が言い出すと、ふいに清水刑事が立ち上がって、虚空を見つめた。親権なまなざしは何を意味しているのか分からないが、その次に出てきた言葉を聞いてあまりにも突飛な発想を清水刑事が抱いていることに気付き、あっけにとられたというよりも、呆れてしまったと言った方がいいだろう。
「交換殺人?」
 と、清水刑事は漏らしたのだった。

                大きな勘違い

「交換殺人というのは、どういうことでしょうか?」
 と、辰巳刑事は訊いた。
「いや、すまない。ふと頭をよぎった言葉が思わず口から出てしまったんだ」
 と清水刑事は言い訳をした。
 交換殺人というと、お互いに殺したい相手がいて、その相手をお互いに殺し合うというのが一般的なものである。
 メリットとしては、
「動機が分からない」
 というのがまず一つ、そして、同時のメリットとして、
「動機のある人間にアリバイが成立する」
 というものだ。
 つまり、どちらが最初であっても、交換殺人はお互いのメリットを補いあうというところに特徴がある。しかし、逆にデメリットはそのメリットに比べれば、あまりにもリスクが大きいので、ミステリー小説以外の現実には、なかなか難しいと言われている。
 まずデメリットの大きなものとして、
「お互いに殺したい相手を探すことが困難だ」
 ということである。
 交換殺人は、誰かを殺したいと、自分と同じくらいに感じている人でなければ成立しない。そんな相手が偶然自分のまわりにいるということは本当にまればことであり、しかも、人を殺したいなどという感情は、よほどのことがなければ、人には見せないだろう。よほど身近な人間で、言葉にしなくても、その人を射ているだけで、殺したい相手がいるというのが分かるくらいの身近な人である。だが、そんなに身近な人間では交換殺人の意味がない。なぜなら、片方の殺人で、自分まで実際に殺す相手の容疑者になりかねないからだ。少なくとも実行する殺人に、自分が容疑者であるはずがないほどの無関係の人間でなければ、交換殺人のメリットは損なわれてしまい、却って意味がなくなってしまうのだ、
 そしてデメリットの二つ目は、
「共犯を持つのが危険だ」
 ということである。
 いつ、どこでお互いのボロが出るか分からない、しかも二人がお互いを知っているなどということは、絶対にバレてはいけない事実である。これがバレてしまうと、
「殺害したい相手を持った二人が偶然知り合いだというのは」
 という疑念を抱かせるようになり、その疑念が交換殺人を感じさせるのだ。
作品名:未解決のわけ 作家名:森本晃次