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未解決のわけ

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「ええ、だって、倒れていた人の服を見る限り、作業員の服には思えませんからね。普段着に着替えても、作業員ならもっと服装が違っているような気がしたんです。ただの思い込みにしかすぎませんけどね」
 と鮫島は言った。
「なるほど、あなたは思ったよりも落ち着いていたということですね?」
 と言われて、鮫島は一瞬ムッとした。
 それは、
「痛いところを突かれた」
 という感覚とは違っていたからだ。
「冷静になって考えた時に、そう思うと自分が実際に目撃した場面と意識の中で辻褄が合ったから、そう思っただけです」
 と少し挑発的にいった。
「いやいや、これは失礼しました。別に挑発するつもりなどなかったんですが、警察ではどうしても、そういう穿った見方をしてしまうことがあるので、自分でも気を付けなければいけないと思っているところです」
 と辰巳は言い訳をした。
 言い訳ではあったが、相手に悪びれた様子のない言い訳というのは、ある意味正々堂々としていて気持ちよさすら感じる。そう思うと、ムッとした気持ちの留飲が下がってくるような気がした。
「私はあまりこのあたりには詳しくないんですが、私が知っているだけのこととして、以前あった公園や倉庫を潰してこのあたりにマンションや新たな公園を作る計画のようですね?」
 と辰巳刑事は訊いてきた。
「ええ、私もそんなに詳しくはないんですが、行政の区画整理の一環でこのあたりがその整備計画になったことで、公園や倉庫を潰し、そのあとに整理された場所を、このあたりを不動産屋が買い取って、そこに公務員住宅を建てるとかいう話だったんですよ。我々庶民にとっては、関係のない話ですけどね」
 と皮肉を言った。
 相手は警察官。国家公務員だから、公務員という意味で皮肉を言いたくなったのも無理もないことかも知れない。
「ふふ、我々だって同じようなものですよ」
 と、辰巳刑事はいった。
 どうやら、鮫島がいった皮肉を分かっているようだった。
「このあたりは、じゃあ、普段から人通りは少なかったんでしょうね。特に夜になんかなると、誰もいなくなって、この場所なら人殺しにはもってこいでもありますね」
 と辰巳刑事はいった。
 それを聞いて、鮫島は殺害現場を見た瞬間から、今まで、何かに引っかかっているような気がしていたが、展開が急転することで、そのことに頭が回らなかった。だが、今辰巳刑事の話を聞いているうちに、その疑問を思い出したような気がした。
「そういえば、これがもし殺人だとして、一つ気になることがあるんですよ」
 と言い出した鮫島に対して。辰巳刑事は、
「ほう、それは何でしょう?」
「さっき、私が見た時、口から血が流れていた痕を見たような気がしたので、毒殺だと思っているんですが、ここで毒殺をしたというのはどういうことなんでしょう? 毒殺だったら、どこかの部屋かお店で、飲み物か食べ物に毒を仕込んで分からないようにして、殺すというのなら分かりますが、こんな何もないところで毒を服用するというのも変ですよね。ここで殺すのだったら、ナイフや撲殺、絞殺など他にいろいろありそうですよね?」
 というと、
「ひょっとすると、即効性がないように、カプセルか何かに包んで、時間がくれば毒が効いてくるようにしたんじゃないでしょうか? それだったら、何もその場所でなくてもいい。ただ、そうなった時、どうして被害者がここにいたのかということが新たな問題にはなりますけどね」
 と、辰巳刑事は言った。
 その言葉を聞いて、一瞬我に返った辰巳刑事は、自分が第一発見者を相手に確証もない自分の意見をおえらおえら喋ってしまったことに対して気付いたのだ。
――これはヤバい――
 と思い、今思いついたことを忘れないようにメモに取ると、話を変えた。
「倒れているのを見た時、すぐに警察に知らせようと思ってくれたんですね?」
「ええ、もちろんです。まったく知らない人が世中野人通りのないところで死んでいるんですから、そりゃ、こっちもビックリですよ。腰を抜かしそうになったのを必死に思いとどまった感じでしたからね」
 と鮫島が言ったので、
「なるほど、その時、あっちこっちを物色したりはしなかったんでしょうね?」
 と言われて、
「そんなことは当たり前じゃないですか、僕だって、殺人現場の現場保存が大切なことくらいは分かります。それにあまりウロウロしたりして、そのあたりに自分の指紋でもの叙したりしたら、後が大変ですからね。そう思って、余計なことはしませんでしたよ」
 という鮫島に、まだ何か気になるのか。
「何かを拾ったりとか、見つけたということもないんですね?」
「ええ、ありませんよ」
 と言って、少し不満そうに辰巳を睨みつけた。
 辰巳刑事は相手の睨みつけてくる顔に対して平静で、まるで最初から分かっていたかのような顔をした。それが鮫島には忌々しく思え、さらにそれを見て辰巳は内心ほくそ笑んでいた。
 辰巳刑事は、勧善懲悪を象徴したかのような刑事なので、こんな態度を取るのは珍しい。何か鮫島に気になるものを感じたのか、見る限りでは何ら怪しいところはないような感じがするので、辰巳の直感なのかも知れない。
「それにしても、こんな寂しいところ、よく通りますね。本当はここに入ってはいけないんでしょう?」
 と辰巳刑事に言われて、
「はあ、まあその通りなんですが、最近残業が続いていて、帰りが遅くなったので、以前はこんなものができる前の公園であれば、中を通り抜けていけば、簡単に最短距離で帰れたんですが、今ではこんな建物が建ってしまうことで、どんどん遠回りをしなければいけない。まったく行政は何のための区画整理なのかって言いたくなりますよ。だから、こんお道を通れば、十分以上家まで短縮できるんですよ。寝る時間を考えると、それくらいしてもいいんじゃないかって思いますね」
 と、少し興奮気味に話したが、それも愚痴ばかりであった。
「それは分かりましたが、本当に寂しいじゃないですか。怖くないんですか?」
「正直怖い気もしますが、このあたりは、表を通っても同じように暗いので、怖さはあまり変わりません。それよりも早く帰れるということを考えると、迷う余地はないというものです」
 と鮫島はいった。
「じゃあ、ここができてからずっとこうやって近道をしていたと?」
「さすがにそうではありません。年末に向けて仕事が忙しくなったのは、一週間前くらいからだったので、ここを通るようになったのは、それからですね」
「このマンションに立ち入りが禁止されたのは?」
「もう、二月くらいになりますかね。そんなに昔ではなかったと思うんですが、最近では本当に寂しい場所として有名になっていますよ」
 と鮫島は話した。
「そういえば、このあたりは、痴漢も出没することが多いと向こうに看板がありましたが、あれは?」
 と辰巳が聞くと、
「以前、その向こう側に公園があったんです。普通の児童公園だったんですが、時々夏などはカップルが集まってきたりして、それを狙うように暴行魔もいたりしたので、その警戒に看板が立っていたんですよ。今でもその名残が残っているというわけです」
 と鮫島がいうと、
作品名:未解決のわけ 作家名:森本晃次